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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
2章 旅立ち
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53 魔導

 森を出た疾は、適当に用意した防具を纏ってギルドに登録した。取り敢えずの身分を確保して、魔導を学ぶためだ。


 この世界では、魔導を主体として扱い戦う魔導師以外にも、身体強化や日常の営みにも魔導を利用する。それほどに、この世界は精霊の力が濃く漂っている。

 しばらくは観察に務めたが、魔力が落ち着きを見せて直ぐに、疾は魔導に取りかかった。どうせ魔術と同じく苦戦するだろうから、試すのは早いほうが良い。見よう見まねで構築までの工程を辿り、魔力を篭めてみた。


 ぶっ倒れた。


(なんっ……っつう……馬鹿消費……)


 たった1度、小さな魔物一匹を燃やす炎を顕現させるだけで、疾の魔力が危うく空になりかけたのだ。ぐったりと倒れ込む疾に、しかし、周りの方が驚いていた。


「おま……自殺願望者か? それともただの阿呆か?」

「は……?」

「禊も精霊様への供え物もせずに、魔力だけで補おうだなんて……」


 呆れきった様子で声をかけてきたのは、剣士のウィドと魔導師のルーナだ。仮初めのグループとしてギルドで仲間となったが、2人ともなかなかに魔導の扱いが上手く、比較的当たりのチームだと疾も思っている。

 ……それはそれとして。魔導を書物に残すという概念が存在しないこの世界で、疾が思いきり失敗した理由を、改めてルーナに教えを請う。口伝のみが魔導の学ぶ術であるこの世界では、全く魔導というものを知らない疾が、珍しくも何ともなかったのは幸いだった。


 あと、今後は魔術を試す際には、必ず最低限の理論と常識を学んでからにしようと心に決める。流石に今回のミスは、弁明の余地が無い。


「いい? 確かに、魔力だけで精霊様の力を引き出す事も出来るわ。でも、ご存知の通りそれ、すっごく魔力が必要なの。だから私達は、日々少しずつ、精霊様へ前払いをするのよ」

「前払い?」


 初めて聞くシステムに、疾は身を乗り出した。興味を示す疾に、ルーナは得意げに微笑む。


「例えば火の精霊様なら、毎日、日当たりの良い窓辺に香木を置く。水の精霊様なら、日が昇る前にくみ上げた水を祈りと共に川に流す。そんな感じで、精霊様が喜ぶ様なことを少しずつ重ねていくの。後は、水垢離とかで体を清めて、精霊様を感じやすくする、という禊も大事よ」

「……もしかして、大きな魔導ほど時間をかけた前払いが必要で、更に1度魔導を使うと消費分は1からやり直しか?」

「あら、その通りよ」


 物凄く手間のかかるシステムだ。おそらくは、危険な魔導で世界が滅ぼされないようにという防御装置なのだろうが、外者である疾にとっては、使えないという感想しか抱かない。


「身体強化の魔導もあったよな。それ、どの精霊に祈るんだ?」

「さあ? 精霊様は、火、水、風、木、光、闇しか確認されていないけれど、他にも沢山の精霊様が私達の暮らしを支えてくださっていると考えられているわ。身体強化については、日々肉体を鍛える事が1番とされているから……なんというかこう……とても手出ししやすいわ」

「だから、俺もこれだけは得意だぞ」

「……近接戦主体の奴に優しい魔導だな」


 何せ、剣を振るっているだけで身体強化を身に付けられるのだ。鍛錬を怠らなければオッケーというのは、かなり才能に左右されづらい。努力評価式とも言えた。


「貴方もそれだけ拳術を磨いているんだから、少し練習すれば扱えるんじゃない?」

「どうだか……まあ、試してみる」


 精霊との相性の悪さは証明済みだ。疾は無難にそう答えて、会話を終わらせた。



 疾の懸念は外れ、身体強化の魔導は驚くほどすんなりと扱えた。力の巡りを流動的に捉え、インパクトに合わせて叩き付けるようにすれば、ウィドの剣を一撃でへし折った。


「見よう見まねで、自分の魔力だけで魔導を発動させるだけあって、貴方、精霊様とかなり相性が良いのね。こんなに威力を集中させられる人、初めて見たわ」


 呆れ半分感心半分のルーナの言葉に、疾は適当に笑って誤魔化しておく。理由は分からないが、疾の魔力は精霊と相性が良く、疾の異能は精霊にとって致命的なようだ。二律背反の相性を同時に併せ持つと分かっても、疾にはどうしようもない。

 得体の知れない己の異能について謎は深まるが、分からないものを情報不足で考察しても意味はない。それよりも、疾にとっては身体強化の魔導の方が興味深かった。


(これは……使えるな)


 力を流体として扱うという観点は、魔術には余りない概念だ。魔法陣への魔力の込め方や魔術の維持が、重要な技術だと認識されている。戻った世界の精霊に力は借りられないだろうが、この力の扱い方を魔術に応用すれば、おそらく戦闘の幅はまた広くなる。良い拾い物をした。


 そうして、一通りの魔導の理論を学び、多人数での連携の取り方を身に付けた疾は、適当な理由を付けて2人と別れ、元の世界へと戻った。



 ──魔導に携わる人々の軋轢も、精霊が今後陥りかねない危機も知った。精霊が自分に何を期待したのかも想像が付いたし、応えなければこの世界が滅びかねない危機に面しているのも、容易に予想出来た。



 それでも、疾は関わらない。

 疾の目的は、魔力の増幅と魔術の見識を広めること。経験も糧とはするが、そちらに多くの時間を割くつもりはない。幾つもの世界を渡って魔力を増やすためには、ある程度の所で見切りが必要だ。余り長く残っては、元の世界で過ぎる時間が大変なことになる。

 ウィドやルーナとのやりとりは陽気で楽しいものだったけれど、それももう、必要ない。彼らを失うことになろうと、疾は迷わない。

 ──全てを切り捨てて、帰る。


(さて、魔力はどうなるかな)


 多大なる期待を胸に、疾は帰還魔法陣を描いた。


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