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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
1章 はじまり
48/232

48 これから

 それから、疾はとんでもなく忙しくなった。

 与えられた課題だけでなく、日本に行く為に必要な手続きや準備もまた、疾は親を頼る気はなかった。あらゆる情報を集めて、1つ1つクリアしていく。


 母親からはまず、繊細な魔力の制御によって暗号キーを模倣すること、それを駆使しながらのハッキングを教わった。……処理量が多くて頭痛がするが、母親が2画面同時にやってのけたのを見て弱音は呑み込んだ。

 魔術は、幸い父親の仕事が忙しくない時期と重なり、一気に知識の継承が受けられた。魔導書──魔力を篭めるだけで魔術が発動する書の知識も非常に興味深いが、今の疾が触れる余裕はない。


 なにせ、……毎朝毎晩、母親にフルボッコにされている。体力的に、魔術とハッキングの勉強がやっとだった。


(くっそ、強いな……)


 最初はムキになっていたけれど、最近はもはや開き直ってあらゆる卑怯技を試してみている。……全部読まれて自爆させられるが、母親の癖を読むには有効だ。

 母親の攻略用の罠は、凝りもせずに襲撃してくる連中で実験しているが、どれもオーバーキル過ぎた。ニュースでテロを疑われているようだが、犯人がばれることもないだろうし、気にしなくても良いだろう。一般人を巻き込まないようにだけ気を付けた。


 そうして、何度も何度も、挑戦する。弱点を克服し、得意を伸ばし、遥かに高い壁の、小さな穴を探して突く。いつか大きなヒビとなると信じて、あらゆる手を使って戦った。


 どんな方法でも良い、必ず勝ってみせる。

 勝って、そうして、認めさせる。

 自分がもう、親に縋らなくても生きていけるだけの強さを持ったのだと。

 そんな思いを胸に、ひたすら、努力を重ねること──1年。


 疾はようやく、成し遂げた。








 ノックの音に肩を揺らす。1つ瞬いて、回想に耽っていた自分を思い出した。


「……げ」


 手元でボールペンが砕けているのに気付いて、呻き声を漏らす。無意識に握りつぶしたのは、どの辺りだろうか。

 がしがしと頭をかいて、そういえばノックされていたと思い出す。立ち上がり、ドアへと向かった。


「何か用?」


 ドアを開けつつ尋ねる。楓が訪れているのは、気配で分かった。


「……いやちょっと、話を」


 微妙な顔でそう言うので、肩を軽く押す。


「え、ちょ」

「準備で散らかってるから、そっちの部屋に行かせろ」


 部屋の中に置かれた魔道具の数々を考慮に入れただけだが、楓は素直に頷いて部屋へと招いた。この辺はまだ、人を疑うことを覚えきっていないと思う。


「で?」


 椅子に座って促すと、楓は複雑そうな顔で、聞く。


「日本……いつ、行くの?」

「バカロレア加算の試験終わったら、その足で空港に行く」

「えっ、あと1週間!?」


 目を見開いた楓に、肩をすくめて見せた。


「ダラダラこっち残っても意味がない。あっちでの手続きとか、受験とかあるしな」

「……受験はどうでも良いんじゃない?」

「まあな」


 古典や日本史の学習は必要だが、ここ1年の鬼のような特訓に比べれば優しいものだ。軽く頷くと、楓は目を半眼にして睨んできた。


「うわあ、余裕発言……」

「何を今更」


 と言うか、この妹は何を話したいのだろうか。ただの雑談を、こんな夜にする必要を感じないのだが。

 そう思っていると、楓が表情を改めて切り出してきた。


「……あのさ」

「何だよ」

「兄さんがどこへ行こうがどんな無茶しようがご自由にって感じだし、その結果、赤の他人がガチ泣きしても今更なんで、私としては無関係で通させていただくんだけどさ」


 ここ最近、ニュースを見ても無反応になった妹は、でも、と言う。


「でも兄さん、せめて、兄さんに泣かされてやけくそで私を襲ってくるろくでなし共を、全部片付けてから行って欲しいな、っていうのは私のワガママでしょうか」

「我が儘だな」

「ちょっと!?」


 さっくりと切り捨てた。楓は目を剥いているが、知らないものは知らない。


「俺の敵なら俺が潰すけど、楓狙うなら楓の敵だろ。頑張って逃げ惑えよ」

「そこはもうちょっと戦略的撤退とか格好いい言葉を使ってよ! 逃げた先では敵さんフルボッコだし!」

「親父がな」


 いつの間にか、楓は確実に最終兵器の下まで誘導して逃げ延びるスキルを身に付けていた。「戦う才能はないけれど、逃げるだけなら疾より遥かに上手よ」と母親に聞いている。……ちょっとムカついたのは秘密だ。

 おそらく楓を狙っているのは、自分の敵だけではないのだろう。寧ろ、楓個人を狙っている敵の方が多いはずだ。一部が疾への恨み言をぶつけているから、全てそうだと勘違いしている。


(それで良い)


 疾のせいにして済むなら、その方がいい。あんな、汚らわしい欲望に瞳を染めきった連中の思惑など、妹は知らなくて良い。

 家族の中で誰よりも逞しく、真っ直ぐに育った楓だからこそ、こちら側には深入りせず、学校でのんびり暮らして欲しいと──多分、両親もそう思っている。


(まあ、俺にも未だに思っていそうだけどな……)


 両親の愛情は、1人で走ろうとする疾に、少し複雑な色をしているけれど。妹はそろそろ反抗期らしく、徐々に口が悪くなっているけれど。


「この馬鹿兄さん……少しは可愛い妹を巻き込んで申し訳ないと思わないのか、人でなし!」

「ご挨拶だな……いや、褒め言葉か」

「今どこに褒め言葉があったの!?」


 どん引きしている楓に軽く笑って、疾は立ち上がる。


「じゃ、もう寝るから。お休み」

「あ、お休み……って本当に丸投げか! 好物作って見送ろう計画無しにするぞ!」

「はいはい」


 ごちゃごちゃ言いながらも見送りをするつもりはあるらしい妹に、苦笑する。


 ──この家が、疾の居場所だ。失わないためなら、疾は自分の命だって賭けられる。

 だからこそ、今は家を離れて、欲しいものをこの手に掴み取ってみせる。


(ま、頑張れ)


 それまで精々、妹には頑張って逃げるスキルを磨いてもらおう。


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