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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
13章 敵対
227/232

227 救助

 空気の匂いが変わったことで、転移が成功したのは把握できた。だが、それが限界だった。


「ぅぐ、あ……っ!!」


 安全確認すらろくにできず、疾は床に突っ伏す。


「……!!」


 無意識に指が床をかいた。嫌な音がしたが、それでも痛みを感じ取れないほどの苦痛が全身を苛む。


 魔法士幹部との交戦の時点で魔力を相応に消耗していた。そこに罠により手傷を負ったせいで、疾の魔力は枯渇寸前だったのだ。そんな状況で、流れた血を媒介に転移などという上位の魔力消費を要する魔術行使という無茶を重ねた。

 計算上ギリギリ補えると判断したのだが、ほんの少し、足りなかったらしい。魔力枯渇の苦痛に上乗せして魔術の反動が、満身創痍の疾の身をさらに追い詰めていた。


「げほっ、がはっ……!」


 血を吐き出しながら、まずい、と疾は痛みに遠のいていた意識を引き戻した。意識を落としたらそのまま冷たくなるのは明白だ。

 せめて魔力補充と治癒を、あと解呪を……と朦朧とした思考の中で疾が無理矢理に瞼をこじ開けようとした、その時。


『主!!』


 悲鳴に近い子どもの声が頭に響いた。


『何が……っ、青龍、玄武! 早くきて!!』


 ようやく目が開く。未だ霞んだ視界の先に、赤くゆらめく魔力が見えた。魔法士、ではない。


「……セ、キ?」

『喋らないで! 青龍青龍、早く早く!!』

『落ち着いてください朱雀、声が大きいと傷に響きます。……主、聞こえますか』

 

 赤い魔力の隣、青い魔力がゆらめいた。


「……セ、イ」

『はい。……以前お渡しした水です。飲めますか』


 その言葉と同時に体を仰向けにされた。痛みを堪える疾の上体が起こされ、口の中に少しずつ液体が流れ込んできた。おそらく魔王襲撃時に取引で受け取った聖水だろうと見当をつけ、無理矢理喉に力を入れて、飲み下す。

 冷えた液体は喉を通り過ぎるとふわりと全身を温め、同時にぐちゃぐちゃになった体内の魔力回路を癒していくのが分かる。疾は懸命に流し込まれる水を嚥下し続けた。


「っは……」


 ようやく呼吸が出来た感覚がして、疾は体から力を抜いた。


『……主。呪われてる』

『……やはりそうですか、玄武』

『ん。今の我らでは、仮の処置にしかならない』

『傷も塞がっていない。人間の病院のほうがいいのでは?』

『そんっ……うん、玄武と白虎の言うとおりだ』


 疾の頭上で会話が飛び交うが、まともに拾うことも出来ずにぼんやりと天井を仰ぐ。

 四神が居合わせることからも、ここは拠点の一つで間違いないだろう。彼らのいる仮拠点を選んだのは偶然だろうが、正直かなり助かった。


(契約、どうすんだ、これ……)


 現在重要度は決して高くない思考になんとなく漂っていた疾は、ふと投げかけられた問いかけに意識を戻した。


『主。白虎が病院まで風で運びたいと言っています。病院に、目印となるようなものはありますか?』

「……ま、ほう、じん」


 浮かんだ言葉がそのまま口をついて出た。脳裏に、胡散臭い医師の勧めで設置した魔法陣がちらつく。


『わかりました』


 その言葉と共に、風が疾の周りを渦巻く。


『もう少しだけ、堪えてください』


 風が止み、疾の姿は再びかき消えた。






 渦巻いていた風が消え失せると、疾の視界に見覚えのある魔法陣が映った。少しは視力もマシになったのかと瞬いたが、魔法陣を描いた床や周りの壁ははっきり見えない。

(……ああ、魔道具も、ダメか)

 先ほどから四神の声も脳裏に直接響いていたし、ピアスもコンタクトも先の攻撃で破壊されたのだろう。さてどうやって医者を呼ぶか、と思った矢先。


「──っ、──、──!」


 何かを言う声が聞こえた。


 顔を向けると、白くはためく長衣の輪郭が見えた。白衣と当たりをつけて、疾は床に肘をつく。が、即座にその肘を払われて引き倒される。後頭部をぶつけないためか掌で覆われたが、有無を言わさぬ強さだった。


「っ」

「──。……聞こえるかな、疾くん」


 不意に、声が飛び込んできた。驚きに瞬く疾の耳に、いつもは胡散臭い声が柔らかく響く。


「今から人を集めて、君を集中治療室に運ぶ。しばらくは眠っていてもらうだろう。今のうちに、驚かないよう言っておくよ」

「ぁ……」


 スタッフを呼ぶためだろう、体を起こした医師の白衣を辛うじて掴む。振り返った輪郭に対して、疾は最後の力で声を絞り出した。


「の、ろい……、まじゅつ、のけい、とうは──」


 途切れ途切れの声で、最後に読み取っていた魔術について伝えていく。魔術の系統、流派、呪いが標的としたもの、その効果。


(あと、伝え、忘れは……)

「それ、から」

「十分だ」


 そっと頭に触れる感触が言葉をとどめた。


「もう大丈夫。あとは我々に任せなさい」


 その言葉を聞いて。

 疾は、今度こそ意識を手放した。

 


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