28 もう1つの力
魔力の流れを感じて、放出する。放出した魔力を練り上げて、魔術の形に作る。
そのプロセスをひたすら練習していた疾は、とある事実に直面した。
「あのさ、父さん」
「なんだ」
「……俺、魔力、少なくないか?」
「そうだな」
「えええ……」
毎日毎日、練習する度に魔力切れになってひっくり返っていた疾は、余りな事実に声を上げずにはいられなかった。
おかしいとは思っていたのだ。幾ら効率が悪かろうと、魔術として組み上げるまでの過程を練習するだけで魔力切れになっていては、まともに魔術を扱うにも無理がある。普通の魔術師が、こんな状態で魔術を操っているとは思いがたかった。
となれば、疾の魔力が少ない、としか考えられない。
「おかしくないか? これ、魔術師としてやっていけないレベルだろ?」
「やっていけなくはない。魔術を組み立てるプロセスがもっと洗練されれば、ある程度は問題なく扱える」
「でも、あくまである程度だろ? やっぱり、おかしい」
「何がだ」
父親の問いかけに、疾は慎重に呼吸を整え、それを告げた。
「……そんなの相手に……俺を、研究しようと思うのか」
「……」
「少し調べて、飽きそうだ」
父親が黙って疾を見つめる。その眼差しに懸念が宿っているのは、また疾がフラッシュバックに襲われないかを見極めているのだろう。幸い、疾も比較的余裕がある状態だった。真っ直ぐ見返して待っていると、父親はゆっくりと語り出す。
「魔力だけ、ならな。おそらく、奴は、疾の魔力ではなく、異能に着目したのだろう」
「異能?」
また新しい単語が出て来て、疾が眉を寄せる。それを見て、父親がゆっくりと説明を始めた。
「日本に多いらしいが、魔力ではない特異な能力を、生まれつき持つ人間が一定数居る。大抵は、植物が育ちやすい、天候に恵まれる、という程度らしいが、稀に魔術でも再現出来ない事象を起こす者もいる」
「それが、俺にあるって?」
「疾。……病院で、傷の治りが遅いのには、気付いていたか?」
躊躇いがちに尋ねられ、疾は困惑気味に首を傾げた。
「ごめん。怪我については、殆ど覚えてない……。治療を受けてる時も、傷がどうとか考えている余裕がなくて」
感情の波があまりにも激しかったせいか、自分がどんな怪我を負っていたのか、疾は全く認識出来ていない。どうやら怪我をしていたらしい、程度の認識で、痛みさえも良く覚えていない。
あれほどの苦痛を与えられたのに、その怪我が念頭にないという異常性に対し、父親は軽く頷くだけで気にする素振りを見せなかった。
「覚えていないなら、それで良い。……疾の傷は、俺や医師が何度治癒魔術をかけても、少しすると傷が開いた。ひたすら魔術をかけ続けてようやくゆっくりと治っていったが、それでも遅かった」
「……それが、異能とやらのせいだって?」
「確証はない。が、可能性は高い」
父親の言葉に、疾は暫く黙り込んだ。ゆっくりと、考えを形に作り上げていく。
「父さん。……その、異能って……説明を受けてなくても、扱えるものか?」
「扱える。翼持つ鳥が空を飛べるように、鰓持つ魚が水中で呼吸出来るように、異能を持つ人間は、それを使いこなす能力もまた生まれ持つからな。……何か、感じるのか」
「ああ。……ずっと、こいつが気味悪くて仕方なかったんだけどな」
身の内に蠢く、得体の知れない力。二重に重なる音と光を見聞きする度に、父親が魔術の見本を見せてくれる度に、疾の中で、得体の知れない生き物が、疾に囁き続けていた。
「そういう事なら、これ多分……父さん。簡単なので良い、魔術を使ってくれないか」
父親は何も言わずに疾の希望に応じる。1番最初に見せてくれた火の玉を飛ばす魔術の、魔法陣を視て。疾は、無意識に手を伸ばした。
──パキン。
魔法陣が砕け散り、火が、掻き消えた。
「ぐっ」
「父さん!?」
顔をぐっと歪めて息を詰めた父親に、疾が青醒める。駆け寄った疾を落ち着かせるように、父親は片手をあげた。
「少し衝撃が走った程度だ、問題ない」
「いや、でも……っ!」
「歩行者同士の衝突程度だ、驚きの方が強い。……落ち着け」
父親は無造作に片腕で引き寄せ、疾の背を叩く。慣れた動作に、やや冷静さを失いかけていた疾が落ち着きを取り戻した。
「ごめん、まさかこんな事になるなんて思わなくて……」
「大事にするようなものじゃない。実験で失敗するより遥かに安全だ」
「うん、待った。父さん実は、こういう場所でそんな無茶してるのか」
思わず突っ込まずにいられなかった疾に、父親はさらりと返す。
「魔術師としての研究用に借りている部屋だぞ、ここは」
「怪我は気を付けてくれよ……」
常日頃から父親が命の危険に晒されているなどという、考えもしなかった危険がこんな所にあった。まだまだ父親の存在に依存している疾としては、堪ったものじゃない。じっとりと睨む疾に、父親は頭を撫でて返した。
「怪我には細心の注意を払って防止策をとっている。──それで、今のは反魔術か?」
「いや、どっちかというと魔法陣そのものを壊したイメージ……あ」
見事に釣られた疾は、安堵と悔しさを混ぜた表情を浮かべる。少し笑って、父親が続きを促してきた。
「くそ……言葉にするのは難しいけど、魔術の仕組みを把握した上で、それを砕いてただの魔力にする、みたいな感じだ」
「成る程な。魔術をキャンセルする技能や、魔法陣構築を妨害する技能はあるが、魔法陣を……魔術の要を破壊するというのは、間違いなく異能だ。要を壊された反動がこちらに来たのだろうな」
「本当にごめん……要を壊すと、直接魔力と繋がっている部分が急に途絶するって事だから……軽いショートを起こしてるって事か?」
「おそらくは。大丈夫なんだからもう気にするな、疾」
もう1度頭を撫でて、父親は疾を離した。少し弱った表情で頷いて、疾は改めて父親に視線を向ける。
「今出来るのは、このくらいだけど。……この力が暴走してたから、傷が治りにくかったとか、あるか?」
「しっくりくる理由だな。俺がその力を封じてから、一気に傷が治ったのを考えても辻褄が合う」
「ああ、そう、だっけ……」
曖昧な口調で相槌を打つ疾に、父親がもう1つの仮説を告げた。
「そして、これだけ魔術に対して抵抗力が高い力を持っていれば、自然、魔術は扱いにくいだろう。体内に魔力を巡らせている時点で、その力に打ち消されているのかもしれない」
「ああ、そりゃあ消費が馬鹿みたいに増える……熱抵抗が高すぎるエンジンなんて、燃料の無駄遣いじゃないか……」
うんざりした口調で話す疾の顔は、少なからず落胆を浮かべていた。魔術が扱えないというのは、理論を学んだ現在では、何だかとても勿体ないことのように感じていた。
父親はそんな疾に目を細めつつ、淡々と反論する。
「そう言うな。使いこなせば、疾だけの武器になる。原因が分かったんだから、魔力を損なわずに扱う方法も、理論的には考えつく」
「え、本当に」
驚いた様な疾に頷き返して、父親は、教え甲斐のある弟子に、自分の持てる知識と技能を授けていった。




