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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
1章 はじまり
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44 我慢の限界

(無理)


 しっかりと睡眠を取って、魔力も回復した疾が出した結論が、それだった。

 今の自分が、魔力切れを起こさず戦うというのは出来ない。技術的にもそうだが、流石にちょっと、あの波状攻撃相手に自分の魔力量で戦うのは無理だ。


(とはいえ、父さんの言うことも正しいというか……馬鹿だ、俺)


 入院の際も身体の傷の記憶が全くない疾は、どうやら少々、怪我や不調に無頓着になりすぎていたようだ。命に関わる魔力切れを失敗の一言で片付ければ、心配くらいされる。

 最低でも、帰宅前に連絡を入れるなりなんなりして、助けを求めるべきだ──と、起きた後で両親に懇々と諭された。……反論の余地などなかった。

 ひとしきり反省した疾は、リビングで大きく溜息をつく。


「なんかこう……難しく考えすぎてた気がする」

「そうか」

「というか、馬鹿馬鹿しくなった」

「何それ?」


 唐突に割って入ってきた楓の声に、疾は顔を上げた。なにやら紅茶やケーキを持った盆を手に入ってくる。


「楓、何の用だ?」

「兄さんが珍しく説教されていると聞いて、見物もとい慰めようかと」

「部屋戻れ」

「冗談だってば、たまには私も仲間入れてくれても良いでしょ」


 唇を尖らせる楓は、疾が魔術の勉強をしているのは知っていた。最初は隠していたのに、この聡い妹はいつの間にか結界を張っていたはずの練習部屋を見つけ出し、何をしているのか父親相手に問い詰めた。……疾や母親相手じゃない辺り、良く相手を見ていると思う。

 楓も当たり前に興味を示したが、残念ながら疾以上に魔力が少ない楓は、魔力を視るのがやっとである為、渋々引き下がっている。


「そもそも、魔術の練習時間おかしくない? 兄さんがこうもオタク気質だとは」

「おいなんだそれ」

「日がな一日延々引きこもって魔術の練習出来る変態を、一般にオタク気質という」


 さらりと変な表現を使う楓の普段の交友関係が伺えるが、干渉する気は皆無なので肩をすくめて流した。楓はケーキを配りながら、疾に重ねて尋ねてくる。


「で、何が馬鹿馬鹿しいの?」

「連中相手に、いちいち右往左往するのが」


 いい加減、鬱陶しいのだ。時間を無為に奪われ、いたぶってくる連中に振り回されてばかりなのが、腹立たしい。


「疾は案外真面目だものね」


 母親にそう言われて、疾は微妙な表情を浮かべた。


「何だよ、その表現」

「兄さん兄さん、クラスメイトを武力で脅して黙らせる人間を、一般的には真面目って言わないと思う」

「ああなんだ、それか」

「かるっ。反応かるっ」


 ケーキを手渡しながらのツッコミに納得して、疾はフォークを手に取る。楓は「ケーキ取り上げようかな」などと呟きながらも、腰を下ろしてケーキに手を伸ばした。


(どうでも良いけど、ミルフィーユも手作り出来たのか)


「疾、舌戦でも基本正統派な口撃だものね。勿論、それで勝てるならいいのだし、負けても良い戦いなら正攻法で挑戦する方が、あらゆる意味で良い経験になる。けど、違うでしょう?」


 ケーキに相好を崩しながらの母親が問いかけに、疾は頷く。「正統派……あれで?」という楓の呟きは無視された。


「一対多上等、どんな手を使っても攫いたい、死んでなければどうなっても良い、みたいな連中相手に、正攻法を選ぶ理由なんかなかったなって、今更思ってる」

「うん、身体に悪そう」


 ケーキを頬張りながら、楓が大きく頷いた。父親は苦笑して、紅茶のカップを傾けている。


「疾がそう思うのなら、良い情報があるわよ」

「え?」


 顔を上げた疾に微笑んで、母親は父親に視線で尋ねた。父親が頷くのを見て、母親は視線を疾に戻す。


「あのね、疾。魔術師の皆さんは、疾の襲撃を一旦取りやめるつもりみたい」

「「待った」」


 速攻で待ったをかける兄妹の声が、綺麗に揃った。仲良しねと笑う母親に、楓が突っ込む。


「なんで母さんがそんな事を知ってるのさ」

「あら、楓。今時、魔術だけで連絡を取り合ってる物好きなんて、そういないのよ? インターネットって、下手な魔術より便利ですもの」

「いやそうだけど……え、何? ハッキング?」

「そうだけど?」


 それがどうかした? と首を傾げる母親に、楓はふっと視線を飛ばした。自分の肉親が犯罪者であるという現実は、ひとまず彼方へ放り捨てたらしい。


「……うん。よし。母さんだから仕方ない」

「そうだな。母さん、それはやっぱり、罠を張ったと考えて良いんだよな」


 あれだけしつこく追い回しておいて、今になって諦めたわけがない。ある程度こちらの限界を悟られ、確実に捕まえようとしているのだろう。

 どんな手を使って来るのか。どこで襲われるのか。可能性を想定して、対策を考えるのが普通だろう、が。


「……うざい」


 そんな事を考えるのに、時間を使いたくない。最近、一般の勉強も手が止まっている。


 第一──いい加減、我慢の限界だ。


「……母さん。ちょっと俺に情報売って」

「良いわよ」

「……あのう、兄さん? なんか嫌な予感がするんだけど?」

「気のせいじゃないかもな」


 楓が呟くのに、にっと笑ってみせた。

 方法は、技術は、既に教わっている。

 後は、実行する覚悟だけだったが……それも、もう問題ない。

 今更あの連中に手心を加える気があるか。彼らに対し、倫理的な抵抗があるか。


(ないな)


 捕まればどうなるか分かっていて、そんな事を気にするほど、疾はお人好しじゃない。……親が推奨するのはどうかと思わなくはないが。協力してくれるのだ、文句はない。


(人に喧嘩を売るとどうなるか、見せてやろうじゃないか)


 精々、手出しする相手を間違えたと、後悔すると良い。



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