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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
1章 はじまり
40/232

40 決裂

 そうして1日の授業を終え、楓と連絡を取り合い、車が待つ校門へ向かう道すがら。


「アヤト!」

(……はいはい)


 鬼気迫る声が背中に叩き付けられたのを、疾は半ば呆れた気分で受け止めた。予想通り過ぎて、何も感じない。

 振り返った先、髪を振り乱したユベールが血相を変えて詰め寄ってきた。


「君は……君は、何を考えて……どんな神経で、死者を冒涜して……!」

「まず落ち着け、ユベール。そのままじゃ会話にならないぞ」

「ふざけるな!」


 疾は以前と同じ語調で宥めてみたが、ユベールはますます燃え上がる。


「君のクラスメイトから聞いた! 君は……君は、こともあろうにアリスと自分を同じだと……っ」

「そうだ」


 疾は、ユベールに真っ直ぐ向き合って告げた。ほんの少し残る希望に賭けて、可能性を相手に与える。


「俺も、アリスも、誘拐されたのは同じだ。ユベールは、アリスを見舞っていたから知らないだろうが、俺も無傷だったわけじゃない。どちらも同じ被害者だ」


 ただ、と接続詞を付けて。


「……ただ、俺がアリスを守りきれず、我が身可愛さにアリスを見捨てる結果になったのは、否定しない」

「だったら! 何故、同じだという!!」


 ……絶叫が、疾に叩き付けられた。目を細めて、疾は答えた。


「なあ、ユベール。俺達は子供だ」

「は……」

「自分すら満足に世話出来ないと判断され、保護者の庇護下にいる、未熟な子供だ。──他人の命まで守れるほど、強いと思うか」


 沢山苦しんで、傷付いて、泣いて。ようやく認めることが出来た、疾の弱さ。


「……俺は、無理だった」


 彼にだけは、認めよう。かつて、沢山世話になった相手だ。……アリスの、家族だ。


「その場に居合わせなかった人がどう思おうと、俺が言えるのはこれだけだ。俺は、アリスを守りきれなかった。自分よりアリスを、優先出来なかった」

「僕なら守った!!」


 ユベールが、そう吠えるのを聞いて。疾は、そっと目を伏せる。


(……伝わらない、か)

「僕なら、守った! 自分の身を差しだしてでも、アリスを救った! 君は、君だけがそれを出来たのに、君はその義務から逃げた!! アリスは、君を狙う犯人に、巻き込まれたのに!! 巻き込んだ君が、アリスを売ったんだ!!」

「……そうだな」


 ああ、そうだ。その通りだ。


(知っているさ、ユベール)


 自分の無力さなど、知っている。自分に負けて、無関係のアリスが壊されるきっかけを作ってしまった後悔など、心が潰れるほどした。


(でも……だから、こそ)


 だからこそ、分かって欲しかったと思うのは、我が儘だろうか。届けと願ってしまうのは、贅沢だろうか。


「けどな、ユベール」


 自分とアリスの違い。側にいた人の、想い。

 それらを直視するのは、痛い。……でも。


「それは……自分の首を、締める言葉だぞ」

(お前は、知っているだろう?)

「何を……」

「最後まで言わせる気か」


 自嘲気味に笑ったのは、きっと彼には、嘲笑に見えるのだろうなと思いながら。



「アリスの心を、──ユベールが救っていたなら。アリスは、自殺しなかった」



「────!!」

「俺は、父に救われた。だからここに立っている。……アリスの側には、誰がいた?」


 疾の心を父親が必死で掬い上げてくれたように。アリスの側には、アリスの父が、母が、ユベールが、いた筈だ。疾がアリスを救おうとするより前から、ずっと。


「ふ……ざ、けるな!!」


 掴み掛かる手を黙って受け止める意味を、考えもせず。ユベールは、血走った目で喚く。


「僕達は全力でアリスを助けようとした! 救おうとした! それでも! 壊れきったアリスの心を、救えなかった!! 見てもいない君が、分かったようなことを言うんじゃない!!!」

「そうだな」


 そうだろう。自分が戻ってこられたのは、父親がいてくれたからだけど。……運が良かったのも、分かっている。


(多分……次は、無理だ)


 ひとを救うのがどれだけ難しいのか、我が身で経験したからこそ。分かって欲しいと、そう、思ってしまうのだ。


(なんで、分からないかなあ……)


「ユベール」

「何だよ!」



「──見てもいないお前が、分かったようなことを言うんじゃない」



 言葉を、なぞってやる。目を見開いたユベールに、真っ直ぐ目を向けて。


「その場に居合わせて、必死で助けようとして、けれど助けられなかった。必死でアリスを救おうとして、けれど救えなかった。──何が、違う?」

「……!!」

「同じだろ? 俺達」


 助けられなかったのも、愛する少女を救えなかった後悔に苦しんだのも、同じ。


(分かれよ……ユベール。お前の、為だ)


 だったら。ユベールは、ユベールだけは、疾を赦さなければならない。


(じゃなきゃ……救いがないぞ)


 疾を憎めば憎むほど、ユベールは自分を、赦せないままだ。



 はくはくと、口を開閉して。彷徨う瞳が、苦しそうな色を浮かべて。ぐっと、歯を食いしばったユベールは──拒絶を、浮かべた。


「……ふざけるな」

「ユベール」

「何が同じだ。お前なんかと一緒にするな……っ僕は、違う……っ違う!!」


 振り解くような言葉。絶対的な拒絶。じわじわと浮かび上がる、憎しみ。



「僕は、絶対にお前を許さない……っ、お前の、せいでっ、アリスは死んだんだ!!」



 吐き出すように言われた言葉には、おそらく、迷いも含まれていた。

 だが……眼差しが、それを揺るがすことはないと、告げてもいた。


(……駄目、か)


 2人の間に入った亀裂が、一気に深まり、広まる感覚。……もう、自分の言葉は、届かない。


「そうか」


 だから。疾は、未練を振り捨てる。


「けど、俺は、そうは思っていない」


 これ以上、彼の傷を受け止めることは、しない。


(悪いな)


 アリスにしたのと同じように、頭を下げて、謝罪して、償うべきと分かっている。……だが、こうなってしまっては、その行為は正しい意味を持たない。

 だから、疾は、自分と家族を選ぶ。前へ進む為に、ユベールの言葉を切り捨てた。


「意見の食い違いが、残念だ」


 腕を振り解いて、押しのける。蹌踉めいたユベールに、口元を歪めて見せて。


「じゃあな、ユベール」


 疾は、背を向けた。1つ息を吸い込んで、歩き出す。


「これ以上の議論は無駄だ。2度と話しかけてくるなよ」


 そんな台詞を残して、疾は彼を置いて立ち去った。


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