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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
13章 敵対
222/232

222  灰の魔女

 何かがおかしい。

 施設に潜入した瞬間から、疾はいいしれぬ違和感に付き纏われた。


 今回の標的とした施設の魔法士たちは、火属性魔法士幹部が統括している。火力も高く、火属性にありがちな苛烈な性格の持ち主で、逆らうものは見せしめとして公開火炙りをおこなって反応を楽しむ残虐性もあるらしい。下調べの情報から、魔法士はともかく魔術師たちは恐怖政治を敷かれて反抗する気力ごと奪われている、という分析を行なっていたのだが。


(……)

 物陰から息を殺して気配を伺う。視線の先、二人一組で見回りを行う魔術師たちは、杖をきちんと構えて何かを──敵が内部にいると確信した態度で警戒している。

 あえてやり過ごした上で影から滑り出した疾は、彼らの行き先を見て目を細めた。

(……情報が漏れたか?)

 まるで今日、疾が潜入することが分かっているかのような体制が整えられている。しかも問題は、疾が潜入するまでそれに気づけなかったことだ。下手をすれば、疾の行動が割り出されて備えられている可能性まである。


 引くか。

 一瞬そう考えたものの、疾はすぐに首を振った。この程度で足が止められるような雑な下準備はしていない。対策をされているのであれば尚更、ここで引いて時間を食えばさらに対策が進むだろう。

 罠上等だと笑みを浮かべ、疾は滑るように歩き出した。




 気づかれにくい場所に魔道具を仕掛けながら上階へと進む。見回りの魔術師たちは基本はやり過ごしつつ、ポイントによっては不意打ちで無力化して、適当に縛って物陰に押し込んだ。

 魔法士と魔術師の比率は2対1程度。魔術師たちは殆どが研究メインの人員らしく、見かける殆どが実験道具片手に駆け回っていた。実験対象は様々で──人もまた例に漏れない。

 耳障りな悲鳴が漏れる扉を通り過ぎ、疾はさらに最上階を目指す。狙うはこの研究所で作成されたというとある魔道具だ。それを破壊できたらここには基本、用はない。今回の潜入では人助までは手が回らないというのも疾にとっては苦い事実だ。

(……つくづく、偽善だよな)

 自嘲しながら足を進めていた、その時。


「なるほど。君が総帥の言うネズミかあ」


 アルトの声が楽しげに響く。


「!」

 振り返りながら疾は咄嗟に魔道具を放り投げ、その場で跳躍した。


 黄金色の炎が渦を巻いて魔道具を飲み込み、一瞬で燃やし尽くす。


(ちっ)

 発動すらしなかったことに内心で舌打ちを一つ。そのまま疾を燃やそうと迫る炎に異能の銃弾を数発撃ち込む。


 炎は銃弾に打ち消されるように広がり──散弾銃のように火の粉が散った。自分に降り掛かる分だけを銃弾で消す。


「うん、合理的だあ。分かるよー、そうするよね……けどさ」


 飛び散った火の粉が壁に触れ、膨れ上がる。


「!」

「だから読みやすいんだよね」


 小さく飛び散った火の粉が全て、最初の炎と同じサイズまで広がった。空間を埋め尽くすような炎に、着地したばかりの疾はなすすべもなく飲み込まれる。


「……けど、まあ、この程度では死んでくれないよね」


 周囲に異能を展開して凌いでいた疾は、背筋に悪寒を覚えて身を捩った。


「だから、こうする」

「っ!!」


 全周囲から伸びる炎の槍が疾を突き刺す。かろうじて直撃は避けたが、掠めた傷から炎が吹き出した。


「っ……っぐ……!」


 込み上げる悲鳴を飲み込んで、傷へと異能を集中させると炎はすぐに消えた。治療魔術を込めた魔道具を起動しながら、疾は一つ息を吸って両手を思い切り叩きつける。

 柏手の音に異能を乗せて、炎を全て打ち消した。


「お、びっくり。これも凌いだのかあ」


 言葉には裏腹な抑揚のない声を出して、襲撃者は姿を見せる。

 臙脂色の髪と瞳。炎属性特化の色彩を纏う女性は、切れ長の目に愉快そうな色を乗せて疾を観察していた。中性的な顔立ちと体型だが、線の細さで男性と見紛うことはない。

 杖は持たない。魔法士協会ではあまり魔道具を用いる習慣を持たない魔法士が多いとは聞いていたが、これほどの制御を必要とする魔法を無手で扱えるほどの卓越した技能を持ち合わせているということか。


(……驚いたのはこっちだ)


 以前によこされた襲撃者とは大違い。炎属性にありがちな気性の荒さを完全に制御しているのか、定石を打つように魔法を積み重ねてくる。それでいて肌に触れる闘気は痛いほど鋭い。

 ここまで戦闘に特化して魔法士は、ノワール以来初めてだ。


「あたしの炎を初見で凌ぎ切ったの、ノワール以来かなあ。あ、少しは燃えてくれたのかな?」


 そしてあちらも似たような感想を抱いたようで、場に相応しくない笑いが漏れてしまう。


「ははっ。そうだな、てめえはノワール以来に、少しは楽しめそうな匂いがする」

「あははっ、良いじゃん。君とは楽しめそうだなあ」


 心底楽しげに笑った女──<煉獄の(サンドル・)灰燼(インフェルナル)>は、掌を真っ直ぐに疾へ向けた。疾も笑みを深めて、<煉獄の(サンドル・)灰燼(インフェルナル)>へ銃口を向ける。


 二人は、同時に魔法の引き金を引いた。


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