220 百鬼夜行
魔法士協会幹部が個人的に受けた依頼を果たす過程で、同じ協会の魔法士を規律違反で捕縛。
そんなニュースが流れてきた頃、紅晴に百鬼夜行の一軍が訪れた。
魔王級の鬼が5体、それぞれに手下を従えての襲撃だ。今回は事前の宣戦布告が行われたらしく、四家は準備通りに一般人の避難と戦力配置を進めている。
(……ま、そのくらいはやってもらわなきゃな)
儀式魔術を用いた防御魔術もきちんと機能している。それを地脈越しに把握した疾は、ほぼ同時進行で誘薙ともう一体──今回の百鬼夜行に参加する鬼、鞍馬天狗と顔を合わせていた。基本的に力こそ正義、人間の敵たることに誇りを持つ鬼の中では珍しく頭が回るタイプがいたようで、この百鬼夜行の目的と意義をきちんと理解していたが故の集会だ。
この街の特性に興味を持ちながらも、鬼としての役割と百鬼夜行がこの国に及ぼしうる影響を一定以上理解して動こうとしている。この手のタイプがいると、守護者代行である疾としても都合がいい。だからこそ誘薙も疾と引き合わせたし、会合自体は満足のいく内容となった。
──そして、始まる百鬼夜行。
魔王級の鬼たちによる地脈すら捻じ曲げる異能、鬼の能力をむき出しにした真っ向からの交戦。魔女が本気を出さざるを得ないほどの相手が、街を縦横無尽に破壊し尽くさんと暴れた。
それら全て、疾は上空という安全圏から観察し続けた。
あらかじめ敷いておいた地脈経由で街の中を監視する魔術でそれぞれの交戦状況を把握し、地脈の乱れを調整し、時に戦力を動かして戦況を調整する。
今回の疾はあくまで調整役だ。だからこその面倒さ、だからこその苦労もあったが、その一方で予定調和に進んでいくことに少し物足りなさも感じていたのだが──天狗の働きは疾の想定を上回るものだった。
天狗としての能力をフル活用して、彼女は戦局の混乱を招いてみせたのだ。
瘴気をばら撒き、鬼の殺意をいや増し、万全な対策と人員配備ゆえに被害過小になりそうだった百鬼夜行に、魔王級に相応しい危機感を演出してみせた。この上なく役割を理解した、魔王級の鬼としてのパフォーマンスだ。
惜しむらくは、そこで「世界すら危機に瀕しかねない災厄」を生み出してしまったところか。最後の最後で詰めを誤ったせいで、百鬼夜行で出していい被害規模を超えてしまった。
(ある意味想定外、ある意味想定内だな)
何事もなく平穏に百鬼夜行がおさまるのは疾も困る。だからこそ適度な被害が出るようにと、事前準備をきっちり行なっておいたのだ。それがこのような形で進んだことは、疾も予想外であり、見事に一杯食わされてしまったということでもあった。
「いいじゃねえか。そうこなきゃな」
だからこそ、疾にとっては最高の展開。
自然と笑ってしまうのを止められないまま、疾は魔石に魔法陣を詰め込み起動させた。
ノワールの魔力は、闇属性。殺傷性の高さや相手の魔力を飲み込む性質に目を向けがちだが、さらに精神干渉に向くという性質もある。そして魔力だけで作られた魔石は、純度が高く属性魔術の構築は自然発生も魔石よりも効率が良い。
この特性を最大限に引き出した上、街中にばら撒かれた妖気や瘴気まで活用して構築した魔術で、疾はノワールの精神干渉魔術を精緻に再現してみせた。もちろん本質は別物だが、完成魔術が完全に一致してしまうくらいには全力で似せた。
その魔術の効力はさすがと言うべきか、術者も鬼もまとめて戦闘不能状態に落とし込み、百鬼夜行は自然と終息を迎えた。
天狗はどこぞの馬鹿のバグにはまり、自身が生み出した異形ごと西山にある異世界邸に転移したので、あとはあちらでどうにかするだろう。誘薙から異形の対処について相談されたが、適当に丸投げしておいた。疾の仕事はほぼこれで終わりだ。
「終わりよければすべてよし、ってな」
帰り道、悪い笑顔でつぶやいた疾に、セイから冷静な指摘が入る。
『魔法士には干渉させないはずでは?』
「あいつよく協会の命令に背いて暴走するから、協会じゃなく個人の干渉ってことになるはずだぜ。良い具合にあっちで吸血鬼も暴れてたし、前例もあるからな」
おおよそ、前回の魔王襲撃で白銀もみじにホイホイ釣られて瀧宮羽黒に利用されたノワールの自業自得だ。あんなミスを疾が利用しないわけがなかろう。
『主も人が悪い……』
「だから主じゃねえし、お綺麗な性格でこんなことやってるわけねえだろ」
セイは溜息をついて、それ以上の追求はしなかった。肩をすくめて歩き出した、その時。
「!」
封印が、揺らいだ。
それをはっきりと疾が知覚したのとほぼ同時にセキが緊張した声を上げる。
『主!』
「主じゃねえっつってんだろ」
しかし、その時点で疾はほぼ状況を正確に分析し終えていた。もはやお決まりとなりつつある返しをすると、さっさと踵を返す。
が、四神が行き先を阻んだ。
「……邪魔するならそれなりの対応を取るぞ」
『主。これはある意味主が生み出した結果。引き受けたのも主』
「はっ。そうだな」
ハクの指摘に軽く口元を歪めて、疾は中央の山を仰ぐ。
疾の魔術の影響を受けた術者たちが封印を維持できなくなった結果、封印が揺らいでいる。慌てて力を注いでいる気配はあるが、修繕までは追いついていないようだ。
「なるほど確かに、これは俺が生み出した結果と言える。百鬼夜行による弊害を抑える目的とはいえ、封印の為の人員を大きく損ねたわけだからな」
『そう、主の選択の結果』
「だからこそ、引き起こした俺自身が責任を持て、と言いたいわけだ。そうだな、筋は通っている」
『でしたら……!』
そういって、疾はうっすらと唇を笑みの形に持ち上げた。そして、言う。
「だからこそ、放置する」
『……え?』
セキが愕然とした声を上げるが、疾は薄い笑みを浮かべたままこともなげに続ける。
「封印が綻び、その後起こる結果について、粛々と受け止める。それが俺の取る責任だ」
『どういうことですか!?』
「言葉の通りだが?」
災厄と名付けたのは疾自身ではないが、そう呼ばれる以上はそれにそぐう行動を取らねば、魔法士協会の疾への評価が変わってしまう。それは疾の望むところではない。
何より、ここで即座に疾が動いては意味がない。それは土地神の意向にそぐわない。
「……ま、取引もあるしな。流石に負債のほとんどをあの邸に押し付けてこの街が平和安泰というのもバランスが悪い。そもそも、それを俺に求めたのはどこの誰だ?」
『……っ!』
それは理解できているらしい四神たちが言葉に詰まる。それを一瞥し、疾は改めて中央の封印へと視線を戻した。歪みは徐々に悪化している。魔女からの救援要請だろう、携帯端末が震えているが、あえて無視したまま疾は小さく呟いた。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか」
その言葉に呼応するように。
ゆらり、と。
空間が揺れ、紫の霧が封印のほつれから漏れ出た。
「……へえ? 『神隠し』か」
封印が揺らぐことで、異界との狭間が曖昧になったらしい。となると、土地神は異界と縁のある神なのだろうか。本当に珍しい土地神もあったものだと、疾は今まさに広がっていく神隠しを観察して──
世界が、揺れた。
「っ」
咄嗟に膝をつく。平衡感覚を狂わされるだけでなく、地脈を掌握していた感覚すらも完全に狂わされた結果、束の間ではあるが完全な前後不覚に陥ってしまっていた。
「……、何が──」
顔を上げるより先、疾は息を止めた。
『主! 封印が!』
セキが声に安堵と喜びを滲ませる。やかましい声に顔を顰めつつ、疾はゆっくりと顔をあげ、自分の目で「それ」を確かめる。
「……」
完全に揺らぎのない状態を取り戻した封印に、無言で目を細めた。地脈の流れすらほぼ整えられていた。四家の祭壇も立て直したようで、封印は正しく力を注がれ続けている。
(……早すぎる)
計算では、四家が完全に体勢を立て直すまでにはまだ時間がかかるはずだ。何かまだ隠し札があったのならばいいが、疾の直感は否と告げている。
「……」
一瞬だけ空を仰いだ。誘薙の風ともノワールの魔術とも異なる、人ならざる力。その正体を探る必要性を検討し──疾は首を横に振り、歩き出した。
『主?』
「帰るぞ。──あれには関わるな。命令だ」
関わるべからず。
本能的にそう結論を弾き出した疾は、今度こそ拠点へ戻るべく早足で歩き出した。
今回の百鬼夜行の顛末を詳しく読みたい!という奇特な方がいらっしゃいましたら、
< https://ncode.syosetu.com/n2000cu/ 異世界アパート『異世界邸』の日常>
↑こちらの作品から「百鬼夜行」の章(回じゃないです、章です)をお読みいただければと! 大ボリュームです!
少し前までやっていた魔王襲撃もガッツリ出ております!




