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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
1章 はじまり
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41 魔術師

 それから。

 ありとあらゆる非難を撥ね除けて平然と過ごす疾には、数え切れない程の敵意が向けられた。


 疾の態度に加え、不自然なほど急速に、アリスは本当に不慮の事故で落ちたのかと──側にいた疾は本当に無関係なのかと、そんな疑念が広まっていった。……自殺の可能性は、決して浮き彫りにならないまま。


(……父親は、カトリックの熱心な信者……だったか。そこまでして……)


 アリスの名誉を守るつもりだったのかもしれない。自殺の可能性が人々の頭に浮かばないよう、暗い疑念を植え付けることで、ことなかれ主義者には事故と、噂好きには疾が揉めた末に突き落としたと、そう錯覚させた。

 ……他人を悪者にしてまで、守りたい名誉だとは思えないが。疾は、噂が修正不能なレベルまで広まったのを確認して以降、あらゆる説明を求める声を無視した。


(好きに解釈すれば良い)


 そんなものでアリスの死が報われるとは思わない。が、払拭する為に動く気もない。


 教師も、クラスメイトも、ユベール一家も、全て無視する疾を、周囲は正義を掲げ、言葉のつぶてを投げつけてきた。

 それら全て撥ね除け、黙らせ、時に武力行使までして。気付けば疾は、クラスメイトに思い切り遠巻きにされ、狂人のように扱われていた。


(あほくさ)


 被害者が被害者面していないと気に入らない、という心理については、ニュースやネット上で見聞きしていたが、ここまでくると笑いすら出てこない。



 第一、そんな有象無象の襲撃なんて、今の疾は構っている場合ではなかった。

 魔術を覚え、力を自分の意思で操るようになった疾は、至る所で魔術師の襲撃を受けていたからだ。



「ったく、なんでだよ」


 流石に疾も腑に落ちず、父親の前でぼやく。今までは人気の多い場所へ逃げ込めば深追いしてこなかったのに、最近は人払いの結界を張って、強制的に人気をなくしてまで襲ってくる。


「野良の魔術師だからだろう」

「は?」

「……この世界では、魔術師連盟が一大派閥だからな」


 父親の解説に、疾は顔を顰めた。魔術の勉強と並行して、魔術師の世界についても常識を学んできた疾は、その単語を聞いて直ぐに把握出来る。


 魔術師は、この世界ではいないものとされている。科学の発展した社会において、奇跡の力は想像の中でしか存在は認められていない。おそらく血で血を洗うような争いの末に、魔術師が存在を隠すようになったのだろう。その辺りの歴史に関しては、疾も話半分でしか知識に入れていない。

 そして、迫害されてきた歴史故か、魔術師は組織を作って地下活動を行う傾向にある。様々な主義主張を元に集まる中、魔術師連盟と呼ばれる組織が、この世界では幅を利かせていた。


「魔術師がアホな真似しでかさないように、監視の意味を兼ねた組織……だったか」

「疾はその認識でいい」


 どうやら、他にもいろいろあるらしい。余り興味も無いので、疾はカップを持ち上げた。


「というか、父さんが所属してたのはそこじゃないのか。そっちが理由だと思ってたんだけど」


 さらりと尋ねられるようになった疾に、父親は少しだけ目を細める。少し気恥ずかしくて、カップを傾け視線を外した疾は、次の瞬間、軽く咽せた。


「いや。俺が所属していたのは、こことは違う世界に存在する、魔法士協会だ」

「っ、けほっ……」


 咳が落ち着いてから、疾は父親に胡乱な眼差しを向ける。


「父さん……異世界転移なんか出来たのか」

「ああ」

「魔力量の制限、どこ行った……」


 疾も、異世界の存在は知っている。魔術書には、世界の壁を越える魔術も載っていたからだ。……父親が渡してくる魔術書のレベルの高さについては、今更だ。初級魔術を片っ端から発動して見せて、再現の過程で理論を見つけ出せなんて教育を受けた時点で諦めている。


 それはそれとして。魔術書を読む限り、異世界転移には魔力量が最大の難関とされている。どんな技量を持っていても、世界の壁を越えるには、一定の魔力を持っていないと挑戦すら出来ない、らしい。

 それを、疾よりはマシだが大して魔力の多くない父親が、転移した経験があるどころか、その先の世界で組織に所属するというのは、流石に意味不明だった。


「魔力が必要とされる理由は、世界の壁を越える際の情報制限だ」

「……世界間の歴史、技術、知識の差異を、世界を超える人間によって悪戯に狂わされない様に、って事か」

「そうだ。その為に、各人の情報の閲覧と制限が、本人の魔力を用いて行われる」


 1を言えば10を理解する疾に、父親は目を細めて解説を重ねた。疾は視線を彷徨わせながら、考察を積み上げていく。


「となると……、そこには何らかの知性体の介入が必要だな。人間でも神でも精霊でも、AIでも出来なくはないか……。とにかくそういう存在でなければ、判断が出来ない」

「ああ。境界の番人は存在する」

「……そうなると。父さんが世界を渡るには……、番人と知り合いで、事前に情報制限を1度行われている。転移の際に世界情報を読み取って、自分の知識と摺り合わせ調整する。何らかの方法で情報制限を解除、無効化する。この辺りか?」

「……教え甲斐があるのかないのか、よく分からない弟子だな」


 最低限の情報で結論に至る息子に、父親は静かに苦笑した。疾が不思議そうに見返す。


「母さんと結婚した父さんが、それを言うか?」

「……そうだな」


 すっと視線を逸らしたのを見るに、これは確実に、プライドを1度はへし折られた模様。気持ちはとても分かるので、疾も深くは追求しなかった。


「で? どれなんだ?」

「1つ目と3つ目が正解だ」

「……へえ」


 軽く目を見開く疾に、父親は少し視線を遠くに向ける。


「偶然狭間に落ちて、番人に拾われた。その人物に魔術を教わったついでに、2つの世界の違いについても確認して、情報制限を学んだ」

「ついでって」

「ちなみに、あちらの世界とこちらの世界は非常に似ていて、一部重なっている」

「……そんな事があり得るのか」


 狭間が管理されている世界同士が、重なるというのもよく分からない。首を少し傾げた疾に、父親は淡々と講義を続ける。


「地脈の流れが似通っている土地に、幾つかの条件が揃うと、境界があやふやになる。そこを通ると、魔力の制限など関係無く異世界へ渡れる。……神隠しというのは、そういう現象だ」

「へえ、異界とかでも適応されそうだな」

「ああ。場所によっては天使が降りる、魔物が湧きやすいなどの伝承が存在しているが、その原因がそれだ」


 カップを片手に講義を聞いていた疾は、続く解説に少し、動きが止まった。


「……疾が入院していた病院は、そういう土地を利用し、どちらの患者も受け入れている」

「……うっかり世界を渡ってしまい怪我をした人でも、治療して、気付かれずにもとの世界に返すため、か。……アリスのように」

「疾もだ」

「ああ、うん。……そうだな」


 視線を落として、意味もなく揺れる水面を見つめる。あやふやな記憶に、確かに違和感はあった。


「治癒魔術を当たり前に扱う医者だもんな。だから、アリスは病院を直ぐ移動したと」

「そうだ。特に彼女の父親は、権力者だからな。下手に関われば、こちらの存在について容易く知れる立場にいる」

「……そうか」


 1つ息をついて、疾は顔を上げる。様子を伺う父親に、軽く笑って平気であるのを伝える。


「話が逸れたな。そうなると、俺を狙う理由は……」

「管理されていない魔術師がいつどんな災害を引き起こすか分からないという警戒。未成熟ながら才能を見せる疾を勧誘したいという思惑。あと──」

「──俺を研究したいという私欲。かな」

「……ああ」


 苦い声で肯定する父親に、疾は苦笑して首を振った。


「あいつだけが俺を狙うわけないだろうし、そのくらい想定内だ。……というか、未成熟だから狙われているのか?」

「そうだ。まだ魔力を制御することは出来ても、隠すことは出来ていない」

「……魔力を、隠す?」


 元々身の内に流れているし、はっきり目に映るそれらは隠しようがないだろう。怪訝そうな顔をする疾に、父親は静かに苦笑した。


「疾は、目が良すぎる」

「は?」

「普通は、人間の魔力回路を、魔術補助無しで視られない」

「……え?」

「更に言えば、魔法陣の構築過程を全て目で追える人間も、魔道具の回路を視て取れる人間も、そうそういない」


 青天の霹靂とも言える父親の言葉に、疾は何度か瞬き、ぽつりと言葉を落とす。


「……よく、それで魔術使えるな……」

「疾は魔術の才能、あまりないからな」

「うるさい」


 悔しげにそっぽを向く疾に、父親は肩をすくめるだけで話を戻した。


「通常は、他者の魔力は光を纏っているように視える程度だ。あるいは、肌で感じる、程度の人も多い。よって、魔力の活性化を調整すれば、相手に悟られない。これは、魔力量を隠すためにもよく使われる技量だな」

「……魔術を扱える限度がバレバレって? 俺、滅茶苦茶雑魚扱いされてそうだな」


 何せ、未だに銃の補助無しだと初級魔術数発、頑張って中級魔術一発が限度という悲しい状況だ。警戒される価値も無いレベルで少ない。疾が半年もしないうちに開き直れるくらい、どうしようもない現実だった。


「一般人相手なら、初級魔術でも殺せる。野良が未熟というのは、暴発の危険性も高いからな」

「ああそれで……」

「後は、通常ならば誰かしらの師が付いている気配が感じ取れるのに、それが無い、ということか」


 さらりと言われた言葉に、疾は少し首を傾げて結論を出す。


「そうか。父さん、隠れてるんだったな。保護者もいない未成年の魔術師見習いって……あらゆる意味でやばいな」

「そういう事だ」


 魔法士協会から……その長である子どもから逃げる為、父親は徹底的に自分の痕跡を消している。だから、疾が12になるまで見つからなかった。そして、疾の力が覚醒に向かうにつれて見抜かれたという事だろう。


「という事は、次の目標はそれだな」

「ああ。見本は幾らでも見せる」


 父親のありがたい申し出に感謝して、疾は魔術の練習に入った。


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