51 壁を越えて
雑事を全て片付けた疾は──異世界へ、旅だった。
方法は、以前父親と議論していたから楽だった。魔力の問題も、父親が行わなかった世界の情報を直接処理する方法で解決させる事にした。世界の情報量を、魔術の補助無しに自力で処理する危険性は……母親の無茶ぶりの方が疾には無理難題だったため、余り気にしていない。
何度も何度も研究して、練習した。その魔法陣を、ついに発動させる時が来た。
「銃と、携帯食糧と、水。魔道具。後はこの辺があれば、……取り敢えずはこれで良いか」
荷物を確認して、疾は魔法陣を起動させる。
行き先は、予め調べておいた中では比較的距離が近い──感覚的なものだが、魔力消費と関係が深い──上に、安全性がそれなりに担保される世界。とはいえ、文化は大きく異なる。
「ま、旅行だと思っていくか」
冗談めかして、疾は笑い。魔術に、意識を沈ませた。
危険を糧に、新たな出会いを。
部屋に光が満ちたあと、疾の姿はそこになかった。
「──う、え……」
強い目眩と虚脱感に襲われて、疾は呻いた。
何とかまかなえたが、魔力の減りが尋常ではない。父親が何と言おうと、やはり異世界転移の魔力消費は馬鹿げていた。
「……はあ。成功したからいいか」
失敗したら狭間で永遠にさ迷うか、身体がバラバラになって死ぬか。五体満足で辿り着けたのだ、及第点だろう。
そう思って顔を上げた疾は、思わず感嘆の声を漏らした。
「これは……」
目の前に広がるのは、精霊の祝福濃き森。様々な精霊が好き好きに遊び舞い、その度にきらきらと光を弾かせるのを、疾の目はしっかりと映し出していた。
精霊の力が強く、人々は精霊に祈りを捧げることで魔導を操る。この世界は、そんな文明を持つ世界だ。
「これが精霊か……」
何を思うでもなく、近くを飛んでいた精霊に手を伸ばしたが……ざっと、音を立てる勢いで逃げられて、疾は目を丸くする。
(なんだ?)
周囲を見渡せば、段々と疾の周りから精霊が遠のいていく。遠巻きに、しかし一定の距離からは離れずに警戒している精霊達に、疾は首を傾げた。どうやら、自分は嫌われたらしい。
(理由としては、異世界人が異物扱いされている。人への警戒心が強い。あとは……)
丁寧に魔力を操り、魔法陣を編む。簡易の魔法陣で水を生み出せば、精霊が釣られるようにふよふよと近付いてくる。
ぐっと手を握り、魔法陣を破壊した。異能が発動した瞬間、近づきかけていた精霊が一気に距離を開ける。
(……最後の仮説が正解か)
どうやら、魔術を破壊する己の異能は、魔導の一端を担う精霊にとっては脅威に当たるらしい。あからさまな怯えと困惑が伝わってきて、どうしたものかと頬を指で掻く。
「……っ?」
その時、ぐらりと視界が揺れた。その場で膝を付いた疾は、痛烈な舌打ちを1つ漏らす。
(しまった……初級魔術なら平気かと思ったが……)
異世界に渡った際は、体内の魔力が不安定になり、魔術を行使しすぎると力の流れが乱れて、体調に影響を及ぼす。魔術書でその知識は得ていたが、まさかこんな簡単な魔術でも駄目とは。
(……人が居ないのが、幸いか、不幸か……)
いきなり襲われないだけましだったかもしれない、と思いながら、疾はその場で倒れ込んだ。




