52 精霊
体内の魔力の流れを整える事に集中して、しばし。
ゆっくりと息を吐きだして起き上がった疾は、周囲に精霊が留まっているのを視て瞬く。精霊は、どこか不安げな気配を漂わせてふよふよと漂っている。小さな人の形を取る精霊達に、疾はつい、声をかけてしまった。
「急に悪い。もう大丈夫だし、迷惑にならないうちに出て行く……って、なにやってんだ俺」
独り言に近いそれに苦笑し、疾は立ち上がる。そして森を出る方向を探ろうとして……聞こえてきた声に目を丸くした。
<大丈夫?>
振り返る。精霊以外に、視える範囲で生物はいない。
<貴方の声は、届きやすい>
「……マジか」
確かに、元の世界でも長生きしている異形は会話が出来るし、数少ない精霊にもそれが可能な存在があるとは、文献で読んだが。こちらの世界でも適応されるとまでは思わなかった。
<どこから来た?>
「遠いところから」
相手の知性レベルがどれ程か分からない。慎重に答えると、精霊がざ……っと音を立てて舞い上がる。
<遠い、世界から>
<客人が訪れた>
<何の予兆? 何が起こる?>
「何も」
次々と零れる言の葉にきっぱりと答えて、疾は精霊達に目を向けた。小さく唇を持ち上げたのは、滑稽に思う気分が滲んだためか。
「俺は、自力でここに来た。世界が必要として行う召喚じゃない。ここの文明を学ぶ気はあるが、利用されに来たんじゃない。利用しに来た」
<…………>
「数日で帰る。変に持ち上げようとするな。この力、毒なんだろ?」
異能を少しだけ指先に集中させると、精霊が怯える気配が伝わってきた。
<それは、なに?>
「さあ。魔術の破壊を可能にする、としか」
<ちがう>
「……何?」
初対面の相手に否定されて、疾の眉が寄る。精霊は、構わず続けた。
<魔術の破壊だけではない。私達が触れれば、消滅する>
「……」
<魂の死、存在の死。全てを否定する力>
<おそろしい。けど、なくならない>
<消えてはならない力>
「……何だ、それは」
眉間の皺が深くなるが、精霊からの答えはなかった。
<わからないから、聞いた。それはなに?>
「……知らねえ」
体内で蠢く異能の力。父親には魔術を破壊するもの、と説明したが、疾自身も何かが違う様に感じていた。
あの、地獄のような空間で無理矢理引きずり出されたせいなのか。この力は、どこか歪だ。例えば、精霊だけでなく──
「……知るかよ。とにかく、俺に関わるな」
これ以上、情報が得られないのならば留まる理由もない。疾は今度こそ、森の出口へと足を踏み出した。




