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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
13章 敵対
219/232

219 商談

 拾った情報は新鮮なうちに。

 しっかり睡眠をとって回復した疾は、すぐさまノワールの拠点に乗り込んだ。


「よお。ちょっくら暴れに行く予定はねえか?」

「ない」

「ちょうどいい依頼があるぜ」

「返事を無視するな」


 げんなりした視線を向けてくるノワールの鼻先に、依頼書を一枚ひらりと突きつける。ノワールは眉間に深い皺を刻みつつも、渋々といった様子で受け取った。


 素知らぬ顔で狭間に現れた疾に、ノワールもピエールも諦めたように知らん顔で客室に招き入れた。協会からの公的な敵対宣言が出ても、疾の活動に対して強く邪魔をしないという選択は変わらないままらしい。疾としてはありがたいが、それで良いのか魔法士幹部。


「始末書も一段落ついて鬱憤晴らしにひと暴れしたいだろう時期を選んでやったんだぜ。感謝されても良いくらいだと思うが?」

「そもそも始末書の元凶が抜かすな」

「腰が重くて後手後手になっちまったどこぞの幹部様のことか?」

「…………」


 書面に視線を落としていたノワールの目が据わる。が、深い溜息ひとつで返す言葉は飲み込んだらしい。書面の下まで文章を追い終えた黒の瞳が疾に向いた。


「……禁書を手にした魔法士による、魔物を用いた実験成果の破棄か。お前が持ってくるのが不自然な内容だが」

「そりゃあ、元はと言えばそっちの組織が指名手配かけた書類を適当にまとめなおしただけだしな」

「なんだと」


 わざと漏らした情報に、ノワールの表情が変わる。にっこり笑い返してから、疾はさらに未記載の情報を告げた。


「ちなみに、魔物の中には吸血鬼のキメラもいるらしいぜ」

「……」


 ノワールの目が鋭く細められた。構わず、ソファの肘掛けに頬杖をつく。


「ちょっと前に、魔物のキメラを大量生産してた野良魔術師が魔術師連盟にしょっ引かれたろ。あの研究成果が裏で流れたんだろうな、最近じゃその手の研究所はキメラ作るのが流行らしい」

「……その一件に誰が関わっているか、知っているか」

「瀧宮羽黒だろ」


 なんなら羽黒を調べている間に出てきた一件でもあるのだが、それは伏せておく。それでも十分だったらしく、ものすごく嫌そうな顔が疾に向けられた。


「……本当に、お前らだけは鉢合わせてほしくなかった」

「そりゃ残念だったな」


 ノワールの溜息が響く。生憎と、疾としては悪くない出会いである。


「どうも協会の中にもこの研究に興味がある輩はそこそこいるようだが、生体実験の行き着く先なんぞ知れきってるしなあ」

「そうだな」


 魔物だけ実験して満足する研究者ばかりなら、疾もノワールも苦労していない。必ずどこかで、人体実験へ行き着く阿呆がいる。


「禍根の種は地面ごと根絶やしにするに限るだろ」

「お前の場合、竹林だろうが文字通り根絶やしにしそうだな……」


 少しうんざりした様子で呟いてから、ノワールは疾に疑いの視線を向けた。


「それで。お前が直接手出しをせず、俺に話を持ってきたのはどういう風の吹き回しだ」

「これからちょっとばかり忙しくてな」

「……あの街か」


 ノワールが苦い顔をする。先日の一件が少しは尾を引いているらしい。ざまを見ろ。


「魔王の魔力砲でばら撒かれた瘴気に引き寄せられた妖どもが、百鬼夜行を組んであの街で大暴れだ。どうも魔王級の鬼まで誘き寄せられたらしい。街にとっては良い迷惑だな」

「……少しでもマシになるように瀧宮羽黒があれこれ動いていたのを、お前が台無しにしたんだろうが」

「人聞き悪いな、謎の流星群の犯人が」

「……」


 ノワールが苛立ったように目を眇めるのを、鼻で笑って返す。実際には、あの土地にとっての「台無し」は瀧宮羽黒の後始末の方だ。馬鹿騒ぎと疾の暗躍で百鬼夜行が準備万端、災害級の事態になるのは予定調和というものである。


「で、そっちの対処に街の連中だけでは手が足りないと判断した魔女が、なりふり構わず協力を要請してきてな。魔王の件もまあまあ楽しかったし、魔術の運用試験にも悪くない。相応の対価で応じてやることにしたというわけだ」

「……あの街も気の毒に」


 何やらしみじみと呟いているのは無視した。どっちもどっちだと疾は思っている。


「つーわけで、阿呆どもで遊ぶには物理的に時間が足りねえ。けど放置するのも面白くねえってわけだ」

「連盟の枝葉組織に近いとはいえ、俺に回してくるお前の発想を疑う」

「最初はそれこそ瀧宮羽黒に回そうかと思ったんだが。切掛の事件に関わっている関係であえて距離を取ってるらしいんで、次善策だ」

「…………」


 暗にこれで断られたらあちらに話を持っていくと含ませると、ノワールは目を据わらせた後で、頭を振った。


「……もう良い。疾に常識を説くだけ虚しい」

「他ならぬノワールが常識を説くって時点で片腹痛いな」

「……。それで、対価は?」


 そう言って視線を向けてきたノワールに、疾は道具を収納できる魔道具から一つ、取り出した。ノワールの目が少し見開かれる。


「ちょうど良いものがあってな」

 そう言って、手にしたものをひらひらと振ってみせた。


 ゆらゆらと真紅の炎を溢す羽根。内包するエネルギーは一目で尋常ではないとわかるのに、素手で持つ疾の手を焼くことはない。

 畏怖すら抱かせる気配をこぼすそれを片手に、疾は笑みを浮かべる。



「──四神の一角を司る神獣(朱雀)の尾羽だ」



「……。本気で言っているのか」

「もっと露骨に目の色変えるかと思ったら、案外冷静じゃねえか」

「入手経路は明らかだからな」

「まーな」


 くっと笑いが漏れる。先日原寸大に戻して引っこ抜いた時の盛大な悲鳴と苦情を思い出しながら、疾は素知らぬ顔で交渉を続ける。


「いかに世界を跨ぐ組織にあれど、いや所属しているからこそか。神獣の研究はそうそう進んでねえだろ。悪くない対価だと思うが?」

「悪くないどころか、多すぎる。……狙いはなんだ」


 鋭く問うてきたノワールに、疾は笑みを浮かべたまま告げる。


「来る百鬼夜行だが。──てめえは動くな」

「…………」

「協会としては介入のいい機会だろうが、俺にとっちゃ邪魔でしかねえんだよ」

「……四家にとって、ではなくか」

「さあ、それはどうだろうな」


 干渉を警戒して距離を置きたいという観点から見るか、その場限りであろうが全滅を免れる手段という観点から見るか。それは四家次第だ。天秤に乗せてしまえるだけの価値をこの男は持っている。

 だからこそ、疾が動く。協会が、かの総帥がこの街を玩具として弄び、壊し尽くす機会は決して与えてやらない。そのための一手だ。


「……」


 ノワールが目を細めて疾を睨みつける。意図を読もうとする眼差しに、人を食ったような笑みで迎え撃つ。


「……。良いだろう。だが、それでもまだ余るぞ」

「そうだなあ」


 盲目になりつつあるが、ノワールの見る目は確かだ。神獣の尾羽を正しく評価出来て、かつ一方に重みの偏った取引の怖さを理解しているからこそ、疾は盛大にふっかけた。


「んじゃ、釣りは人工魔石でどうだ」

「…………」


 苦虫を何百匹と噛み潰した顔で、ノワールは交渉に頷いた。


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