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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
1章 はじまり
43/232

43 魔力枯渇

 けれど、現実はいつだって残酷で。


 魔術師の襲撃は激しくなる一方。辛うじて逃亡しているが、それでも、疾はじわじわと消耗していく。

 逃げて逃げて。戦って、また逃げて。──立ちはだかるのは、やはり、魔力不足。

 魔力の回復速度は速いが、それを上回る勢いで襲われて。これまで撃退出来ていたのに、煙に巻いて逃げるのがやっとで。


 疾の限界は、目と鼻の先だった。






 ぐらりと揺れた身体を、壁に手を付いて支える。視界は既に船酔いのように不安定で、平衡を保つのに何ら役に立ってくれない。


(やっべ……限界、見誤った……)


 今回の相手は、逃げる疾をしつこく追い回していたぶってきた。魔道具を使い果たしてなんとか相手を撒いた時には、魔力がほぼ尽きかけていた。

 魔力切れの目眩は、何度も経験済みだが。今回、それを通り越すとどうなるのかを、ありありと疾に体感させた。

 体中から力がこぼれ落ちて、脳が揺れる。呼吸すらも気を抜くと浅くなって、思考に靄が掛かる。必死で酸素を取り込んで、疾は足に力を送った。


 何とか、家まで辿り着いたのだ。部屋に戻れば、魔力補充の手段がある。

 また、身体が揺れる。今度は手が間に合わず、壁に身体がぶつかった。とん、と小さな音が、寝静まった家の中でやけに響いて聞こえる。


(ま、ず……)


 息を潜めて気配を殺す。誰かが起きる気配が無いのを確認して、疾はゆっくりと歩き出した。


(楓が起きないうちに……部屋、に)


 膝が笑う。壁に身体を任せながら、1歩1歩進んでいく。部屋のドアは見えているのに、やけに遠い。


(後、少し……)


 視界が霞む。喘ぐように息を吸い込んで、疾は足を引きずるように前へ押し出す。


(もう……すこ、し……)


 あと、たった数メートルなのに。意識が、遠のいていく。


(だ、めだ……)


 今、倒れたら。楓が、起きる。自分の身に起きていることを、これ以上、あの感情の機微に聡い妹に、悟られてはならない、のに。

 ずるりと、身体が滑った、その時。


「疾──!」


 小さな声で器用に叫ぶ声が聞こえたと同時、全身から力が抜けた。床に叩き付けられるかと思われた身体は、しっかりと抱き寄せられて支えられる。


「……父、さん」

「無茶をしすぎだ……!」


 小さい声で怒鳴りつける父親の、触れた部分から魔力が流れ込んできた。呼吸が安定し、視界の霧が晴れる。


「ごめん……もう平気だ」


 何とか普段の魔力切れ程度にまでなった疾は、そう言って父親から離れようとした。が、ぐっと腕に力が籠もり、そのまま抱え上げられる。その間も、魔力の譲渡は続く。


「父さん……もう、良いから。おろし──」

「楓が起きる」


 反論の声を一言で封じて、父親は疾を部屋へと運んだ。ベッドに丁寧に横たえ、そっと額の髪をどけて触れる。


「父さん、本当に、もう──」

「疾」


 父親の魔力は、そう多くはない。更に量の少ない疾といえど、譲渡を続ければ魔力が欠乏しかねない。そう懸念して制止の声を上げた疾は、遮る父親の声の響きに、言葉を呑み込んだ。


「あまり、無茶をしないでくれ」

「……父さん?」


 戸惑いの眼差しを向ける疾に、父親は辛そうに目を細めていた。


「言っただろう。魔力切れは、命に関わる。そんな無茶をしてまで、戦うな」

「でも──」


 だったら、どうすればいい。

 自分を取り巻く環境は、そんな優しさが許されてなんか、いないのに。


「大丈夫、だから……今日は少し、限界を見誤っただけで……魔力の補充も、ちゃんと自分で」

「疾」


 目を、掌で覆われた。緩やかに流れ込む魔力が、疾を眠りに誘う。


「苦痛を……当たり前に、思うな。身体からの信号を、ねじ曲げるな」

「……とう、さ、ん……?」

「俺は、疾にそんな傷を負わせたくて、魔術を教えたわけじゃない──」


 父親の訴えは耳に入るも、脳が理解出来ず。疾は、疲労に沈み込むように、眠りに落ちた。

 

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