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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
1章 はじまり
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47 交渉

「親父、お袋。話がある」


 楓が丸一日外出する日を狙って、疾は話を切り出した。


「何だ?」

「日本に、行きたい」

「……何故」


 目を細めて、父親が尋ねる。疾は短く答えた。


「欲しいものがある」

「何だ?」

「それは言わない。けど、俺にとっては必要なものだ」

「……」


 父親が黙り込む。少しして、ゆっくりと言った。


「日本は……俺も母さんも、行けない」

「知ってる」


 薄々気付いていた。この両親が、意図的に日本と距離を置いているのを。

 いつかは、帰るつもりでいるのだろう。そうでなければ、楓に少しずつ日本語を覚えさせる必要は無い。

 けれど、それは今ではない。積極的に、距離を置いて縁を切っているのは、分かっている。


「だから、俺1人で行く」

「……」


 くっと目を眇めて。父親は、鋭い語調で言った。


「反対だ」

「……親父」

「助けに行けない。分かっているのか」

「ああ」


 分かっている。

 もし日本で捕まったら、疾は誰にも助けて貰えず、完膚無きまでに壊される。未だに時折悪夢に見る、あの恐怖を忘れた日は、1日たりともない。忘れられない。


 ……だから。


「その時は、舌嚙みきるなりして死ぬ。連絡が途切れた時が死んだ時と思ってもらって構わない」

「疾!」

「覚悟はしてる。……俺は、捕まるくらいなら殺される方がいい」


 淡々と告げると、父親は言葉を詰まらせた。疾が既に、結論を出してしまっていると気付いたのだろう。


 ──実験体として全てを踏みにじられる前に、死ぬ。

 もう1度どん底に落とされるくらいなら生きていく気はない、という、意思表示。


「日本以外でも同じだ。だったら、欲しいものの為に精一杯やりたい」

「……疾」

「情に訴えても譲る気はないよ、親父」


 心配をかけてきたのは分かっている。もう2度とごめんだと思っているだろう、胸が潰れるほどの後悔をさせると知っている。

 それでも、譲らない。


「認められないなら、勘当でも何でもしてくれ。自分で金稼いで、自分で行く。俺のことは、もう守らなくて良い」

「疾っ!」

宏毅こうき


 今まで黙って聞いていた母親が、声を荒げ腰を浮かせた父親を遮った。静かな眼差しで疾を見上げて、困ったように微笑む。


「疾。実はね、お父さんは実家に勘当されたようなものなの。疾の言葉、致命傷だと思うから、撤回してあげて」

「……あ、あ」


 予想外の方向からジャブを入れられ、疾は少しテンポを崩された。けれど、続く言葉には少なからず驚く。


「それからね、疾。行くのは構わないわ。けれど、今のままでは認めません」

「っ、咲希(さき)……」


 焦ったように、父親が母親を見下ろす。視線に気付いた母親は、苦笑した。


「今の疾に反対したら、きっと明日には家出しているわよ?」

「っ……」


 ぐっと押し黙った父親から疾に視線を戻し、母親は目を細める。


「だから、ちゃんと生き残れるだけの力と、私達への保証を求めます」

「……具体的に」


 交渉なら、疾も覚悟している。ただで送りだしてくれるほど、この両親は甘くもないし──無責任でもない。

 応じる姿勢を見せた疾に、母親はにこりと笑って頷く。


「まず、お父さんから魔術の知識を全て受け継いで、自力で魔道具の作成をこなせるように。魔術は展開速度を50%上げ、射撃と共に精度を磨く。これは、貴方の魔術師としての技能が最低ラインに達するために必要よ。異能も、魔法陣の破壊にかかる時間を60%減らす」


 疾が小さく息を呑む。疾の才能を知る母親は、それでも容赦なく続けた。


「私からは、ハッキングの技能をしっかりと教えるわ。魔力を暗号として扱うシステムに対してもハッキング出来る様にならないとね。そして──はい、これ」


 コトリと音を立ててテーブルに置かれたのは、最新版の端末。


「これね、私がOS作ったのだけど。安全性を売りにしている高性能端末って言われているのは、知っているわよね?」

「ああ」


 処理速度がかつてなく速い反面、セキュリティロックが非常に高度で、下手に弄るとデータが丸ごと飛ぶ。その為、ハッキングやクラッキングを行うのに十二分の能力がありながら、犯罪行為には利用されないという、理想の端末だと言われている。母親が作った以上、生半なロックではないだろう。


 頷いた疾に、母親はさらりと告げた。


「これのプログラムを解読して、セキュリティを解除出来るようになりましょう」

「…………」

「ああ、あと、私との1対1で、最低でも1本とってもらいましょうか」

「……………………」


 ちなみに疾は、未だに母親に対して有効打すら入れられていない。

 想像以上に、ハードルが高かった。


(これは……ばれてるな……)


 明らかに、この世界の魔術師ではなく、魔法士を相手取る前提の話をされている。ということは、思惑はおおよそ読まれているだろう。そう思った矢先に、疾は続いた言葉に戸惑う。


「それから。──常に、連絡を取りなさい。これも最低限必要よ」

「……え」


 異世界にいては、連絡が取れないはずだ。疾は顔を上げ、息を呑んだ。

 うっすら微笑む母親の顔は、ぞくりとするほど美しい。



「覚えておきなさい、疾。貴方がどのようなつもりでも、私達は疾を見捨てない。私達もまた──貴方1人のために、沢山の犠牲を出す覚悟を決めています」



 ぞわり、と。

 疾の背中に、冷たいものが滑り落ちた。


「だから、1日に1度は生存報告を。貴方から30時間以上連絡がなかった場合、私達は、あらゆる障害を排除して日本に行きます。そして、疾1人を助けるわ」


 分かるわね? と言って。記憶の限り姿の変わらぬ母親は、人間離れした笑みを浮かべた。


「生き延びなさい」

「……」

「疾がどれだけの裏切りや、他者の切り捨てを行っても、私が出す犠牲よりは遥かに軽いわ。──どんな方法を選んででも、生き延びなさい。そう約束して、その為に日本へ行くなら、私は疾を送り出しましょう」


 呑まれて動けない疾に微笑みかけ、母親は立ち上がる。父親を促し、それ以上何も言わずにリビングを出て行った。


 しばらくして、疾は大きく息を吐きだして、背もたれに体重を預けた。


(……甘かったのは、俺か)


 覚悟の重さを見せつけられて、気付く。まだまだ、自分は彼らに比べて甘く、未熟だ。……日本へ送り出すのは不安だと、はっきり言わせてしまった。

 けれど。疾は気付けば、笑っていた。


「……上等」


 登る山は、高い方がいい。こんな簡単なと拍子抜けするばかりの敵を蹂躙したって、何も面白くない。

 この条件は、きっと、疾を強くする。そう、分かるから。


「やってやるよ」


 そう言って、疾はテーブルに置かれた端末を手に取った。


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