42 魔術
疾に魔術の才能は、ない。
それはもはや、誤魔化しようのない事実だった。
魔力の流れを視て取れるのに、上手く操れない。ぎこちない魔力の動きが、そのまま魔力消費量の増加に繋がる。悪戦苦闘して1つの魔術を発動出来るようになるまでに、恐ろしく時間がかかってしまう。銃を使っての魔術発動も、速度がなかなか一定しない。
そんな疾の、魔術の練習は。
──人より回数こなす必要があるなら、こなせば良い。
そんな、力業だった。
もはや根性論に聞こえるが、そこは効率の悪さにイライラしていた時期に、向いていないと判断した。よって、疾は魔術理論を解剖するように、魔術を練習していった。
自身の魔力を呼び水に、周囲の魔力を集めるまで。
集めた魔力で、魔法陣を組み立てるまで。
完成した魔法陣に、魔力を循環させるまで。
魔力が充填した魔法陣を、発動させるまで。
発動した魔術を、制御するまで。
それぞれの工程を1つずつ見直し、改良し、自分に最も適した形へと組み替える。理論を自分なりに研究し、自分の魔力の性質、癖に合わせた魔法陣を書き上げていく。
そうして、魔術書のものとは似ても似つかない魔法陣を、延々と組み立てては消し、構築しては異能で破壊し、魔力を流してはその反応を視て確認し、より精度を上げていく。
そんな、頭脳に明かせて力業を行う疾に、練習風景を見た両親は、少なからず唖然としていたが。必要なんだから仕方ないじゃないか、というのが疾の意見である。
お陰で魔術の制御だけなら父親にも負けない──というかそのくらい制御しないと発動しない──疾に、母親は珍しく真面目な顔で諭してきた。
「……疾? その方法は、普通の人がやろうとしたら、発狂するかストレスで魔力を暴発させるかのどちらかよ。絶対に、他の人に強制しては駄目だからね?」
「俺、別に弟子とか取る気ないけど」
「今はなくても、いつか取るかもしれないでしょう。絶対に忘れないと、約束して頂戴?」
「……了解」
真剣な母親の様子に気圧され、頷いた疾であった。
そうして、延々と細々と練習した成果だろうか。魔力を隠す技能だけは、比較的早く習得出来た。
「普通は逆だが……疾の努力が実ったな」
「だといいけどな」
肩をすくめ、疾は息を吐きだして制御を緩める。そして、父親に笑って見せた。
「父さん、また魔術戦付き合ってくれ」
「分かった」
そうして、実戦の相手をしてもらうのも、いつもの事。
試合形式では引き分けに持ち込める事も増えてきた疾だが、何でもありにすると途端に敗北数が増えるのが悩みだ。
「立ち回りがなあ……母さんとか、勝てる気がしないしな」
「いや、母さんは……」
父親が言葉を濁すのを見て、疾は悩むのを辞めた。成る程、母親は取り敢えず高すぎる壁、と処理して良いらしい。数を限定した魔道具と体術だけで疾をにこやかに倒す姿に、ここ最近少しばかり自信を失いかけていたのだが、少し気が楽になった。
「まあ……あの、何をやろうとしても見透かされて、直前で妨害喰らって自滅させられるえげつない戦い方を普通って言われたら、俺、流石に折れるけどな……」
「……疾の戦い方は、どちらかと言えば、母さんの戦い方が向くと思うけどな」
父親にそう言われて、考えてみればその通りだった。
「近接戦主体の方が有利だし、魔道具使うのも同じで、基本心理戦……確かに。魔力量を考えても、父さんみたいな魔術ありきは無理があるか……父さんはなんで魔力減らないんだよ」
「そういう魔術を使っているからだろう」
「そりゃあそうだけどな」
父親の魔術は、本当に魔力0でも発動する。威力増幅や制御の為に少し使うが、本当の本当に少量だ。扱えれば武器になると疾もあれこれ試しているのだが、今の所、魔力消費を通常の半分に減らすのがやっとだ。……十分助かっているけれど、なんとなく悔しい。
疾の表情を見て苦笑した父親は、逸れた話題を戻した。
「疾には異能もある。相手の不意を突く手札は十分、そういう方面に特化した方が戦いやすいんじゃないのか」
「異能か……」
疾が呟いて眉を寄せると、父親はすっと目を細める。
「疾。力は力だ。決して忌避するようなものではない。生き延びる為の武器を選ぶな」
「分かってるけど……どうも、感覚的に合わないんだよな」
「……」
「扱いは何となくは分かるんだけど、実行する気が、今ひとつ起きない」
やはりまだ、恐怖が根付いているせいだろう。無理矢理引きずり出された異能に対して、疾の心が酷く不快感を訴えていた。本能が幾ら呼びかけても、使う気が起きないほどに。
それを感じ取った父親は、責めることなく頷く。
「疾が抵抗を覚えているなら、使っても良いことはない。だが、無理に押し隠そうとすれば身体に悪い。家の中だけでも、練習しておけ」
「……分かった」
微妙な表情で頷く疾に、父親もそれ以上は言わなかった。




