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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
13章 敵対
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229 医師と患者

 疾はそのまま一週間ほど入院療養を続けることとなった。「事件」の影響で怪我人が大量に入院されており、体調も落ち着いている疾は早めの退院を申し出たのだが、却下された。


「君、つい数日前まで死にかけてたの忘れたのかい? 若いとはいえまだまだ体は回復していないし、魔力回路なんてボロボロだよ。最低でも一週間はここで療養だ」

(……)


 色々思うところはあったが、引き下がっておくことにした。


 ちなみに主治医の方はといえば、その事件に仕事を放り捨てて頭から突っ込んでいったため、あちこちでスタッフに苦言を呈されているらしい。らしいというか、一度疾も実際に見かけた。

 誘薙から「事件」の顛末は聞かされている。どうも事件の割と中心にあの主治医とその娘が関係していたらしいので、五体満足でいるだけ奇跡というものだろう。どうにも無傷で切り抜けたらしいと聞いて、疾がこの主治医への警戒レベルを引き上げたのは言うまでもない。


 が、「疾の主治医」としては、この上なく優秀なのも確かだ。


「君の目と耳の不調は、確かに魔力回路がおかしいことや異能の影響もあるのはあるんだけども。一番は、魔術に浸かりすぎたということが大きいんじゃないかな」


 疾に魔力波長のデータを見せながら、医師はそう説明した。


「釈迦に説法ではあるけれど、生まれたての赤子を魔術で保護すると、赤子は魔術以外を認識しなくなってしまうだろう? だからこそ、魔術師たちは子供達をとても大事に育てると言う」

「そうだな」


 これは魔術を学ぶ際に真っ先に学ばされることでもある。疾も父親からその歴史については一通りの書物を読むように勧められた。

 軽く頷いた疾に、医師も頷き返す。


「そこまで極端ではなくても、あまりに小さい頃から見鬼の才が強すぎると、五感よりも妖に、妖の住む世界に意識が向きやすい。その結果、神隠しされたり悪いものばかり引き寄せたりする。そんなケースがこの街には結構あるんだ」

「……見えることで狙われるというのは、時期や見鬼の強さとは関係ないだろう。そもそも弱い妖は相手が見えてると認識できて初めて襲えるんだから」

「それはそうなんだけどね。なんといえばいいのかなあ……朱に交われば赤くなるってやつなのか、精神がそちらに傾いてしまうんだ」

「……魔に落ちやすくなるってやつか。本人が避けていても?」

「うん、否応なく。あちら側を現実と──自分の生活区域と見做しちゃうんだよね」


 これは疾も初耳だ。自他の境界線が曖昧なうちにこの世ならざるものを認識していると、この世とあの世の見分けがつかなくなってしまう、それどころかあの世を現実として認識し、いつしかそちら側の住人に成り下がってしまうというわけか。


 そして。


「君の目と耳もそれに近いんじゃないかと俺は思っているよ」

「……精神的な兆候はないぞ」

「君の場合は事情がややこしくて、そこに上乗せて異能持ちだろう? だから完全に傾くことはなく拒絶している。感覚だけがあちら側に近いんだ」

「……」

「君が魔術の世界に触れた時、よっぽど魔術に──魔術だけに浸からされたんだろうね」

「……ああ。そうだな」


『おまえのような化け物が、これまで何を見てきたか──何を見ない振りしてきたか、なかなか興味深いからね』


 子供の姿をした人外の声が脳裏をよぎる。総帥はそれを知っていて、疾が魔術以外を認識出来ないような状態に落とし込んだ。だから疾は、救出されてからも魔力以外を認識することが出来なかったと、そういうわけか。


「……なら、魔道具が効果があるのは」

「君から魔術を遠ざけているんだね。と言っても、結局は魔術で保護しちゃってるんだから万全ではないんだけど。まあ、完全にシャットアウトしても困るから、いい落とし所で作られていると思うよ」

「説明はつくな。……だが、この魔道具と同じものを自作しても、同じようには効果を発揮しなかったぞ」


 予備の魔道具作りに失敗したことを思い出して口にすると、医者は軽く苦笑した。


「自分の魔力だからじゃないのかな。目隠しは自分でするより他人がする方が効果的だよ」

「……そうか?」


 その反論には、疾は首を傾げざるを得なかった。体感として、自分で意識して見ないようにしたものの方が、見えなくされたものよりも認識しづらいと思うのだが。

 疾の反応を見て、医者は肩をすくめる。


「君なら確かに自分で作ってもちゃんと効果を出せそうだけど……あとは例えば、魔道具の作り主に対して、君が目隠しされることを許容しているとか、かな?」

「……」

「君はどちらかといえば、見ないようにするのは抵抗があるだろう」

「……」


 心当たりのありすぎる言葉に、つい押し黙る。疾のその反応に、医者は苦笑いを漏らした。


「そんな顔をしなくても。君の巻き込まれた事件を考えれば、そのくらいの甘えは残しておいた方がいいと思うけどな」

「……とっくに切り捨ててる」

「それこそ甘えじゃないのかい?」

「…………」


 どうにもこの医者相手だと分が悪い。少し顔を顰めてしまった疾にまた肩をすくめて、医者は続けた。


「ま、そのくらいの余白を残していた方が、精神衛生上はいいと思うよ」

「……わかったように言うな」

「それに、目と耳が酷く偏ってるってことは、精神的にも全く傾いていないわけじゃないんだから、気をつけるように。自覚は……少なからずってところかな」


 疾の顔を見て読み取ったかのように言う医者を軽く睨み、疾は軽くため息をつく。


「……はあ。で、今一時的にマシになってるのはどういう絡繰りだ」

「単純に、魔力を調整したことが一つ。これは機械の微調整だから、家の設定もまた退院時の設定と合わせるといいよ。君なら操作できるだろう。もう一つは、ここにいるからだね」

「……確かに、特別病棟にしては魔術の気配が薄いな」


 それは疾も少し気にしていた。先日の事件の際には四神が率先して結界を張ったし、外から見つからないような隠蔽の魔術は建物全体には施されている。が、それ以外は全て一般社会と同じように電気で動くものしかない。医療器具は流石にそうとも行かないようだが、それでもあまり多くはない。


「魔術による傷もね、近くに魔力があると治りが遅いんだ。だから最低限のもの以外は遠ざけて、魔力から隔離するのがいい療養となる」

「……治癒魔術に真っ向から喧嘩を売るような理論だな?」


 流石に違和感を覚えて眉を寄せたが、医者は首を横に振った。


「まさにあれこそが証明じゃないかと言うのが俺の持論だよ。だってほら、治癒魔術って使ってしばらくは怪我した部分の感覚がないし、怪我の消耗を回復するのには時間がかかるだろう? 感覚が魔術よりになっているんだと思うよ」

「……一理あるか。証明はされてるのか?」

「俺はこの理論は公表していない。面倒ごとがあちこちから降ってきそうだからね」

「だろうな」


 魔術界に真正面から喧嘩を売るメリットは医者にはない。それが正しいかどうかは別の話だ。この医者は特に病院長であり、スタッフを守る責任があるのだから。


「だから、この知識は院内の関係者だけで共有した上で、データを集めつつ時々解析して仮説の妥当性を検討しつつ、まああとは患者がちゃんと治るようにやってるよ」

「……」


 前言撤回。何かきっかけさえあれば、こいつはやる。

 微妙に呆れが乗ってしまった疾の視線を受け流し、医者はにこやかな表情になって言った。


「あれだけの魔術による外傷と呪いにやられた君が、順調に回復してさらに目と耳の調子すらいいんだから、大枠では治療に間違いないと思うよ」

「そうだな。逆にいえば、また魔術に関われば戻るんだろ」

「そういうことだねえ。けど、壊れた分の再作成は頼めるんだろう?」

「……いや、流石に自分で作ろうと思っている」

「おや、そうかい?」


 理論がわかったなら実践に持ち込める。それは疾の強みだ。この程度で手を振り払ったはずの父親を頼る気はない。


「ちなみに、これは完治はするのか」


 疾が続けて尋ねると、医師は少し眉を下げた。


「うーん……難しい問題だねえ。極端な話、魔術の世界を隔ててこちら側だけを認識していけば、自然と視力も聴力も戻ると思うよ。けど、落ち着いた後に魔術が見えるかはやって見ないとわからない。出来るかい?」

「無理だな」

「うん、だよね」


 当たり前だが、一度魔術に関わった人間にとって、見える聞こえるは命綱だ。それを自ら投げ捨てるなど自滅行為でしかない。特に疾は命を狙われている真っ最中。隔離されているとはいえ、入院療養しているというだけでもリスクが伴っている。

 それを分かった上で入院させている医師は、苦笑いで肩をすくめた。


「まあ、君が無茶を続ける理由はおおよそ理解出来てしまったことだし、俺としても強くは勧めない。ただし、魔力を整えることについては、もう少し真剣に取り組むこと。そろそろ、身体にも支障が出てくる頃じゃないかい?」

「いや……」


 これは疾も覚悟していたことだが、予想を裏切られている。

 疾の魔力回路は、総帥の嫌がらせのせいで使えば使うほど傷つき、修復不能な状態となって身体への影響が出るようにされていた。実際にほんの少し前まで、無茶のたびに微熱と倦怠感に襲われて寝込む日々だった。


 しかしここ最近──具体的には四神と取引をしてから、随分とマシになっていた。


「……少し魔力を整える手段が手に入ったせいか、身体は楽だな」

「ああ、なるほど。四神の契約か」

「…………」


 思わず目を眇めると、医師はにっこりと笑った。


「手を貸してもらったし、少し前に「部外者が四神を従えている」という情報も耳に挟んでいたからね。自然とたどり着くよ」

「……あんたのニュースソースはどうなってやがる」

「ははは」


 こういう時に笑って誤魔化すあたり、本当に胡散臭い。冥官すら彷彿とさせる胡散臭さだ。


「しかし、なるほど。四神との契約により自然と魔力が整っているということかな」

「そこまではない。が、聖水に近いものを譲り受けている」

「……それはまた」


 医師が驚いたように瞬くのを、今度は疾が肩をすくめて返す。あちらも魔王襲撃の時、よほど必死だったのだろう。


「契約による魔力の恩恵は受けていない」

「受ける気はないのかい?」

「この街丸ごと地獄に突き落とせと?」

「そんなことを気にするくらいなら、君は四神を捨ててこの街を出ているだろうに」

「そりゃどのみち地獄だな、この街も気の毒なこった」


 せせら笑う疾に、医師はやんわりと笑った。


「けど、地獄にはなってない。そういう意味では、四神の目的は果たせたのかな」

「さあ? どうだろうな」


 現状をどう受け取るかは、立場によって変わるだろう。疾と四神が結びついたことを地獄と思うものだっている。それを知る疾は薄く笑うも、医者は動じない。


「少なくとも俺は手助けしてもらったからね。……苦労分くらいの恩恵は、君も受け取ったらどうだい?」

「……」

「狂人を演じるには、君は少しばかりまともすぎると思うよ。それじゃ、そろそろ食事の時間だし失礼するよ」


 疾の返事も待たず、医師は病室を出ていった。その背中を目で追った疾は思わず呟く。


「……それを言えるのは、狂人だけだっつうの」


 大きくため息をついて、疾はベッドに背を任せた。



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