49 出立
1週間は、あっという間に過ぎて。
試験をさくっと終わらせた疾は、その足で両親の車に乗り込み、空港へ向かった。
「とゆーか、良く退学出来たよね」
「正規の手続きやれば誰でも出来る。あっちもほっとした顔してたが」
「……なんかやっぱうざい」
顔を顰める楓に、肩をすくめる。ここ1年の特訓が大変すぎたせいか、その辺りのいざこざは本気でどうでも良くなっていた。
「あ、そうだ兄さん、あのさ……」
「とっとと言わないと中入るぞ」
何かを言い淀む妹を促すと、微妙な顔で溜息をつかれた。
「兄さんらしい。……ユベールさんと、話はしたの?」
「1週間前に、少し」
墓参りに行って欲しいと、ただそれだけ。
あの事件は、裏側に薄暗いものが漂っていた。疾もうすうす察してはいるが、あればかりは父親に、全ての処理を任せている。……感情的に、ならない自信がなかった。
(まあ……仕方ない)
全てを切り捨てて割り切ることは出来る。だが、それをすれば、多分自分は大事なものを取りこぼすという予感があった。
だから、感傷を敢えて消さない。最後の一線で、間違えないために。
「楓に絡むようなら──」
「全力で言い負かす所存ですが何か?」
「……程々にな」
むしろ、楓の方が上手くやるのかも知れない。疾のように、罪悪感と怒りを同居させているのではなく、単純に、一方の肩を持てるのだから。
「疾」
「何だ?」
母親は、眉を下げて寂しそうな顔をしていた。……こういう顔をすると、本当に年齢不詳だ。東洋人が若く見られるのも手伝って、ビジネスパーティでは母親は密かに魔女扱いされているのも頷ける。
「ちゃんと、頼ってね?」
「は?」
「頼るのは悪い事じゃないの。近くにいなくても、手を貸してあげられる事はあるわ。困ったら、必ず頼って頂戴ね?」
「あー……分かった」
寧ろこちらが頼まれている気がして取り敢えず疾が頷く。楓がにやっと笑った。
「母さん過保護ー」
「あんまり頼ってくれないと、勝手に手を貸してしまうから」
「っ兄さん、頼れ!」
「分かってる」
洒落にならない、と言うかそれは疾の行動は把握出来て当然だとでも言いたいのか。……言うのだろう。1本取ったのもまぐれのようなものだ。
本気になったら世界の情報インフラを一斉シャットダウン出来てしまう頭脳の持ち主の暴走など、考えたくもない兄妹だった。
「……疾、呼ばれたぞ」
「ん? ……本当だ、サンキュ」
今まで黙っていた父親に指摘されて、疾の乗る飛行機の便が、手荷物検査ゲートへ進むよう促しているのに気付いた。フランス語の放送は、早口すぎて聞き落としやすい。
「行ってこい」
「……ああ」
散々心配をかけてきた父親は、ただ見送りの言葉を。その意味を受けとって、疾は笑って見せた。
「じゃ、行って来る」
口々に見送られながら、疾は家族に背を向けて、歩き出した。
──彼だけの戦いを待ち受ける、日本へ。




