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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
2章 旅立ち
50/232

50 到着

「あ……っつ」


 空港から外へと1歩出た瞬間、疾は思わず声を漏らした。

 7月はフランスも夏真っ盛りでそれなりに気温が上がるが、湿度が桁違いだった。うんざりするような蒸し暑い空気が肺まで押し寄せてくるようだ。


「日本ってこんなだったか……」


 故郷の記憶は酷く曖昧だから、この暑さも新鮮なものに感じてしまう。あちらではTシャツにパーカーを羽織っていたが、こちらではパーカーの出番は無さそうだ。

 早くも滲み出る汗にげんなりしつつ、疾は駅へと足を向けた。






 移動することしばし、疾は紅晴市に辿り着いた。


「……まあ、日本の街並みってあんま変わらないらしいしな」


 コンクリートビルと家屋の続く雑多な街並みを眺めて、独りごちる。石畳にスーツケースのキャリーを取られないのは楽で良いが、景色としてはやはり味気なく感じる。

 つらつらとそんな事を考えつつ、押さえておいたマンションへと荷物を運び込んだ。


 殆ど荷物を捨てた疾だが、流石に魔術書の山を全て持ってくる真似はしていない。学校関連のものも全て捨てたので、トランクに詰めたのは衣類や身の回り品だけだ。

 確実に荷物検査で引っかかる銃や魔道具、魔術書はどうするか──


「魔術って、こういう点は便利だよな」


 ──転移魔法陣を前にして呟いた言葉が、答えだった。

 フランスの自室に予め描いておいた魔法陣の上に荷物を置き、マンションの自室でも同じく魔法陣を描いて移動させる。魔石を活用してみたが、無事転移出来た。


 荷物を整理したら、家を出て役所へ赴き、事務手続きを。未成年がどうのと当たり前に気にされるはずの課題も、きちんと片付けてある。全く、魔術は便利だ。

 荷物が揃ったのを確認して、魔法陣を破棄する。外界と繋がる魔法陣は、長く残していると居場所の逆探知に利用されてしまうことがある。こちらの家もフランスの家も、魔術師や魔法士に居場所を知られるわけにはいかない。


(……って考えると、よく引っ越さなかったな?)


 ふと、そんな疑問が浮かんだ。


 疾が子どもに見つかったあの時、疾自身は病院、そして父親が密かに所持していたアパートで保護されていた。だが、母親と楓は引っ越すことも身を隠すこともなく、普段通り実家で生活を続けていた。

 疾が捕まったのなら、それに付随してその血縁や住居を探知する手段はある。それをあの子どもが出来ないとは思えないし、父親がそれを想定していないとは思えないのだが──


(それでも隠しきれる自信があったのか、家までは捜索されないとでも思ったのか……お袋にダダ惚れの親父がんな甘い考えでやり過ごすとも思えないな)


 なにがなんでも母親を守り抜きたいだろう父親が、憶測や楽観で動かない筈がない。あらゆる手段を用いて敵を潰すのは父親も同じだ。

 となると、仮に疾が捕まっても、家までは辿られない手段を講じていた、という事か。そう考えれば、疾が魔術師に襲われ始めたあの時期、撒いていたとはいえ、家まで追われなかったのも説明が付く。


(どんな魔術を使えば血の繋がりを隠せる?)


 なかなか面白そうな課題が見つかった、と疾は思わず笑みを零した。落ち着いたらじっくり調べてみよう。






 買い物も済ませ、夜になるのを待って、疾は外をぶらついた。

 紅晴市には電車もバスもあるが、路線経路が微妙で高いというのが、どこまで行っても統一料金なフランスの交通システムに慣れた疾の感想だ。自転車を買おうかとも思ったが、両手が塞がるのもよろしくない。よって、ひたすら足を使って歩いて行く。


 地脈の流れ、大気中の魔力の動き、魔術的要素。街の地理が、土地が魔術に与える恩恵を、余すことなく把握していく。異世界に跳ぶ為に必要な魔力が集められるかどうか、計算していく。 


(にしても……ここまで多いのは初めてだな)


 意識は魔術的な演算に殆ど任せながら、疾は独りごちた。


 疾の目は、ある筈のないものを映し出す。それは、妖でも、カミでも例外ではない。

 この街を歩く間に、疾は驚くほどの妖がウロチョロしているのを目にしたし、多くの小さなカミが彷徨き、あるいは封印されているのも分かった。


(治安が悪い……のもありそうだが、それ以上に……この、山)


 視線を、街の丁度中央に位置する山へ向ける。地脈は全てここへと集まり、膨大な力が渦巻いている。それらは、全て──封印の形を取っていた。


「随分複雑だな……複数人で細かく編み込んだって感じか。しかも、今も維持のために力を注ぎ続けている。この土地の神は、そんなに強力なのか……」


 だからこその魔力の恩恵、そして、妖やカミが自由に過ごせる環境なのかもしれないが。


「おい」

「……ん」


 声をかけられ、敵意をぶつけられた。振り返ると、やけに服をだぼだぼと着崩し、ごついアクセサリを纏った男達が、にやつきながら疾を見ていた。数は、6人。


(……やれやれ)


 国が違えど、こういう輩はいるらしい。服装まで似た雰囲気が出るのは精神性の類似か、なんて思いながら、疾はにっこりと笑って見せた。


「なにか?」

「……っ」


 ぽかん、と立ち尽くす男達。最近思い出してよく利用しているのだが、疾の顔というのは意識して使えば問答無用で相手をフリーズさせる。隙が出来て非常に有り難い。

 棒立ち状態の彼らの横をすり抜けて、さっさと疾はその場を離脱した。相手をするのも面倒臭い。


 ……そう、思っていたのだが。彼らはどうやら、執念深いらしい。

 その翌日も街をふらついていた疾をあっという間に取り囲んで、路地裏まで誘導した。


(……馬鹿だな)


 力量の差くらい、見て分かれ。10人で囲まれようが、疾は欠伸しか出ない。


「おいてめえ、昨日は良くもシカトしやがったな!」

「ざけんじゃねえ!」

「お前新顔だろ、ルール教えてやるよ」

「泣いてママに慰めてもらえや」


 口々に浴びせられる罵倒もなんだか品がないばかりで、一切の攻撃性がない。


(というか、フランスの連中より弱いな)


 甘やかされたお坊ちゃんが粋がって大変だな、なんて思いつつ、疾は欠伸を噛み殺して口を開いた。


「で、何の用だ?」

「ああん!?」

「てめえ滑舌悪すぎるだろ、ぎゃはは!?」

(……あ、しまった)


 咄嗟に口を突いたのだが、どうやらフランス語だったらしい。ヨーロッパの多言語を面白がってあれこれ学んでいたのが裏目に出て、すっかり日本語が遠のいているようだ。聞く方は良いが、喋る方が咄嗟には出てこない。


(えぇと、確か……)

「ああ、悪い。てめえらみてえな低能共に、日本語以外が分かるわけねえよな」

「あぁ!?」

(……何か違うような?)


 口調というか、音の響きが遠い記憶と何となく食い違う気がする。首を傾げた疾は、しかし答えを出すより先に怒鳴り散らされた。


「なめてんのかてめえ!」

「てめえ立場分かってんのかあ!?」

「ざけんじゃねえぞ!」

(あー、分かった)


 どうやら、目の前の連中に引き摺られて、やけに口が悪くなっているようだ。教科書でも読めば思い出すだろう。


(いや、まあ……別に社交があるわけでもないし、口悪くても問題ないか)


 両方使い分けられれば問題あるまいと、疾は現状のままで相手を煽ってみることにした。


「頭だけじゃなく耳まで悪ぃのか、気の毒な連中だな。こんな大人数じゃねえと粋がれないちっせえ肝を、少しは恥じたらどうだ?」

「ざっけんなよてめえ!」


 ますます沸き立つ連中が、一歩距離を詰めてくる。疾は重心を軽く落として、息を吐き出す。


「はあ……救いようのねえ連中」


 1人が殴りかかってきたのを、片手で受け止める。掴んだ手首をぐっと握れば、骨に響いたらしく悲鳴を上げ出す。


「弱すぎ」


 膝を腹部にめりこませ、バネの要領で蹴り飛ばす。吹っ飛んだ不良は、仲間を巻き込んでドサッと倒れた。


「さーて」


 ばきっと拳を鳴らし、疾はにやりと笑う。


 先手必勝。

 この手の連中は、ゴキブリのようにわらわら湧く。だったら早めに「手出しをしたらマズイ相手」と認識させた方が早い。


「病院の世話になりたいのは、どいつだ?」


 その後悲鳴が響いたが、たった数分しか続かなかった。



 そんな雑魚処理もあったが、疾の準備は順調に進んだ。

 受験申し込みの願書を、フランスでの学業終了証明書と共に持ち込む。時間軸も不安定な異世界に複数回渡る気でいるから、受験先は不良も多いという高校にした。点数さえ取れば学校を幾らサボっても問題ないという条件は、進学校にはあまり適応されまい。


 ……それはそうと。


「地毛……証明書……っ」


 堪えきれずにぶはっと吹き出し、疾はその書類を簡易魔法陣で転送した。親のサインをもらうための郵便は、電話付きで返ってきた。


『兄さん、何あれ! 何あれ!? ネタとしては出来が良すぎて滑る!』

「驚け、教師陣は大真面目だ」

『あっははははは!』


 笑い転げる楓の奥で、「確かにフランスにいたら滑稽なルールね」などと呟く母親の声も拾った。

 単一民族国家を甘く見ていた。見た目が同じであるのが当たり前だと、あちらで当たり前に見た金髪は「不良」、茶髪ですら「不真面目」なカラーリングとして受けとられるらしい。


(しかも、これ……作るのもチェックするのも絶対面倒臭いだろ)


 その上、髪型や服装、制服以外の靴や靴下、鞄の指定があり、挙げ句に制服の「着方」ときた。お着替え出来ない幼稚園児か。

 呆れと笑い混じりに、学校で必要な準備を先に全部済ませた。

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