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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
12章 紅晴の守護者
217/232

217 舞台裏

 無表情ながらどこか悔しげな気配を漂わせて街を去ったノワールの、魔力の余韻すら消え失せたのを確認した疾は、その場でどさりと腰を落とした。


「あー……」


 脱力しきった声が、誰も居ない路地に響く。小刻みに震える両の手を目の前に掲げ、疾は乾いた笑みを浮かべた。


「……ギリッギリ、だな」

 魔力枯渇一歩、いや半歩手前といったところか。最後の方は立っているのもやっとだったのを、大袈裟なほどの演技で誤魔化しきった。

 一世一代……というにはしょっちゅうやっているが、その中でも最大級に神経を使うハッタリだった。正直、上手くいくかは五分五分だった。


「ったく、これだから歩く原子炉は。自分が出来るからって、丸々信じやがる」


 苦く笑い、疾はそのまま仰向けに倒れた。魔法陣の余韻ひとつない夜空を眺め、吐き出す。



「出来る訳、ねえだろうが。街中の力を引き出して操るなんて、な」



 地脈に干渉して適宜調整出来るよう魔力の一部を流し込み、一般人の認識を歪める。地脈中の魔力を介して『魔法士』の干渉を無効化しする。魔力を吹き上げて空に魔法陣を描き、それらしく活発化させる。ありったけの魔石を使いノワールの言霊を掠め取っても、出来たのはたったそれだけ。

 魔石——誘薙が用意しただけあって質は極上——と比べて、1つ分にも達しないのではと思えるほど魔力量の少ない疾には、例え源泉が無尽蔵にあろうと、それだけでもとんでもない重労働だった。


 ましてやさらに大規模魔術を発動させるなど、——今の疾にはとても出来ない。

 どんなに足掻いても、ノワールのように、被害なく街を守り抜くなんて事は、出来ない。


 だから。


「……これで満足か? 土地神よ」


 小さく呟いて、疾は口元を歪める。


「地脈を不安定にし、来る百鬼夜行はかつてない規模。鬼門のちっぽけなカミが最後にして唯一の砦。——安定からはほど遠い」


 だから、と疾は瞑目して囁いた。


「……だから、魔法士どもの干渉阻止くらい、見逃せよ」


 魔力不足で怠い体から力を抜いて、疾は息を吐き出す。


 『魔女』は良い。電話指示1つで動きを封じられた。だが、あれほどの騒ぎを起こしては、幾ら腰の重いノワールでも見逃すわけもなく、またその干渉を止める方法もなかった。

 ただでさえ今後、この街は荒れる。それを理由に魔王襲撃では運良く回避された、魔法士協会の干渉が始まる危険は高い。それを防ぎ、街を『家』が守っている状態を維持する為に。魔力枯渇で死ぬリスクを冒してまで、疾は示威行為をして見せた。

 言葉にはせず、行動だけで、嘘を容易く見破る魔法士幹部を欺き、魔法士全ての干渉を阻む。

 地脈への干渉内容を探れない、たったそれだけの、認識阻害魔術から毛が生えたようなちゃちなトリックと、ノワールのなけなしの良心だけを手札に、魔法士達に「この街には手出し出来ない」という判断をすり込んだ。

 それを安定の為と取られるか、土地神の為と取られるか。それは、この土地に来て日の浅い疾には判断がつかなかった。


「……ま、そんときゃそん時だ」


 災厄らしく、自分の為に滅びを受け入れよう。



 微かに笑みを浮かべて呟いたその時、突き抜けて脳天気な声が響いた。


「……疾、何でこんな所で昼寝してんだ? 姉ちゃんじゃあるまいし」

「いや、瑠依、今は夜だからな? 昼寝はおかしいだろ」


 目を開けて、上体を起こす。ぽかんと口を開けているあちこちに包帯を巻いた瑠依と、苦笑してずれた事を言う竜胆が疾を見ていた。そういえば新月か、と思い出す。


「いや、姉ちゃんってどうしても眠いとその辺で寝るからさ。疾もそのクチかなって」

「阿呆。お前達と同じ言動を取るようなお粗末な頭をしてねえよ、俺は」

「酷い言われよう!?」

「ほお。じゃあそのなっさけねえ姿で真後ろに妖がいる事にも気付かねえのには理由があるんだな、言ってみろ」

「いやそれは……って、はいっ!?」

「なっ……!?」


 なんともタイミング良く隠形全開でにじり寄っていた妖を示唆する言葉に、瑠依と竜胆が愕然と振り返るが、遅い。


 ——タンタンッ。

 引き金を引き、妖の急所を捕らえた抗魔の弾が命を狩る。


「じゃ、助けてやった対価な。今日はわんさか鬼が出るぞ、死にものぐるいで働きやがれ」


 全く素晴らしいタイミングで妖が現れたものだ。魔力枯渇寸前の疾としては実に恩の売り甲斐がある。


「はい!? 術者の手伝いに加えて鬼狩り!? 無理に決まってんだろ帰りたい!?」

「知るか、どっちもてめえが蒔いた種だろ。死ぬ気で刈り取れ」

「死ぬ気でって死ぬし!? 無理無理無理無理こないだの2人組から逃げ切るのだって何度死ぬかと思ったんだぞ竜胆が!」

「俺かよ……うん、俺だな。主に瑠依の引き当てる絶望的な危機的状況のせいで」

「竜胆さん!?」


 騒々しいやり取りをするお人好し2人を鼻で笑い、疾は足に力を入れて立ち上がった。


「じゃ、せいぜい頑張れよ」

「ちょま、本気で帰るとか鬼か!? 待ってマジで帰りたい!」

「還れば良いだろ、土に」

「死ねと!?」


 ぎゃーぎゃー騒ぐ瑠依を放置して——どうせ竜胆が適当に宥める——、疾は背を向けて歩き出した。



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