60 受験
そんな出会いの2日後、疾はようやく、高校受験の日を迎えた。
(……だる)
欠伸を噛み殺しながら受験会場である高校へ向かう。30分前には会場にいるように、と通達が出ていたので、そのギリギリに付くような時間帯で歩いていた。
どうやら疾は少数派のようで、似たような年格好の少年少女は殆ど見当たらない。受験票を忘れただのと喚きながら逆方向に走っていく少年がいたが、あれは例外だろう。間に合うのか非常に怪しいが、まあどうでも良い。
校門を潜り、近くに掲示された地図を確認する。自分の受験番号が示された教室への経路を確認して歩き出そうとしたその時、「おい」と声をかけられた。
「何だ、その格好は」
なお、疾の服装は一般的なセーターにストレートパンツ、上からショートコートを羽織っているだけだ。色彩も大して派手な色は選んでいない。鞄もネイビーグレーのトートだ、疾にとっては学校に通う際のありふれた格好である。
とはいえ、一般的な日本の高校受験において、これほど浮く格好もない。疾はそのまま引き立てられるようにして、職員室まで連れて行かれた。そしてぐちぐちと、気構えがなってないだの常識がないだのと言い出す教師に、疾は遠慮なく欠伸を漏らした。
(……馬鹿がいる)
フランスの学校の大半は制服がない。日本が制服大国なのは知っているが、無いものは無い。まさか受験のために買い揃えろなどと正気を疑う要求をしてくるのでは、と予め連絡していた。帰国子女にそんな要求はしないと、快い返答が返ってきたからこその私服だったのだが、どうやら対応してくれた相手が柔軟だっただけらしい。
だが、許可されたのは確かな事実だ。念には念を入れて許可証まで手に入れておいて正解だった。鞄から出したそれを見せ、分かりやすく狼狽する相手に冷たく言い放った。
「事前に確認と許可証の受け取りまで済ませたというのに、今更になって問題視されなければならない理由は?」
「っ。だが、ピアスをしているなど……!」
(……何だそれ)
ピアスの1つや2つ、付けていたところで何が問題なのか、フランスの風習に慣れきった疾には理解出来ない。
「それに、その髪も」
「地毛証明書は提出済みです。……ピアスはフランスでは禁止されていなかったため、頭にありませんでした。本日は見逃してください」
相手の反駁を封じ込めた疾は、改めて連絡を取った張本人に視線を向け、尋ねた。
「それで、何故認められたはずの私服が、当日になって問題に?」
「……通達はプリントで行っていたのですが、見落とされたようですね」
学校側の落ち度と認められ、疾は晴れて放免となった。あちこちで言いふらされては叶わないと思ったのか、ピアスに関しては今日は見逃すと意味の分からない釘差しをされたので、別にこの学校に合格しなくても問題ないと臭わせたら青醒めていた。彼らは、事前に渡した学業修了証と直近の試験結果を知っている。危機感は持てたらしい。
(まあ、こっち来るけどな)
ピアスに関しては、認識阻害の魔術でも組み込んでおけば良いだろう。もし魔術回路を理解する人間がいれば破壊されかねないので、そうなる前の防衛策としても悪くない。
喧嘩ばかりしている不良でも卒業出来るこの高校は、疾にとって非常に好都合なのだ。現状の印象は悪いが、ケチの付けようのない満点答案を出しておけば合格は出来るだろう。
なんにせよ、この悶着が原因となり、試験は30分遅れで開始となった。
試験は、午前に国語、英語、数学、昼食を挟んで午後に社会、理科という割り振りだ。教科は各50分、休憩10分、退室可能時間は開始30分後という説明の後、試験は開始された。
……全ての教科が10分で見直しまで終わってしまった疾にとって、退室可能時間の規定はかなり辛かったが、魔法具の考案に時間を費やして何とか耐えた。
最後の教科が終われば、退室と共に帰宅が可能だ。疾は理科の退室時間を告げる試験官の声と同時に立ち上がり、鞄を手に取り廊下へと出た。
(……お)
ほぼ同時に、両隣の教室の扉が空く。そこから出て来た2人は、脇目も振らずに階段へと早足で歩き去って行った。
要件が終わればダラダラ居残らずに次へと意識を切り替える姿勢は、疾自身心がけていたが、あそこまでの切り替えの早さはない。少し感心しながら、疾も学校を離れた。




