214 大規模魔術
誘薙から届いた自然発生の魔石を丁寧により分ける。属性、魔力量、純度で分類して数を確認してから、この街の地脈をコンピュータ上に再現し、手早く計算用のプログラムを走らせた。
必要魔力量を計算するだけの補助ツールだが、こういった大規模魔術を扱う時には便利だ。結果を元に、手元の紙に魔法陣の下書きを書いて調整していく。
ノワールのように魔力量が振り切れている魔法オタクであればその場でさっさと構築してしまうだろう魔術だが、生憎と疾の魔力量では街全体に作用させる時点で無理無茶難題だ。それなりに細かい制御の必要な魔術であることも踏まえて、安全確認も兼ねて手書き魔法陣を久々に描いているわけである。
『主! 今こそ我々の力を借りるべきだと思います!』
背後で張り切ったセキがボケをかました。疾は振り返りもせずに切って捨てる。
「却下。それじゃつまらん」
『つまらない!?』
「つーか守護獣の力で地脈乱してどうすんだ。てめえら神格持ちは矛盾で弱るだろうが」
『うっ……そうですけどぅ……』
しおしおと引き下がるセキは放置して、疾はなおも魔法陣を描く手を止めない。先日戦艦に仕掛けたもの以上に複雑な線を、まるでコンパスや定規を使っているかのように精緻に描いていく。
(……これでも魔力消費が多いな)
効果を限定しているにも関わらず、疾にはかなり苦しい魔法消費が求められる。一通り必要となる要素を陣に書き上げた疾は、一度手を止めて腕を組んだ。
視線を魔石に向けて考え込む。今回は地脈という自然を相手にした魔術なので、どこぞの誰かが時々金策にこっそり売り捌いている人工魔石ではなく、自然発生した魔石の中でも純度の高いものをかき集めさせた。相性はいいのだが、魔力がそのまま塊になった人工魔石よりも魔力効率が悪い。かえすがえす人工魔石生産者の人外ぶりが突き抜けている。
(そっちの対策も必要だしな……)
はあ、と疾の口から溜息が漏れる。今回の仕掛けは、どう考えても管理者を名乗るノワールが無視出来ない案件だ。下手を打たなくとも紅晴そのものが不穏分子として認識されるし、疾が関わっているという理由だけで消しとばされる展開になりかねない。
ノワールを介した魔法士協会に、疾の仕掛けに対して手出しする方がリスクが高く、見合うメリットがないと判断させる為の言い訳をこちらが準備してやらなければならない。
全く、面倒で、ややこしく──最高にやり甲斐のある難題だ。
疾は自然と口の端が引き上がるのを自覚しながら、魔法陣の再検証に入った。
***
深夜。
ほとんどが眠りにつく時間帯に下準備を済ませた疾は、一番大きな魔石を握ったまま、中央の山を見上げていた。
「……分かっちゃいたが、魔力だまりはこの中か」
『主』
「主じゃねえっつってんだろ。言われなくても入らねえよ」
本当なら、街に走る魔力線──地脈の源泉である魔力だまりを利用するのが最も効率がいい。が、そこは封印の中だ。封印を守るための仕掛けで封印を壊していては本末転倒である。
勿体無いという感想だけを視線に乗せてみたものの、あらかじめ分かっていたことだ。事前準備では魔力だまりなしでの計算を行ってきている。
計算上、依頼人の求めるレベルには余裕で届いた。あと、そこに上乗せしたい疾の思惑まで叶えられるかは──疾の技量にかかっている。
「セイ。さっきも言ったが、俺が作業してる間、一切刺激するなよ。一つ間違えたら街を道連れにお陀仏だからな」
『……、畏まりました』
静かに息を吸って、吐く。いつも通りに呼吸を整えて、疾は地面に魔石を握った拳を押し当てた。
街のあちこちに仕掛けた魔石には、あらかじめ疾の魔力を流し込んでいる。魔術的な要所に配備された100を超えるそれらの魔石に対して、今自分が持つ魔石を起点に働きかける。
「──……」
じわり、と額から汗が滲み出すのを無視して、疾は魔石から引き出した魔力を、細い一本の線にして地面へ──その下を走る地脈へと伸ばしていく。地脈に沿って細く細く、けれど途切れぬ力の流れを丁寧に沿わせ、それぞれの魔石から伸びた魔力の糸同士を絡め合わせて広げた。
じわじわと広がっていく魔力の糸は、まるで蜘蛛の巣のように網目を作り、地脈を足場に伸びていく。
(……)
ズキリ、と頭に痛みが走った。それぞれの魔石からの魔力配分と魔力の網目を編み上げていくための演算は、流石に負担が大きい。事前に身体強化で思考速度を上げておいたが、それでもギリギリだ。軽く奥歯を噛み締めて痛みを散らし、集中を保つ。
十分に広がった魔力の糸が目標値を達したのを確認して、疾は自身の魔力を握った魔石越しに流し込み、慎重に地脈に絡ませた魔力の網に編み込んでいく。
地面に汗が滴り落ちる。視界を滲ませるそれを乱雑に空いた腕で拭いながら、疾は絡ませた魔力の網が十分な強度に達するのを待って、それを介して地脈へと干渉した。
細い網を絡みつかせ、流れに沿わせながらわずかにその方向性をずらす。それをひたすらに繰り返しながら、疾は魔法陣を丁寧に描いていった。




