表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
序章 波瀬 疾
3/232

3 決意

ここから、毎日8時、20時に連続更新予定です。

 部屋を見回す。少しずつ片付けておいた部屋は、さっぱりと整頓している。日本へは必要最小限を持っていくつもりだが、管理を親に任せるのも無責任だからと、この際必要のないものは全て捨てた。

 残ったのは、学校に必要な物、衣服。──魔術書。魔術具。魔道具。爆薬。武器。コンピュータに携帯端末。

 酷く偏ったそれらに、疾は我知らず苦笑を漏らす。


「分かりやす」


 もう、馴れ合う為の娯楽はいらない。優しい世界と繋がる為の道具はいらない。写真も、捨てた。

 必要なのは、自分の命を守るための術だ。

 足りないものは、……今から取りに行く。


「日本……紅晴市、か」


 ベッドに腰掛け、窓の外を見る。少しだけ、感慨深かった。


 ようやく、準備が整った。

 場を整え、手続きを済ませ、課題を全てこなし。

 そうして認められた自由を手に、疾は、慣れ親しんだ居場所から出て行く。


 日本へ。

 調べて見つけた、街へ。

 この箱庭のような、安全に守られた家庭を離れて、1人で。

 そうしなければ、出来ないことがある。


 ──力を、この手に握るために。






 ドアをノックされて、我に返る。寝転がっていたベッドから体を起こし、尋ねた。


「何?」

「俺だ。話がある」


 ……オレオレ詐欺、とか言ったら怒るだろうか。何やら真面目な雰囲気を醸し出す父親に、肩をすくめて疾は立ち上がった。

 鍵を開けて、父親を招き入れる。椅子を勧め、自分はまたベッドに腰掛けて、尋ねた。


「何か用?」

「本当に行くのか」


 案の定な内容に、苦笑を何とかこらえる。


「本気じゃなくお袋の課題、こなせないだろ」

「……疾」


 眉を寄せて、覗き込まれた。瞳の奥に滲む心配を、不敵に笑って撥ね除ける。


「親父が思うより今の俺、相当強いけどな。実力行使で止めてみるか?」

「いや……」

「まあこの距離じゃ親父に勝機ないな」


 魔術特化の父親を蹴り潰すのに5秒もいらない。そんな事実を疾が口にすると、父親は更に眉を寄せた。


「疾。今の状況で疾を1人にするのは、不安要素が多い」

「そうか?」

「自覚していないようなら、今直ぐ止める」

「おいおい」


 今度こそ苦笑したが、相手は至極真剣な顔をしていた。仕方なく、軽く息を吐きだして頷く。


「自己防衛能力はともかく、リスクヘッジにいざという時の逃げる手段、伝手。何より、魔力不足。その辺だろ」

「そうだ」

「ちゃんと考えてるって。もしもを考えてるなら、今日だって、場合によっては野垂れ死にしててもおかしくなかったぞ」

「疾」


 声が険しくなった。こちらの行動を把握しているだろうと予想しての発破だったが、悪い方向に受けとられたらしい。疾は両手を挙げて、宥めるように言い聞かせた。


「親父、俺はもう守られる側じゃなくて、守る側だ。親父と同じ立場なんだよ。命の覚悟してるって言ったろ」

「……疾」


 今度は苦しそうな声で名前を呼ばれた。溜息をついて、続く言葉を止める。


「自分で選んだだろう。親父達の守りが不安だからじゃないとも言った筈だ。自分で自分を守る術が欲しかったし、更に欲しい。それが日本で手に入るかもしれない。それだけだ。……俺が引き摺ってないのに親父が引き摺るなよ」

「……本当に、そうなのか」


 問いかけは、心の奥底に直接投げ込まれた。この父親は、いつもこうして、絶対に見落としてはならないものを、きちんと拾い上げて腕の中に包み込んでくれる。その手に、疾は何度も救われた。


 だから、こそ。


「さあ? どこかで気にしているかもな」


 小さく笑って軽く返し、ひらりと手を振る。


「でも、だからこそ前に進む必要があるだろう。……親父は家を頼む。俺からはそれだけだよ」


 家には、どこか抜けてるだけでなく不安定なものを抱える母親と、本当の本当に無力な妹がいる。父親がここで守ってくれるからこそ、自分は外に行ける。

 言葉にしなかった部分をきちんと理解した父親は、今度こそ諦めたように溜息をついた。


「……こうと決めたら譲らないのは、母さん譲りだな」


 でも結局そんな事を言って目を細めるから、疾は脱力して笑う。


「いや、うん。頑固さについては、親父譲りでも十分通用するけどな……」


 いつでもどこでも何よりも大事なのは自分の妻、というスタンスを無口なくせにありありと見せつけてくる、溺愛なんて表現では生温いほど妻への執着が壮絶重い、という謎な特性を持つ父親は、息子相手でも妻の面影を見出してうっとりするという、若干アレな感性は、受け継いでなくて良かったと思う疾であった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 疾が日本に行きたかったのは強くなりたかったからなのか。 ますます日本には一体何が? となりますが、それを心配する父親。 まぁ、父親なら心配しますよね。家族愛も見れて良いシーンでした。 日本で…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ