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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
13章 敵対
232/232

232 敵の正体

 足音が遠ざかり聞こえなくなって、呼吸を数えること十ほど。

 その間ずっと考え込んでいた疾は、ようやく口を開いた。


「……セキ、いや全員、今の会話は他言無用だ。あの医者との関係についても漏らすな」

「分かりました!」


 疾の命令を受けたことにぱっと表情を明るくしたセキは、他の三柱にも視線を向ける。頷きを確認してから視線を戻すと、疾の視線は宙を見据えていた。


「主?」

「……もう一つ」


 珍しく呼び方に文句をつけなかった疾は、未だに思考の中にいた。像を結びかけている仮説をはっきりさせるために、彼らに──守護獣として街にいる神たちへ聞く。


「俺の視界を共有することは、お前達には可能か?」


 その問いかけに、四神は顔を見合わせた。しばらく間を置いた後、セキがゆっくりと返事を口にした。


「……出来なくは、ないです。ただ、ずっとは難しいかと」

「理由は?」

「主が見ているものは、先ほどの人間も言っていたように、尋常でない情報量です。普段見ているものくらいならば、我々であれば大丈夫ですが……例えばそれこそ、百鬼夜行の際のような、あれは……」


 少し言葉を詰まらせたセキのあとを、セイが引き継ぐ。


「地脈を介して一度に10ヶ所の地点状況を随時把握するというのは、我々をもってしても困難です。我々も確かに守護する土地のことは伝わるようになっておりますが、全てを常に見守るというよりは、異変を察知してそこに焦点を合わせる形で見ております。主のように、同時に多数の地点の情報は捌けません。あれはもはや土地神の視点です」

「……」


 その言葉に、疾はかつて冥官に連れられて遭遇した堕ちた土地神を思い出す。あの時の疾は堕ち神に五感を乗っ取られ、危うく魂ごと飲み込まれそうになったが、なるほど。あの土地そのものを自身の感覚とするような経験の結果、疾は百鬼夜行の際にあの魔術を行使出来たということらしい。そしてそれは、以前の疾のように、普通の人間であれば昏倒しかねないような情報量だということか。

 納得した疾に、セイが続ける。


「あの時のような極端な状況ではなくとも、戦闘時の主の視野の広さを考えると、戦闘時の状況を常に共有するのも、それなりに負担がかかるかと思います」

「不可能、可能で言えば?」

「……四神で手分けをすれば、可能です」


 セイの言葉は尋常ではない。


 本来、カミというのはヒトよりも位階が上の生物だ。これはすなわち、感覚やそれを処理する能力がヒトよりも高いことを意味する。にもかかわらず、セイの言葉は彼らよりも疾の処理能力が格上であると示したのだ。

 四神が相応に持ち合わせる矜持すらねじ伏せるほどの、圧倒的な差がそこに横たわっている。


 それを知るハクが、ひとりごちるように言葉を漏らす。


「主の情報処理は、我々を遥かに超える。ともすれば……」

「……ともすれば?」


 疾の視線がハクへと向いた。やや感情の削がれた、どこか無機質な琥珀色に見据えられて、ハクは息を引く。


「ともすれば、なんだ」

「……」


 続きを言うことを迷ったハクを見て、コクが口を開く。


「我らの仰ぐ神にも負けぬ」

「玄武!」

「主は答えを求めている。ならば答えるのが道理」


 ハクの非難を一言で封じて、コクは黒い瞳をひたりと疾へ当てた。それに無機質な色を当て返した疾は、淡々と尋ねる。


「魔術で記録して後から見る事は可能か?」

「可。だが、それであれば記録の意図が不明」


 これは医師と同意見だとコクは答える。


「魔術を経由しての観測は?」

「不可。魔術を経由させる時点で処理しきれぬ」


 同時刻にあれほどの情報を処理する魔術は、実質使い手の処理能力とイコールとなる。せいぜい数分間が限度だろうと、コクは言う。

 それを受けて、疾は最も問いたかったことを、ゆっくりと口にした。


「……ならば。もしもこちらの視覚情報を処理し、その上で俺の思考や行動を分析し、罠に落とし込めるまでの精度で割り出せるとすれば。それはどういう条件だ」


 疾の問いかけに、コクは視線を一度落とす。少し間をおいて、ゆっくりと他の三神へと視線を回した。


「情報処理は我らのように、数を揃えて解析すれば人間でも可能。仮に単独で情報を処理し、自我を保ち、主の行動から思考傾向の割り出しまで行うならば」


 一つ息をはさんで。



「──それはもはや、我らより上位の、人の姿を取る神にも匹敵する」



 その言葉に、疾は静かに目を細めた。


『僕にとっては世界は大きな箱庭で、おもちゃでしかない。世界は僕そのものでもあるんだからね』


 総帥の言葉と、コクの──四神が一柱、知恵を司る玄武の言葉は一致する。

 となれば、だ。


「──例えば。世界の守護者たる大精霊には可能か?」

「可能」


 あのやかましい精霊にも同じ能力があるというのも奇怪な話ではあるが。


「……なるほど」


 ゆっくりと息を吐き出して、疾は笑みを浮かべた。


「それは、世界を跨いで征服活動が出来るわけだ」


 疾の監禁現場に居合わせた例外はともかく、疾を一方的に敵認定する建前から、協会内で疾の情報は秘匿されている。そして例外達についても、あの総帥の性格から考えて、おそらくは自身の研究結果を共有などしていない。単独で疾の情報を取り扱っているはずだ。

 そして。初めて会った時に疾が感じた人ならざるものへの違和感は、まさに、堕ち神に感じたような、人とは違う生き物への嫌悪と──畏怖が、確かに混ざっていた。


 人ではない。だが、神でもない。

 それでも神のような力を振るい、神のような権能を持つ。

 それを可能とする手段の中で、あのひとでなしが選ぶ方法は、おそらく。



「──魔法士協会総帥は、大精霊の力を掌握している」



 疾の敵は、文字通り「世界そのもの」だ。


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