213 娯楽
一陣の風が吹き、場違いなほど明るい声が響いた。
「ちわーっす! 毎度お世話になってます、既知の物から未知のモノまでなんでもござれ! 雑貨屋『活力の風』でぇーす!」
「……風精霊か。何の用だ」
煩わしげな表情を浮かべ、疾は胡乱な目を現れた淡い緑髪の青年――法界院誘薙に向ける。にこやかな営業スマイルを浮かべた誘薙は、構わずいつもよりハイテンションに語り始めた。
「つれないねぇ。いつものようにニュースを持ってきたんですよぅ。それも大ニュース。管理人が不在というのも新しい刺激があって実に楽しい。そうそう、魔王に引き続いてまた新しいお客さんが来たんですよぅ! それもとびきり変わった〝人〟が!」
またも始まった怒涛の一人語りは聞き流す。どうもこの精霊はひとしきり喋らないと本題に入れないらしい。
しばらく楽しげに滔々と語っていた誘薙は、ようやく満足したらしく本題に入った。
「今回は君に、ちょいと依頼があるんだけど」
「あ? 依頼だと?」
不機嫌に眉を寄せる。今このタイミングでとなると、どう考えても待ちの体勢をとっていた後始末の催促だ。疾はそっけなく断った。
「断る。つーか帰れ」
「いやいやぁ、これは聞かなきゃ損ですよぅ? 何せすっごく楽しいイベントのお誘いですから」
しかし珍しく疾の予想は外れたらしい。何やら楽しげな誘薙に合わせて軽口を叩く。
「イベント? 何だ、また魔王が襲撃にでも来んのか」
セイがびくりと震えた。守護獣らしい反応だが、対して世界精霊の方は動揺ひとつない……否、やたらめったら機嫌がいい。
「ハハハ、仮にも〝守護者〟の僕が魔王襲来を『楽しいイベント』だなんて思っていても言えないねぇ。ご安心を。そんな危険なものじゃありません。これはマイシスターも抱腹絶倒して絶賛した最高級に楽しい娯楽! 先程異世界邸に『ある物』を搬入した際に全容を聞いたのですがねぇ」
誘薙はイイ笑顔で親指を立ててみせる。きらっと白い歯が無駄に輝いた。
「タイトルは——『爆誕! マジカルナース☆ユーキちゃん』です!」
「…………?」
今、なんか、奇怪なことを言わなかっただろうか。この精霊は。
唖然とした顔で誘薙をまじまじと見る疾に構わず、誘薙は意気揚々と計画の概要を語る。
曰く。
異世界邸の作家業を営む男が企画し、住人達がそれぞれ異世界の知識と技術を自重なしに注ぎ込んで、街全体を使ってイベントを催したいらしい。
内容としてはいわゆる子供向けヒーローショーの女子版……なのだろうか。簡単に言えば敵が現れ街を守るために変身した主人公が倒す、という分かりやすい勧善懲悪もの……らしい。
……これまで人生で一切の関わりがなかった娯楽分野である。ウキウキの誘薙は疾に知識があるのを前提として語る為、固有名詞が多く分かりにくい。よって誘薙の説明を繋ぎ合わせての推測だが、大きくは間違ってないだろうし多少の間違いはこの際どうでも良い。
メインキャストはほぼ住人で構成されるが、いわゆる背景となるギャラリー役といくつかの役に紅晴の住人を巻き込む予定。敵役は魔道具で街に損害を与えないものという条件を誘薙が出し、これはこれで住人たちは楽しく魔道具開発に没頭している。
そして、肝心の主人公役──魔法少女役に、異世界邸に住む一般人の女子中学生を登用する、らしい。
(魔法少女って魔導人形の女性型かと思ってたが、違うのか……)
かなりズレた感想は生涯隠すとして、疾は唖然としたまま誘薙のよく回る口を眺めていた。
正直な感想としては、何が何だかよくわからん、これに尽きる。とりあえず、住人たちの暇つぶしのような娯楽会場として街全体と一部の住人を貸せ、と言って寄越しているということだけは分かった。意味不明なのは全く変わらなかった。
更に。
ただ魔道具を設置し起動させただけでは、異変を察知した術者が即座に魔道具を探し出して破壊してしまう。だから魔道具の側には堕天使と先日撃退した魔王を配置して、術者を殺さない程度に退ける気でいるらしい。
「魔王が「殺さない程度に退ける」? んな詭弁を信じる気か?」
「どうにも、魔王ではなくなってしまった──魔王因子を失っちゃったみたいですよう」
「……なんだ、それは」
聞いたこともない単語と、理解し難い状況に眉を寄せる。魔王が魔王たりうる因子が存在するというのも初耳なら、それを失うというのはもっと良く分からない。改心するくらいなら魔王は魔王ではない。
しかし誘薙は、それでこそ「異世界邸」なのだ、と言う。
「ね? やっぱりあのアパートは面白いでしょう? 勇者が住んでいるアパートなのに、魔王すらも仲間になって、みんなで楽しく大暴れですよう!」
「──」
突拍子もない筋書きに唖然としていた疾の思考が、ようやく戻ってきた。そして今の茶番を紅晴の街視点で考えてみて、──気付く。
こんなふざけた台本が、まさに条件を満たしていることに。
「……は、ははははは!」
疾は、込み上げてきた笑いを堪えきれなかった。
「ははっ、ははははっ! こいつは傑作だ……っ」
「言っておくけど、このイベントの立案実行者は当然僕じゃないですよ。ほら、僕はしがない雑貨屋ですから、必要な小道具を用意するだけです」
「ま、だろうな」
だからこそ傑作だ。街の都合も封印のことも何一つ知らない住人達が、自分たちの欲望のためだけに後先考えずに遊び倒す事こそが、街の術者よりも魔術よりも何よりも、この街が求める混乱を引き起こしてくれるわけだ。
(なんだ、それで良いのか)
そんないい加減な事が辻褄合わせになってしまうのか。考え込んでいた自分に笑ってしまう。
「けど……良いイベントは、やっぱり大道具から——舞台準備までしてこそだと思いませんかぁ?」
「ああ、その通りだ」
ただの混乱ではなく、どこまでも馬鹿げたくだらない遊びとして成立させてしまうために。それが何よりも街に貢献するという皮肉も添えてやらないかという、疾好みの毒を差し出してくる誘薙に、疾は笑った。
「ね? ね? 折角だったら景気づけにいっちょ! 一枚嚙みませんか?」
「いいねえ。面白え、その心意気を買ってやろうじゃねえか。騒動を起こすなら、騒動が起こるに相応しい場作りは欠かせねえよなあ?」
くっくっく、と笑い声が穏やかな夜空に不穏に響く。
「契約成立! 毎度ありがとうございます! 期待してますよぅ」
「はっ、上等だ。思う壺にはまるのは気にくわねえが、今回はその心意気に免じて、乗せられてやろうじゃねえか」
──ただ「面白いから」。それだけを行動基準に置くのは、大層心躍るものだ。
「じゃ、対価は前払いだ。——ありったけの魔石をかき集めろ。間違っても人工物なんざ掴ませるんじゃねえぞ。天然物の、高純度の魔石を手に入れられるだけ集めてこい」
「お安い御用です♪」
満面の笑顔で頷いた精霊を前に、疾はゆるりと口の端を持ち上げた。
「さあて、やってやろうじゃねえの」
街単位に魔術を仕掛けられるのは、上級の魔術師だけ。そんな常識を真っ向から叩き潰してくれよう。結局の所、魔術とは所詮、技術でしかないのだ。生まれ持った才能に胡座をかき高みから見下ろしてくる阿呆共のプライドを、地に蹴落としてくれる。
「……くくっ」
なんだか、段々楽しくなってきた。
やはり自分はこうでなければと、疾は笑う。
「さてと。この街に相応しい大騒動だ。せいぜい楽しませてもらうぜ?」
どこまでも自分たちに都合よく、と内心で添えて。
疾は、動き出した。




