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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
1章 はじまり
46/232

46 望み

 そうしているうちに、疾は気付く。


(……へったくそ、多くないか?)


 魔術師の癖に、魔術の練度が低すぎるのはどうなんだろう。ムラのありすぎる魔術は、魔法陣が視える疾にとって、不愉快極まりない。


(ムカツク)


 あれで発動する才能があるくせに、鍛錬を怠っているのが丸分かりの魔術を、さも誇らしげに掲げてみせる傲慢が鬱陶しかった。

 ので、欠点を突き付けるように立ち回ってやったら、何故か相手は泣き出した。大の大人がそんなに簡単に泣くな、鬱陶しい。


 そう思いながら、彼らの拠点から魔術書を奪い、読みふける日々を過ごすうちに、疾達の学校がバカンスを迎え──


「……は? 留年?」

「だとよ」


 ぼたっとオムレツを落とした楓に、疾もげんなりして頷いた。


「……何故に」

「半年の休学で授業を十分に習得出来てないだろう、って建前。本音は俺が居るとクラスの連中がメンタル危ういから」

「……何したの?」

「何も」


 事実、心底どうでも良いので存在ごと無視している。が、そのしらっとした態度が問題なのも、察している。


「うわー、うざー」

「点数も1年通して振るわなかったし、って言われたな」


 疾と楓が、同時に母親に視線を向ける。母親はにこやかなままだった。


「大丈夫よ、疾。大学の教育課程は私が教えられるわ」

「お袋、高校飛んだ」

「そんなもの、教える必要あるの?」


 さらりと言われて、疾は沈黙する。そう言われると「ある」とは何となく言いづらい。


 ちなみに、疾はここ最近、自然と呼び方が「お袋」「親父」に変わっていた。特に意識したわけではないが、依存が薄れたのが言動に出たのだろうと判断している。


「母さんがえぐい……」

「え?」

「それはそうと、落ちた先がアリスの学年って嫌がらせなんだろうな……面倒な」


 どうせ潰すけど、と呟きつつ、疾は朝食を食べ終えた。紅茶を飲みつつ、目を据わらせている楓に目を向ける。


「どうした」

「うっざい連中のうっざい思惑にイラッとした」

「ああ。……まあ来期からは全部満点取っておく」


 これ以上口実を付けて留年させられてもつまらない。取り敢えず満点を取っておけば、難癖を付けられないだろう。


「学校はそれで良いとして……だ」


 疾は視線を父親に向ける。


「今年のパーティの招待数は?」

「ほぼないから安心しろ」

「あれ、父さん嫌われた?」


 無遠慮すぎる楓の問いかけに、父親は眉1つ動かさず答えた。


「近しい人間に死者が出た場合、直近のパーティ開催者は招待を遠慮する。下手なゴシップになった場合は尚更だ」

「成る程な」


 アリスの件で色々騒ぎになった疾を投下するのは、上流階級にとっては余りよろしくないのだろう。疾としても行きたくないし、ありがたく知らない顔をさせていただこう。






 学校が休みの分、疾の時間は増えた。


 父親からは、魔力不足の対策として、魔石から直接魔力を引き出す手法を手ほどきされた。 

 異能と同居しているせいで、恐ろしく扱いにくい自身の魔力に悪戦苦闘してきた疾にとって、単純な鉱物から魔力を引っ張り出して魔法陣に注ぎ込むのは、非常に楽な作業だった。これまでの苦労が実って、魔石を用いての魔術は人並み以上の技能となる。安価に数多く存在する天然石でも様々な魔術を使いこなすようになり、疾の手数は大幅に増えた。


 母親からは、前から少しずつ教わっていた電子関連の技能を教わり始める。プログラミングやネットの構造を徹底的に叩き込んでくる母親が、そのプログラミングを作る側だと、疾は初めて知った。システム自体は理解しやすく、疾はその面白さにのめり込んだ。


 バカンスが終わり、学校が始まってからも、それは続いた。

 学問の方も母親に愉快な速度で叩き込まれた疾にとって、既に学校は、席さえあれば困らない場所で。クラスメイトの雑音は、始めから聞く気もなかった。

 逆にユベールは少し感情を整理出来たのか、今になって疾に事実を求めてきた。改めて向き合おうとするユベールを、しかし疾は突っぱねた。


 ……本当は、言ってやれば良いのだろうと思う。

 過去に整理を付けて、前へ進むための手助けを、してやれば良いのだろう。それでも、──出来ない。


 多分、彼は疾を信じない。……全て話せないこの苦しさを、ユベールはきっと背負えない。そうすれば、また疾はユベールの「悪」になる。だったらもう何も話さないと、2度目の拒絶の際に、そう決めた。


 だから、ひたすら、学校を、かつての友人を、遠ざける。

 ひたすら、魔術に、知識にのめり込んで、力を付ける。敵を、排除する。

 そうして疾が逆に、魔術師に警戒されるようになった頃には、1年近くが経って。


 ──疾は、それを見つけた。



「特異点からの異世界転移、そこからの帰還は、魔力の器そのものを増加させる……?」



 そもそも、疑問はあった。

 何故、異世界からの客人について、やけに文献が多いのか。英雄だけではない、ただ穏やかに人生を過ごした人物についても、書物になるほどの観察がされているのか。

 その答えが、これだった。


 ──世界で幾つか存在する特異点は、異世界との境界があやふやで、……異世界に飛ばされ、戻ってくると、魔力値が跳ね上がる。だからこそ、異世界からの帰還者には注意が必要である。


 そんな情報が、疾の元に転がり込んだ。そして特異点がフランスには存在せず、日本のとある街に存在する、という事実も。


(これは……)


 異世界。文化も常識も一切が異なる世界。物理法則すら、違う所もある。そんな場所に足を踏み入れるのが、どれ程危険なのか、分からない疾ではない。魔力値が跳ね上がる事自体、身体に負荷がかかるのも分かっている。

 それでも。


(……ほしい)


 初めて、渇望した。

 魔石をどれ程仕込んでも、疾の魔力消費は0にはならない。魔力切れは、今でも時折起こしかけている。どれだけ魔術を学んでも、研究しても、魔力不足が立ちはだかってしまう。

 魔術師としても認められないほどの、ちっぽけな魔力量。それを、何とか出来るなら──


(──魔法士を敵に回しても、生き延びれるかもしれない)


 異世界で命を落とす危険など、今更だ。魔法士協会の長だというあの子どもに、狙われたままなのは変わりない。本気で、疾の、家族の安全を手にしたいなら、抗う力が必要だ。


 だから。調べて、調べて、考察を重ねた。

 自分に可能であるのか、生き延びる為に何が必要か。

 それらを把握した疾は──命を賭ける覚悟を決めた。


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