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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
13章 敵対
218/232

218 コードネーム

 疾がノワール相手にブラフをふっかけて、数日後。

 魔法士協会は、自分等に楯突きながらも未だ生き延びている野良の異能者に対して、『災厄(デザストル)』というコードネームをつけたと公表した。

 魔法士協会が警戒すべき敵と看做した魔物──多くは名を明かさない高位悪魔などだが、それらに対して便宜上の呼び名としてコードネームを割り振ることは時々あるらしい。だが、それが人間相手というのは今回が初となる。

 そもそも便宜上の名すら持たずに活動する魔術師や異能者はいない。個人情報保護の目的からも、それが常識とされているからだ。名を伏せていたものは即座に個人情報の全てを丸裸にされて、消えていく。そういうものだった。

 だからこそ今回、『災厄デザストル』というコードネームは、ある意味では協会が探り出せなかったという敗北宣言にもなっているのだが。


(クッソださ)

 疾のコメントはこれ以上でも以下でもなかった。厨二病がダサい。


 若干覚悟はしていたものの、囁かれていた災厄というあだ名を正式に登録されるというのは、実際に食らうとまあまあきつい。報復作戦なら効果ありだが、向こうは大真面目なのがまた居た堪れない。

(これもバレてんだろうなあ……)

 次に家族と顔を合わせた時のことは努めて考えないようにしつつ、疾はひとつ溜息をついてから思考を切り替えた。

 魔道具の手持ちを確認する。今回誘薙から受け取った報酬のおかげで割安の魔石や魔道具を手に入れることができたため、ここ最近の連戦の割には余裕があった。


 懸念事項は、二つ。一つは疾の体調、もう一つは協会の出方だ。


 立て続けに起きた事件に対応していた疾の体調は、予想に反して悪くはない。地脈に干渉した際魔力が限界まで枯渇したが、地脈から溢れ出す魔力の恩恵を得て回復した結果、不思議と倦怠感や微熱といった症状まで消えていた。

 とはいえ無茶が続いており魔力回路への負担も馬鹿にならない。この状態で魔法士協会へ仕掛けることへのリスクとしては無視し得ない……が。


(時間がかかりすぎてる)

 それが、もう一つの懸念でもあった。


 前回一気に襲撃を行った際に瑠依に大迷惑をかけられて以来、疾の活動は止まっている。自分で決めて首を突っ込んだことではあるのだが、対魔法士協会という観点からするとあまり良くないタイムラグだ。

 疾の襲撃は、不意打ちだからこそ上手くいっている部分もある。小細工を多用した戦法は、回数を重ねるごとに対処されてしまう。とはいえ正攻法で勝てる相手ではなく、疾もそれを理解した上で計画を立てていたのだが、不具合(バカ)のせいで疾への対策を練る時間を与えてしまったことは確かである。あちらの宣戦布告がいい証拠だ。

 予定ではもう少し敵の拠点を削っておくはずだったのだが、と溜息をひとつついて、疾は改めて集めた情報に目を通し直す。


 考えるべきは、襲撃先と相手の出方。それぞれの可能性を天秤に乗せて、あちらの思考と対策を読んでこちらの行動を選び取っていく。


(……少し調整すべきか)

 指で机を軽く叩き、疾はいくつかの条件を満たすものを探すべく検索を始めた。



***



 下調べと準備の後、疾は転移魔術を用いて協会本部のある世界へと降り立った。

 懐に忍ばせるのは、どこぞの魔法士幹部謹製の気配遮断の魔道具。協会の用いる魔術理論を徹底的に研究し尽くされて作り直されたこれは、もはや新型と呼ぶべき別物だ。魔法士相手にも通用するこれを、ノワールが何のために作ったのか。


(……うっすら分かってはいるのか、邪魔だからか、単に魔法バカなのか)


 ノワールの場合どれもありうるから判断に困る、と疾は内心肩をすくめながらローブの林をすり抜けて進む。目指す先は、魔法士協会の本部──ではなく、しかし枝葉というには規模の大きい協会の支部。


(……あった)


 建物の構造から予測して割り出した事務作業を行う部屋に滑り込む。作業を行う魔法士の後ろを悠々と通り抜け、疾は事務作業のために操作中の魔道具をじっと観察した。


(基本構造はコンピュータとそっくりだな)


 魔力回路のみで構成されてはいるが、その回路はコンピュータそのものだ。情報のやり取りを行うためのもの──データベースとしての仕組みを合理的に構築すれば自然とそうなるのかもしれないが。


 そしてそれは、疾の得意分野に他ならない。


 自然と唇の端が持ち上がるのを自覚しながらも、疾は慎重に回路構造を脳内に叩き込む。使用される魔力波長、セキュリティとして用いられている魔法陣、回路に組み込まれた安全装置や記録装置の構築を理解し、分析し、暗記した。

 軽く目を閉じて記憶に欠けがないかを確認してから、疾は目を開き身を翻した。目的は果たしたが、せっかく来たのだからと保管庫に潜り込み、魔石を拝借した上で代わりに魔道具を置く。


 部屋を離れた後はロビーホールで魔道具を解除、混乱する魔法士相手にひとしきり暴れて混乱させたタイミングで魔道具が発動、爆発で建物が不安定になった時点でサクッと転移して離脱した。



***




 拠点に戻ると、疾は即座にコンピュータを立ち上げた。記憶したシステムを自身の機械で再構築するのに三日、解析に三日。一日おいて再度解析に見落としがないかを確認した上で、疾は慎重に作業に取り掛かる。


(……さて、吉と出るか凶と出るか)

 無意識に笑みを浮かべつつ、疾は魔力を操りながらキーボードの上に指を走らせた。


 システムを解体して理解した疾が編み出したハッキング経路を計算通りに忍び込んでいく。先日の襲撃でシステムセキュリティはアップデートされていたが、当然折り込み済みだ。システムの反応を見ながら柔軟に対応しながら、疾は波長を変えた魔力で──観察した魔法士の()()()()()()侵入を果たした。

 いきなり本丸のデータベースを閲覧するなどという無謀はしない。その代わり、比較的セキュリティの薄い全体への広報情報へアクセスした。


 慎重に、しかし大胆に、短時間で敵の情報を洗いざらい拾いあげる。


 セキュリティシステムに引っかからない程度の時間経過で切り上げた疾は、そのままアクセスの痕跡を綺麗さっぱり消し去る。アクセスログまで削除したことを確認して、疾は続けて落とした情報の精査に入った。

 まずは情報に紛れた罠の解除とウイルスの駆除。それから情報そのものを分類し、重要度を判断し、疾にとって意味のある情報を拾い上げていく。


 全ての作業を終えて疾が端末から離れた時には、カーテンの隙間から朝日が入り込んでいた。


(……。徹夜はする気がなかったんだがな……)

 睡眠を怠るとひどく思考が鈍り頭痛が出ることは過去に経験していたので避けていたが、予定よりもハッキングに手間取ったのと情報の精査に夢中になりすぎた。脈打つような痛みを訴えるこめかみを軽く抑えて、疾は潔く学校をサボり睡眠をとることを選んだ。


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