3 決意
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部屋を見回す。少しずつ片付けておいた部屋は、さっぱりと整頓している。日本へは必要最小限を持っていくつもりだが、管理を親に任せるのも無責任だからと、この際必要のないものは全て捨てた。
残ったのは、学校に必要な物、衣服。──魔術書。魔術具。魔道具。爆薬。武器。コンピュータに携帯端末。
酷く偏ったそれらに、疾は我知らず苦笑を漏らす。
「分かりやす」
もう、馴れ合う為の娯楽はいらない。優しい世界と繋がる為の道具はいらない。写真も、捨てた。
必要なのは、自分の命を守るための術だ。
足りないものは、……今から取りに行く。
「日本……紅晴市、か」
ベッドに腰掛け、窓の外を見る。少しだけ、感慨深かった。
ようやく、準備が整った。
場を整え、手続きを済ませ、課題を全てこなし。
そうして認められた自由を手に、疾は、慣れ親しんだ居場所から出て行く。
日本へ。
調べて見つけた、街へ。
この箱庭のような、安全に守られた家庭を離れて、1人で。
そうしなければ、出来ないことがある。
──力を、この手に握るために。
ドアをノックされて、我に返る。寝転がっていたベッドから体を起こし、尋ねた。
「何?」
「俺だ。話がある」
……オレオレ詐欺、とか言ったら怒るだろうか。何やら真面目な雰囲気を醸し出す父親に、肩をすくめて疾は立ち上がった。
鍵を開けて、父親を招き入れる。椅子を勧め、自分はまたベッドに腰掛けて、尋ねた。
「何か用?」
「本当に行くのか」
案の定な内容に、苦笑を何とかこらえる。
「本気じゃなくお袋の課題、こなせないだろ」
「……疾」
眉を寄せて、覗き込まれた。瞳の奥に滲む心配を、不敵に笑って撥ね除ける。
「親父が思うより今の俺、相当強いけどな。実力行使で止めてみるか?」
「いや……」
「まあこの距離じゃ親父に勝機ないな」
魔術特化の父親を蹴り潰すのに5秒もいらない。そんな事実を疾が口にすると、父親は更に眉を寄せた。
「疾。今の状況で疾を1人にするのは、不安要素が多い」
「そうか?」
「自覚していないようなら、今直ぐ止める」
「おいおい」
今度こそ苦笑したが、相手は至極真剣な顔をしていた。仕方なく、軽く息を吐きだして頷く。
「自己防衛能力はともかく、リスクヘッジにいざという時の逃げる手段、伝手。何より、魔力不足。その辺だろ」
「そうだ」
「ちゃんと考えてるって。もしもを考えてるなら、今日だって、場合によっては野垂れ死にしててもおかしくなかったぞ」
「疾」
声が険しくなった。こちらの行動を把握しているだろうと予想しての発破だったが、悪い方向に受けとられたらしい。疾は両手を挙げて、宥めるように言い聞かせた。
「親父、俺はもう守られる側じゃなくて、守る側だ。親父と同じ立場なんだよ。命の覚悟してるって言ったろ」
「……疾」
今度は苦しそうな声で名前を呼ばれた。溜息をついて、続く言葉を止める。
「自分で選んだだろう。親父達の守りが不安だからじゃないとも言った筈だ。自分で自分を守る術が欲しかったし、更に欲しい。それが日本で手に入るかもしれない。それだけだ。……俺が引き摺ってないのに親父が引き摺るなよ」
「……本当に、そうなのか」
問いかけは、心の奥底に直接投げ込まれた。この父親は、いつもこうして、絶対に見落としてはならないものを、きちんと拾い上げて腕の中に包み込んでくれる。その手に、疾は何度も救われた。
だから、こそ。
「さあ? どこかで気にしているかもな」
小さく笑って軽く返し、ひらりと手を振る。
「でも、だからこそ前に進む必要があるだろう。……親父は家を頼む。俺からはそれだけだよ」
家には、どこか抜けてるだけでなく不安定なものを抱える母親と、本当の本当に無力な妹がいる。父親がここで守ってくれるからこそ、自分は外に行ける。
言葉にしなかった部分をきちんと理解した父親は、今度こそ諦めたように溜息をついた。
「……こうと決めたら譲らないのは、母さん譲りだな」
でも結局そんな事を言って目を細めるから、疾は脱力して笑う。
「いや、うん。頑固さについては、親父譲りでも十分通用するけどな……」
いつでもどこでも何よりも大事なのは自分の妻、というスタンスを無口なくせにありありと見せつけてくる、溺愛なんて表現では生温いほど妻への執着が壮絶重い、という謎な特性を持つ父親は、息子相手でも妻の面影を見出してうっとりするという、若干アレな感性は、受け継いでなくて良かったと思う疾であった。