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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
1章 はじまり
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6 兄妹

「アヤト!」


 弾むような声が名前を呼ぶのを聞いて、疾は苦笑して振り返る。

 輝くような金髪が、日を透かして光を弾いた。笑顔で駆け寄ってきた少女は、春空の瞳に嬉しそうな色を乗せて疾を見上げる。


「授業終わったの?」

「まあな」

「じゃあ、図書館に行きましょ!」


 腕をぐいぐい引っ張る少女の勢いに苦笑を深め、疾は少女の頭の上でぽんぽんと手を弾ませた。


「まず落ち着け、アリス。周りを見ろ?」

「え?」


 頭を撫でられてふにゃ、と顔を緩めていたアリスは、疾の言う通りに首をぐるりと巡らせた。と、疾の周りにいたクラスメイト達がにやにやした顔で眺めているのに気付く。

 ぼん! と音がする勢いで、アリスの顔が真っ赤になった。


「相変わらずアヤトの彼女は情熱的だなー」

「愛されてるなー」

「アリス可愛いよねー。アヤトに夢中って全身で言うもん」

「私らのこと目に入ってないよねー」

「うう……っ」


 ここぞとばかりにからかわれ、首まで真っ赤にしたアリスに、疾は肩をすくめるだけ。毎日のことなので、フォローのしようが無いのだ。


「……い、良いのよ! アヤトみたいな素敵な彼氏が出来たら、浮かれて当たり前でしょ!」

「ひゅー、見せつけるねー」


 一度は開き直りを見せたアリスも、甲高い口笛に速攻で沈没した。見かねて疾が口を挟む。


「年下からかうのも程々にしろって。自分達だって恋人とよろしくやってるんだろ」

「おー、王子様のお出ましね」

「そりゃこんな素敵な王子様がいれば可愛らしいお姫様がくっつくよねー」

「王子はやめろ、本気で」


 嫌そうな顔をする疾に、笑いが湧き上がった。


「無自覚王子だもんねー」

「あれだけ女子落としておいてよく言うー」

「おい……」


 疲れたように溜息をついて、疾が額を押さえるのを、クラスメイト達はけらけら笑う。


「アヤトほど女性に優しい男はそうそういないって言ってるんだから、喜べば良いのにー」

「よく言う、毎年赤い薔薇の花束を贈られてるくせに」

「女は愛されてナンボですもの!」


 胸を張って言い切るクラスメイトに、疾は苦笑混じりに白旗宣言を出した。


「先輩方のご高説賜った事だし、有り難く受けとることにするよ。行くぞ、アリス」

「う……うん!」


 顔を赤く染めたまま、それでも疾から促されたのが嬉しいとばかりに弾む足取りで付いていくアリスを、クラスメイト達は楽しげに見送った。






「やあ、アヤト」

「ユベール……来ていたのか」


 建物を出て図書館入口の階段に足を踏み入れた疾達は、声をかけられて振り返る。アリスと同じ色彩を纏った少年が、にこにこと2人を見上げていた。


「またアリスが、アヤトのいる教室に向かうのが見えたからね」

「ユベール!」

「アリスはすっかりアヤトに懐いたなあ」


 羨ましい、と隠しもせずに言い切るユベールに、疾は何とも言えない顔で笑った。


「……ユベール。同じ妹のいる身で言わせてもらうけどな。それ、重い」

「僕にとって妹は至宝にして最愛の天使だからいいんだよ」


 躊躇いもせずに言い切られた言葉に、疾は軽くこめかみを押さえた。


「……全く理解出来ない」

「何、アヤトにはアリスの良さが分からないって?」

「分かった、落ち着け。それはちゃんと分かってるから、その教科書振りかぶった手を下ろせ」


 疾が両手を挙げて降参の姿勢をとると、ユベールはあくまでもにこやかに分厚い教科書を掲げていた腕を下ろした。


「ったく、ユベールのシスコンぶりは重症だな」

「アヤトが妹に淡泊すぎるんだよ」

「いや、うち普通だからな。寧ろ仲良い方だと思ってるぞ」

「ええ、それはないよ。ねえアリス……アリス?」


 言い合いからふと我に返った疾とユベールは、アリスが何故かもじもじしているのに揃って怪訝な顔になった。

 視線に気付いたアリスが、頬を赤らめて呟く。


「アヤトが褒めてくれた……」

「……」

「……」

「……なあ、アヤト」

「ユベール、言いたい事は分かるけどな。流石に、こう」

「……うん、そうだね」


 男同士、何となく分かり合う空気になって、言い争いは終息した。


「行くか。勉強するだろ」

「あ、う、うん」


 未だに顔の朱いアリスには何も言わず、3人揃って図書館へと足を踏み入れた。






 アリスは、疾と同い年だ。そしてユベールはアリスや疾の3つ上にあたる。

 が、ユベールと疾は飛び級制度を2度使っていた。更に、アリスも飛び級制度で一学年上に上がっている。結果、アリスはコレージュ3年、疾はコレージュ4年、ユベールはリセ3年、という学年わけになっていた。


 元々疾がこの兄妹と知り合いになったのは、日本からやってきた疾があっという間に飛び級制度を利用したことで注目を浴びた際、階級社会のフランスで上手くやっていけるよう、同じく飛び級をしているユベールが世話役として抜擢されたことが切欠だった。

 その為、疾はユベールに時折相談するし、テストが近付けば勉強を教えてもらう場合もある。そして、そんな2人にアリスがくっついてくるのも、いつしか日常になっていた。


「むうう……やっぱりコレージュの勉強はややこしくなってくるわね」

「まぁな。初等で基礎はやっただろ、と言わんばかりに応用が増えてくる」

「そんな事言ってると、リセで泣くぞ」


 アリスが問題に頭を悩ませるのを眺めていたユベールのささやかな脅しに、疾は軽く目を細めて混ぜ返した。


「ユベール。遠くの危機より目先の危機だ。将来に絶望すると、頑張れるものも頑張れなくなるぞ」

「そうだね。ごめんアリス」

「……今言われてもぉ」


 涙目のアリスに、ユベールがびしっと固まる。顔に「やばいマズイ妹泣かせた死ぬしかない」と張り付けている様子を見て、疾は仕方なく助け船を出した。


「そうはいっても、アリス。そこで足踏みするなら、進級はともかく飛び級は無理と判断されるぞ」

「それは嫌!」

「……いや、無理に飛び級する必要もないんだけど。そこ譲らないんだな」


 微妙な顔でアリスの顔を眺める疾に、アリスは力強く頷いた。


「だってアヤトと同じクラスに通いたいもの! 頑張るに決まっているでしょう!」

「それをモチベーションに努力するのか……まあいいけどな、何が切欠でも……」

「僕からはご馳走様、と言わせてもらうよ」


 呆れと照れ混じりな疾の相槌に、ユベールが胸焼けした症状で一言入れた。その言葉に一瞬詰まって、疾は軽く苦笑する。


「お兄様としては、努力してるのは好ましいって?」

「そりゃね。アリスは地頭あるのに、なかなか本腰入れて勉強したがらなかったクチだから。うちの両親もアヤトに感謝してるよ」

「へえ、そうなのか」


 どこか面白そうな疾の反応に、ユベールが首を傾げる。疾が言葉を付け足した。


「いや、ユベールと同じで両親も、相当アリスを溺愛してるみたいだからな。父親としては、愛娘を馬の骨に取られて嫌がるんじゃないかって」

「? 恋愛は貴重な人生経験だろ? どんな相手を選ぶにせよ、恋は女性を綺麗にするぞ」

「あー……うん、了解。お国柄だ」

「……日本ってよく分からない国だな?」


 心底怪訝そうなユベールに、疾は乾いた笑いを浮かべる。追求されそうな雰囲気には、アリスの指導で誤魔化した。


「アリス、そこ違う」

「え……あーそうだ、また逆にしてるわ……」

「語源が違うから逆になるんだよな」


 そのまま2人で真剣に勉強し始めるのを、ユベールは微笑ましく見守っていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 先にギスギスしたものを見たからか、仲の良い時の状態からを見せられると心にくるものがありますね。 本当に、幸せな時が続いてくれたらよかったのに。 だからこそ、何があったのか気になりますね。
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