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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
1章 はじまり
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30 前へ

 そうして、疾はゆっくりと、着実に魔術の扱いを身に付けていった。

 体術と組み合わせての魔術戦は、手練れの父親相手だと翻弄されはするが、戦える、と言えるだけのレベルへと上がった。


「随分動けるようになったな」

「ん……」


 父親の評価に頷きながら、疾は何かを考え込むような色を浮かべている。それに気付いた父親は、直ぐに尋ねた。


「何か気になるのか」

「いや……たらればに、意味はないんだけど……」


 言葉を濁して、疾は父親の顔を伺う。黙って続きを待っているので、言って良いと判断して続けた。


「これ、さ……もっと昔から、学んでいたら良かったんじゃないかって。父さんが守ってくれたのは有り難いけど、子どもの頃から魔術に馴染んでれば、また違った気がする」

「それは違う」


 きっぱり言い切った父親に、疾は冷静に尋ねる。


「理由があるんだな」

「ああ。魔術の世界は甘くない。今まで何も言わなかったのは、疾が異能、あるいは魔力を発現していなかったからだ。未覚醒の力というのは、繊細だ」

「……無理矢理揺り起こすと、良くないって事か」

「精神的にも、肉体的にも悪影響を及ぼすし、暴走すれば命に関わる。そういうものだ」

「……存在は……うっすらなら……」


 無意識に「勘」と位置づけて認識していたかつての自分を思い出して、迷いながら反論するも、父親はきっぱりと首を横に振った。


「大体の異能者は、今の疾のように自分の力をはっきり自覚して、扱い方をおおよそ知っている。それでも力の強い者は、未成熟な制御を振り切って持て余すこともある。そうなってからが、異能や魔術に触れるタイミングだと、俺達は考えている」


 語尾を受けて、疾は溜息をつく。


「ああ……分かった。それと正反対なのが、……あいつ、か」

「そうだ」

「それは……まあ、確かに危険だな」


 嫌と言う程、自分が壊れていく感覚に恐怖した疾だからこそ、分かる。確かに、力尽くで異能を引き出すというのは、やってはならない行為なのだろう。


「知識を与えるだけでも、リスクはあるのか?」

「下手に理論を知ることで、無意識に異能をねじ曲げてしまった例がある。それも、身体には毒だ」

「そうか……なら……」


 ぐっと唇を噛んで、疾は、絞り出すように言った。


「……本当に……仕方、なかった、んだな」

「……」

「俺が、……捕まってしまったのも。そこに居合わせたアリスが、……巻き込まれた、のも」

「……そうだな」


 さらりと頭を撫でて、父親は静かに肯定した。


「……でも……アリスは……俺が」

「疾」


 自責の念が残る疾を、父親は静かに諭す。


「奴は、大の大人でも平気で使い潰す。疾がどれだけ頑張ろうと、どちらも壊しただろう。……12の子供が、あれほどの目に遭い、自我を保てただけでも奇跡に近い。自分を責めるな」

「……」

「忘れるな。疾は、被害者だ。彼女もまた、被害者。この件において、加害者は奴だ。被害を受けた疾が、責められる謂われはない。そうだろう」

「……う、ん」


 父親の言葉が、理解出来ない疾ではない。寧ろ、理屈が通っていると頭では判断出来ている。……それでも。


 自分が逃げてしまった事実と、アリスの胸が潰れるような悲鳴が、忘れられない。


(……ああ、でも……そうか……)


 ふと、疾は父親を見やる。目を細めて疾を見守る父親の、少しだけ心配の色を滲ませた瞳を見つけて、すっと胸に染み込んできたものがあった。


(俺が、……俺を、父さんは、ずっと見てきたんだな)


 おそらく、錯乱していた疾よりも鮮明に、父親は疾の傷を目の当たりにしてきた。本当に壊れてしまうのではという恐怖も、自分が守りきれなかった後悔へと変わって。それでも、ずっと、疾の回復を支え続けてくれた。疾は悪くない、と何度も何度も繰り返して。……その分だけ、自分に刺さるものがあっただろうに。


(俺が……気にしているうちは、父さんも……赦せない、か)


 だったらと、疾は自分の両手を見下ろした。ぐっと握って、ゆっくりと息を吸い込む。


(ごめん……アリス)


 彼女には、自分を責める権利がある。守りきれなかった、自分を取って見捨てた疾を、恨む権利がある。けれど……それすら、本来は疾に向けられるものでは、ないのだ。


(忘れないから)


 自責も、アリスの絶望も、決して忘れない。──その、上で。


「全部……あいつが、悪いんだな」

「疾?」

「俺は……俺も、弱かった。けど……弱いことは、必ずしも、罪じゃない」


 自分を説得出来る言葉を探しながら、疾は続けた。


「間違いは、したんだろうけど……罪じゃ、ない。罪は、あいつだけの、ものだ」

「……ああ」

「アリスは……アリスには、俺は……合わせる顔、ないけど」


 ぐっと奥歯を噛み締めて、くぐもった声で言葉を押し出す。


「……認めないと。弱いんだ……まだ」


 弱さは、誰も救えない。自分すらも傷付けるのだと、そう実感しているけれど。


「弱い、自分も認めて、前に進まないと……同じだな」


 傷の痛みと罪の重みに蹲っていては、また、同じ弱さで誰かを傷付ける。今、疾を見守る父親が、苦しんでいるように。


「……疾」


 柔らかな声が、疾を呼ぶ。顔を上げた疾を、父親は抱きしめた。


「十分だ。疾は、十分強い。自信を持て……大人でも、それが出来る人間は、そう多くないんだぞ」

「……でも、俺には必要だ」

「必要とされているわけじゃない。少なくとも俺は、俺から疾にそれを求めない。だが、疾が必要とするのなら……」

「ああ」

「だったら、俺からは何も言わない。ゆっくりで良い、自分の道を進め」


 父親の言葉に、疾はようやく、笑みと呼べる表情が顔に浮かぶのを感じた。


「……ありがとう」


 あの、地獄のような空間で。もう、2度と帰って来られないと思った居場所を、疾は確かにその時、取り戻したと実感した。


「なあ、父さん」

「なんだ?」

「……腹減った。肉、食べたい。連れてって」


 身体を離した父親に、疾は笑って言う。目を細めて、父親は頷いた。


「ああ。行こうか」

「全力で食べるからな」

「好きにしろ」


 食べ盛りの宣言にも迷わず返す父親に連れられ、疾は──外へ、出た。



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