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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
1章 はじまり
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29 魔法具

 そこからまともに魔術を発動出来るまで1月近く掛かったのは、疾にとって初めてとも言える屈辱だった。

 基本的になんでも器用にこなす疾は、こんなに1つの作業で苦労するのは、生まれて初めてだった。思い通りにならないもどかしさに、一時期は酷く苛ついた程だ。


「魔術書を破ったらストレス発散になるか……」

「やめておけ。魔力が宿っているから、暴発したら怪我するぞ」

「そこは異能で押さえ込めるから問題ない」

「……慌てても良い事はない。落ち着け」


 割と本気で実行しかけた疾に、密かに父親が冷や汗をかいていたのは気付かなかった。


 とはいえ、1度コツを掴めば、他に応用するのはある程度要領よく出来たが。やはり、魔力量の少なさは如何ともし難く、何度も魔術の練習をするのは不可能だった。


「効率悪いな……父さんの魔術も、まだ使えないし」

「あれは俺の切り札だ、そう簡単に真似されても困る。……きちんと基礎理論を踏まえ、少ない魔力で魔術が発動するように組み立てた方が、一般的には余程凄い事として扱われるが」


 髪の毛をくしゃくしゃとかき混ぜてくる父親が、宥めようとしてくれているのは分かるのだが。劣等生である自分というのがどうにも慣れなくて、落ち着かない。


「ああもう……どうしよう。これで戦いに組み込むには無理がある」

「……」


 さらりと出て来た愚痴に、未だ戦う事へ抵抗があるらしい父親が束の間黙り込んだ。また止めようとしてくるだろうか、と思った疾に、予想とは正反対の言葉がかけられる。


「……魔道具や、魔法具を使ってみるか」

「え?」


 顔を上げると、父親がポケットからペンダントを取り出した。疾の目には、そこに魔力回路が組み込まれているのがはっきりと見て取れる。


「……なんだ、これ。単体で魔術として完成してるのか?」

「そうだ。魔石……自然界の魔力を溜め込んだ、あるいは自分で魔力を篭めた石に、魔力で回路を刻み込む。場合によっては、台座に魔術的意義を組み込んで補助する。そうして、魔術を意思1つで発動出来る道具とする」


 1つ間を置いて、父親は疾の顔に目をやった。


「……疾のピアスとコンタクトも、魔道具だ」

「え」


 驚いた顔をした疾の様子を伺いながら、父親は抑揚に乏しい語調で説明する。


「疾の場合、目や耳が魔術方面に偏りすぎて、通常の視力聴力が出なくなっていた。だから、魔道具で力を分散させている」

「ああ……そう、だったんだ」


 少し迷って、疾はずっと付けたままのコンタクトレンズに手を伸ばした。左眼のコンタクトを外して、顔を上げてみる。


「……うわ、気持ち悪い」

「無理はするな」

「そうだな」


 改めて見ると、魔術書はふわふわ輝いているし、魔道具は力が回路に沿って循環しているし、大気中の魔力も渦巻いていて落ち着かない。極めつけに、父親の体に沿って魔力が奇妙にうねっているのが見えて、気分が悪くなりかねなかった。直ぐにコンタクトを戻す。


「……俺、が……父さんだけ、分かったのは……」


 少し躊躇って投げ掛けた問いには、父親の簡素な返事が直ぐに返ってきた。


「声に魔力を乗せると反応したから、常に詠唱を唱えるようなつもりで会話していた。魔力の循環を意識したら、見えたようだな」


 間のない返答が、却って動揺せずに受け入れやすかった。そっと息をついて、疾は更に続ける。


「……うん。その分、余剰光で歪んで見えたけどな。でも、あの時と今、少し視え方が違う」

「どんな風に?」

「より魔力の流れが鮮明だ。あの時は魔力そのものが灯りになって、父さんがぼんやり見えていたけど、今は純粋に魔力回路だけ視える。前の方が視力にはなりそうだけどな」


 言葉を探しながらの疾の説明に、父親が答えを示した。


「おそらく、知識を付けた事で疾の脳が情報を分けて処理するようになったんだろう。上手く調整出来るようになれば、魔道具無しでも良いようになるかもしれないな」

「へえ……別に困ってないし、このままでもいいけど」


 納得した疾は、次に改めて魔道具に意識を戻す。


「で。これがあれば、魔術を沢山扱えるな。魔力はこの魔石が賄ってくれるんだろう?」

「ああ。で、魔法具は……」

「魔術の補助具、だったな。そういう道具に頼ってみてもいいかもしれない」


 魔術書で既に存在を知っていた疾は、頷く。所謂杖を使うことで、魔力の消費を抑え、操りやすくしてくれる補助具は、今の疾には適しているだろう。


「いつでも持ち歩けるわけじゃないだろうし、最終的にはなしで行けると良いけど。……いや、というか、どうやって調達するんだ?」

「作る」


 簡潔すぎる返答に、疾の目が丸くなった。


「……作れるのか?」

「疾が今付けている魔道具も、俺が作った。付けたままでも問題ないよう、感染汚染防止の魔術も組み込んでいる」


 平然と答えられたが、こんな特殊技術まで手にしている父親に、疾はしみじみ呟いた。


「父さん……凝り性だなあ」

「そうでもない。……どうせなら、一緒に作るか?」


 とはいえ、そう言われてワクワクしてしまうくらいには、疾も凝り性だったようだ。


「うん、教えてくれ。どういう感じが良い?」

「そうだな、疾なら──」


 そうして、ああでもないこうでもないと、講義も兼ねて進められた魔道具制作の結果、出来上がったが、一丁の銃だった。

 魔力や異能を銃弾として射出するだけの、簡単な仕組み。そこに、射程距離や弾に込める力の密度、跳弾の有無などを調整出来るよう、握り手部分に魔石を入れて魔道具とした。

 魔法具でありながら魔道具でもあるこれは、疾が感覚的に力を操れる事、遠距離の攻撃が簡単にできる事が利点だ。銃を向けて引き金を引く、という身体の動作に魔術の発動条件を組み込めば、時間効率もあげられる。


 何より。


「……こんな解決法があったとは、盲点だ」

「本当に」


 2人が頷き合うように、予め描いた魔法陣に銃弾を撃ち込んで、魔術を発動出来たのは大きな進歩だった。


「しかも魔力の無駄遣いが少ない。体内で巡らせて、異能と打ち消し合わないからか?」

「そうだな。しかも大気中の魔力も利用出来るから、更に効率が良い」


 頷きあった父息子の常識外れを指摘出来るものは、幸か不幸かその場にはいなかった。

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