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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
1章 はじまり
38/232

38 新たな1歩

 それからアリスの葬式があげられるまでは、疾も大人しくしていた。

 1度、弁護士付き添いで警察の聴取には付き合ったが、殆ど弁護士が警官を圧倒していて、言うことがなかった。


「……プロって凄いですね」

「そうか? そう言ってもらえると嬉しいが」


 素直に賞賛を向けた疾に、にこりと笑い返して去って行った彼のお陰で、疾は殺人容疑をかけられることもなかった。


(いや……正直、証拠ないしな……)


 目撃者は居ない、接触した痕跡はある、口論していたのは上の階の生徒が聞いていた。これだけ揃っていれば、疾を疑われた際、無実を証明するのは難しいだろう。……物証は物証で無いから立件も無理だが、疑われて調査されるくらいは十分にあり得たはずだ。

 それを綺麗に言いくるめて、法律的にも心情的にも叩き潰していった彼の論調は、疾にも非常に参考になった。


(さらっと恩着せないで帰っていったのも凄いよな、父さんそれなりに偉いのに)


 権力をきっちり切り離す姿勢も、素直に尊敬出来た。





 葬式も、疾はきちんと参列した。

 非難の視線も、憔悴しきった家族達の罵倒も黙って受け止め、静かにアリスを送った。

 最低限の、けじめとして。アリスを惜しむ、1人として。


「……」


 火葬場の煙を見上げた疾の目に、もう涙はない。それでも、哀しみは胸の内にある。

 それが分からずに悪態をついた人間は、全て無視して。疾は、小さく日本の悔やみの言葉を呟き、その場を去った。






 そして。


「……マジで行くの?」

「行く」


 朝食を頬張る疾に、楓が嫌そうな顔で繰り返し聞いた。


「ええ……本気? 追い出すレベルで正義感に酔いしれた集団相手に、のこのこ出て行くの?」

「別に、楓が余所行きたいなら好きにしろ。けどな」


 手を止めて顔を上げた疾は、冷ややかに笑う。


「──事実確認も行わず正義面するような連中からこそこそ逃げて、周囲の噂に怯えた挙げ句、毎日家から遠い学校へ通わなきゃならないんだぞ?」

「……ふむ」


 考える顔をした楓が、本日担当分の味噌汁を啜って答えた。


「それは、何かむかつくわね」

「だろ」

「貴方達……いえ、いいのだけれども……」


 妙な方向に振り切れた兄妹を、何とも言えない顔で母親が見守る。それをこっそりと笑う父親は、疾に穏やかな眼差しを向けていた。


「だったら居場所を勝ち取って、うざい視線だけ無視してれば良い」

「なるほど。よし、兄さん任せた。私も料理の時間減るのいや」

「ん、任された」


 頷きあって、食事後の挨拶をきっちりした兄妹は、同時に立ち上がる。


「じゃ、行くか」

「そうね。鞄取ってくる」


 何やら静かに闘志を燃やす2人を、両親は苦笑混じりに眺め、見送りのために立ち上がる。


「……血筋を感じるな」

「絶妙に嬉しくないわ……とっても聞き覚えがあるのだもの……」


 そんなやり取りをこっそり交わして、子世代の戦いを黙って眺めるのだった。






 父親の車で校門前に乗り付けた2人は、父親に挨拶をしてから車を降りる。


「疾」

「ん?」


 そのまま去って行くかと思われた父親が、ウインドウを下ろして疾に告げた。


「気を付けろよ。疾はもう、素手で人を殺せる程度の実力はある」

「ああ、そこは手加減に注意しておく」

「おー、武力行使前提……」

「あっちが殴りかかってきたら仕方ないさ」

「それは仕方ない。寧ろGO」


 剣呑なやり取りに僅かに苦笑して、父親は分かっているなら良い、と言い残して車を走らせる。残された2人は、顔を見合わせた。


「……父さん、ゴーサイン出してなかったか?」

「むしろ武力行使込みで行けって言ったよね。やっぱ怒ってたんだ……」


 余り感情を表に出さない父親ではあるが、駄目なものは駄目という、教育はきっちりするタイプだ。それがこれほど殺気立っている兄妹を見ても窘める言葉1つ言わないとは──やはり、「やれ」という意味だろう。


「まあいいか。じゃ、夕方に」

「はーい」


 軽く手を掲げて、疾は妹と別れて教室へ向かった。


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