27 学習
そうして始まったのは、魔術の基礎についての授業。
あらかたの理論を口頭で説明した上で、父親は疾に施していた封印を解いた。
「大丈夫か?」
「ん……ちょっと、気持ち悪いな」
顔を顰める疾の目には、奇妙な光の筋が前よりもくっきり見えていた。音もなんだか騒がしい。
「どんな風に」
「感覚が、ぶれて二重になった感じだ。ハウリングみたいで、酔いそう……」
「……羨ましいほど感覚が鋭敏だな」
「は?」
この酔いそうな感覚が羨ましいという意味が分からず、疾は顔を顰めたまま父親を見る。
「おそらく、魔力の流れを見て聞いているんだろう。それを捉えて組み上げれば、もう魔術になるぞ」
言いながら、父親がすいと手を掲げる。途端、疾の目には、光の帯が急速に父親の元に集まり、平面の図形を組み上げていくのが映った。
「う、わ……」
「簡易魔術で悪いが」
感嘆の声を漏らす疾の前で、父親が魔術を扱う。ふわりと小さな火の玉が2,3個現れ、ふよふよとその場に浮いた。
「え……いや、どうなってるんだこれ。燃料とか、熱力学とか……」
「……疾。一旦、科学から離れろ。魔術そのものは科学とは別理論だ。魔術で起こした現象を科学と組み合わせる事は出来るが、魔術で起こる現象を科学で解明しようとするな」
「……そうなのか?」
「暴論だが、取り敢えず全てのエネルギー源を魔力が補っていると思っておけ」
「……エコなようだけど、実際は相当燃費悪いシステムだな」
いやに現実的な分析を口にする疾に苦笑して、父親は促した。
「それだけ見えているなら、下手に理屈付けるより、実践した方が早い。力の操り方は説明した通りだ。暴発しようが不発に終わろうが気にせず、取り敢えずやってみろ」
「また雑な……」
案外大雑把な父親の指示に従い、疾は体内に巡る力へと意識を向けた。
そうして始めた訓練は、思ったよりも上手く行かなくて。力が捉えきれずに様々な異変が起こったが、全て父親が顔色1つ変えずに対処してくれた。
あれこれ苦戦していると、いきなり目眩に襲われて、疾はぎくりと身体を強張らせる。
「どうした?」
「いや……ちょっと、めまいが」
「ああ」
また精神的な症状かと口籠もる疾の言葉に、父親はあっさりと言った。
「魔力切れだろう」
「は?」
「必要以上に魔力が外へ逃げていたから、それで魔力量が不足している」
「……それが、目眩の原因?」
「ああ。酷くなると動けなくなって、そのまま死にかねない。気を付けろよ」
さらりと脅されて、疾はソファに身体を投げ出しながらぼやいた。
「なんか……不便というか、納得いかない……」
「だから言っただろう。依存しても良い事はない」
「ああ、身を持って納得した……」
げんなりと呟く疾の疲労の色を見て、父親は目元を掌で覆う。
「始めから無理しても結果は出ない。もう寝ろ」
「ん……ごめん、そうさせてもらう」
ベッドまで移動するのすらしんどくて、疾は父親の言葉に甘えて目を閉じた。
魔力制御は、魔力切れが思いの外早いのも手伝って苦戦したが、知識の蓄積だけなら幾らでも出来る。そう思い、父親からもらった魔術書を片っ端から読んでいた疾は、ふと顔を上げて生温い視線を父親に向けた。
「父さんさ……もしかしなくとも、異端児扱いだったろ」
「そうだな」
「ああやっぱり……。というかこれ、前知識無しに読んだ人、混乱しないか?」
「一部の人間は、発狂したらしいな」
「あーあ……」
どうやら、疾の父親は所謂「鬼才」の持ち主だったらしい。「一般的」な魔術基礎理論に真っ向から喧嘩を売っていて、下手に魔術に関わった人間が読んだら、そりゃあ混乱もする。
疾は始めに受けた講義が父親のものだったせいで、認識がこちら寄りだが。他者の魔術書を読み解いて、一発で理解した。──あ、これ、父親の方が変だ、と。
「真逆な事言ってるからな……とはいえ、発狂までしなくてもいい気がするけど」
魔術書に視線を落としながら、疾は独り言のようにそう言った。
一般的な魔術は、魔力こそがあらゆる原動力だ。自身の魔力を放出して、魔術として組み上げ、発動させる。例えば火を出すならその燃料は魔力で、魔術的要素や意味づけは、つまる所イメージを強めて魔力を操りやすくするためのもの、という扱いだ。
それに対して、父親の魔術は、魔力を、「世界」を動かす鍵と位置づけている。
そもそも世界にある、あらゆる概念を引き出す為の切欠でしかないのだと、魔力を一種の起爆剤として扱っている。魔力を宿した文字や図形が、魔術的要素という世界に定着した理論を引きだし、世界に指定した現象を引き起こさせる。
「魔術を扱う者は、大抵が魔術一筋だからな」
「ああ、それで……確かにこれ、熱力学とか必須だな」
父親の返しに納得して、疾は何度か頷いた。あくまで科学理論を常識としている疾だからこそ、分かりやすいだけだったということか。
「ただ、余りにも別物過ぎて、あちらの組織ではこれまでの魔術を「魔法」、俺の理論を「魔術」と、呼び名から変えて対応させたようだ」
「無茶苦茶やらかしたんだな、父さん……」
今までは母親の訳のわからなさの方が目立っていたが、どうやら、類友2人が夫婦になっていたようだ。さらりと常識をひっくり返している父親を見て、疾はそう思った。
「まあ、俺にはこの方が面白いから良いけど」
「面白いのか」
「うん、こう、複雑な数式を分解していく感じが。自分で試してみたいな……」
「試すと良い」
「え?」
顔を上げる疾を見下ろす父親は、どこか楽しげに見えた。
「根底の魔術理論を学んだら、後は自分の理論を組み立てていけ。魔術師というのは、そうして己にとって最も相性の良い魔術を組み立てていく職業だ」
「へえ……」
それはなんだか面白そうだな、と疾は思って、けれど苦笑する。
「……取り敢えず、魔力をちゃんと扱えるようにならなきゃな」
「頑張れ」
理論の進みとは裏腹に、実践はあまり進捗が芳しくない疾を、父親は端的に励ました。




