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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
12章 紅晴の守護者
211/232

211 損害請求

 魔力砲により破壊し尽くされた住宅や道路などの復興は、人手が回らず瀧宮羽黒──正確には、瀧宮家の分家でこの街に根を張っている寺湖田組が執り行ったらしい。ついでに疾、ノワール、羽黒といった外部委託費用もまとめて見積書計算を担った結果。


「一兆ねえ……」


 普通に国の予算案みたいな額が吉祥寺家に吹っ掛けられたらしい。まあ技術料や特急料金を考えたらそうなるだろうと、疾も簡単に脳内で計算して納得した。

 が、納得で済むのはあくまで部外者だからで──地方の術者一族でそんな金をポンと払えるほど金回りのいいところなど、そうはない。当然だが吉祥寺、というか四家でかき集めても厳しいらしい。

 相手はヤクザ、しかも修繕のためとはいえ街中の建造物に術式を施した相手だ。踏み倒そうとしようものなら、丸ごとガラクタにされかねない。ぶっちゃけ四家の一人や二人の首を差し出しても間に合わない事態、らしい。

(なんで金策まで俺が……)

 それこそ二足の草鞋を履いてる魔女の踏ん張りどころだと思うのだが。若干やる気が出ない疾は、欠伸混じりに誘薙に尋ねる。


「瀧宮羽黒が手を出さないっつうのは、身内だからか」

「そうですねえ。というか、これだけ大規模な作戦で身内に報酬削るって無理じゃありませんかぁ?」

「そらそうだ、人情で頷いちゃ宗家の名折れだな」


 いくらお人好しでも超えてはいけないラインがある。どこでも報酬の踏み倒しを喰らうほど分家が舐められては、本家の格も落ちる。当然だが、魔女もそこから泣き落とす気はないだろう。


「ちなみに、これ例の邸に請求はできねえのか?」

「街のことは街で、邸のことは邸で解決が原則ですねえ。ほら、だって街の術者も、邸の異世界人の鎮圧なんて頼まれても困るでしょう?」

「人外も多そうだしな」

「魔王に両足突っ込んだような人もいますよう」

「……下手なやつが行ったら生きて帰れないんじゃねえかよ」


 そりゃ相互不可侵にもなるわけだ。対応しきれる人材がいない。


「むしろ何で医療だけ派遣してるんだ?」

「ああー、それもなんか古い約束だそうですよぅ。この街の医療機関は異能関係にも強い特殊な場所ですからねえ」

「ふうん」


 疾の主治医である院長の胡散臭い笑顔が浮かぶ。まあ、疾の治療を元主治医が託せると判断した時点で察してはいたが、やはりこの世界で高い評価を得ているらしい。ついでに、妻子をそんな危険地帯(異世界邸)に派遣している人でなしである事も今回判明したが。


「まあでも、今回は元々あのお邸だけで解決すべき問題だったという見方もあるでしょうねえ。おそらく吉祥寺はそれで交渉する気だと思いますよう」

「それしかないだろうな」


 多少無理筋だろうが、道理を引っ込めさせねば街が沈む。それを良しとする魔女ではないだろう。どうも誘薙の話からの印象では、邸の管理人はそこまで交渉上手というわけでもないらしいから、それなりにむしり取られる事だろう。


「それでも厳しそうなので──」

「俺に依頼って事だろ。分かってて振ってきたな」


 もう一箇所、道理を引っ込めるまで押し込めば、金を引っ張り出せそうな場所があるということを。


「まあまあな屁理屈だぞこれ」

「そうは言いますけど、行けると思ったから頷いてくれたんでしょう?」

「いや、普通に交渉したら突っぱねられるだろうな」

「えっ」

「常識的に考えてみろ。この街に起きた襲撃に冥府が責任持つわけねえだろ」

「えぇ」

「鬼狩りとしては百鬼夜行が起きてからの対応でも別に問題ねえんだよ、慣例的にはな」


 とはいえ、関連性を追って厄介ごとを回避するためにならと金を出すところと言えば、自治体の他にはここしかないだろう。自治体と国はおそらく逃げるだろうし、そちらの交渉は疾の領分ではない。


「えっと、じゃあどうするんですかあ?」

「人質をとって脅す」

「ははは、面白い冗談を……えっ、本気ですか?」


 誘薙が棒立ちになるのをよそに、疾は歩き出した。


***


 前提として、今回の魔王襲撃に対して鬼狩りが動く必要は基本ない。魔王と鬼とは似て非なるもの、身も蓋もなく言えば管轄外だ。

 かと言って一般人面でさっさか避難していれば、術者の心象は当然悪い。大体の地域では大規模な妖の襲撃時、避難誘導に少し手を貸す程度の手伝いをすることはままあるらしい。鬼狩りとしても、住んでいる地域が丸ごと更地になって欲しくはないので利害の一致というやつである。

 なお紅晴では先日の守護獣問題もあり、基本的に相互不可侵となっている。だからこそ魔女も疾に鬼狩りとしての救援ではなく、個人的な契約として、あるいは守護獣を従えたものからの助力としての応援要請をしてきたのだ。

 が。鬼狩りの業務に「鬼の発生を未然に防ぐ」という項目があることが、少し状況をややこしくする。


 妖気瘴気が大量にばら撒かれて大暴れされた土地は、どうしても土地が汚れ地脈が乱れる。そしてそれは、鬼を引き寄せるのだ。


 その点に関しては、鬼狩りはなんらかの対応が必要になる。現実的には未然に防げることが少なく、せいぜい発生時になるべく被害を抑えて迅速に処理するという形がほとんどではあるが、それでも見回りの強化など相応の対策が必要となってくる。

 しかし、疾が確認した限り、この辺のマニュアルは非常に曖昧だ。何せ人手不足の中辛うじて回している局である。事前対策などしている余裕がないから必要な時に必要なだけ動け、というのが局長の本音であろう。だから竜胆すら今回の襲撃は知らん顔を続けているのだ。……ハクの報告では何故か避難後も街中にいたらしいが、特に戦闘を行った形跡もないという。

 それは別に問題ではない。そんなものだろうな、と他所の街では受け入れられるだろう。鬼狩りという職務は禁忌の扱いだ。折衝などと深入りしてくる輩など()()いない。


 殆ど。──なりふり構わないほど切羽詰まり、取れる手段は全て取るという覚悟を決め込んでいる場合を除いて、である。


 そして今回、疾が何度か連絡を取ろうと試みたにも関わらず応答がなかった、という事実がある。半人前呪術師がおそらく端末をまた自らの呪詛で壊したのだろうが、ここに鬼狩り側の明確な落ち度が生まれた。


 滅多にない条件が揃い切ってしまったからこそ、今回鬼狩り局は、紅晴からの損害賠償請求が発生してしまうのだった。


(ま、恨むならあの阿呆を雇ったてめえを恨むんだな)

 局長の顔を思い浮かべながら、疾は角に身を隠すようにして標的を確認する。……が、全くもって背後に対する警戒がなってない為、多分普通に真後ろを歩いても問題なさそうだった。


「にしても、ほんっと何もねえな」

「だなあ……あれだけうじゃうじゃ気持ち悪い白蟻の群がいたってのに、街が綺麗さっぱり何事もねえって普通なのか?」

「なわけねえし。……あーでも、疾が暴れまくった跡も綺麗に無かった事にしてくれてるっぽいぞ?」

「へえ、この街の術者って優秀なのか……まあ、2日前のあの騒ぎはやばかったもんな。あれで無事ってのがすげえわ」

「逃げるの賛成してくれた竜胆に超感謝。俺だったら軽く死ねる」

「いやあ、今回はな……別に鬼じゃなかったし、瑠依達が動く理由も」


 言ってることは真っ当だが、なんかこいつらが言ってると腹が立つ。


 そんなこの上ない私情を交えた疾は、竜胆と瑠依を背後から強襲し、抵抗を奪った上で八つ当たり8割でボッコボコにした。間で魔女の許可も無事得た為、完全に人質として使えるまで抵抗不能状態にした。かなりスッキリした。

 そのまま冥府に赴きフレア相手にゴリ押しで交渉を行う。瑠依のミスと局長としてのマニュアル不備と、紅晴の街故の「土地神の暴走」と言う危険性。この三つの札を、人質を用いることでフレアの危機感を最大限に煽ってやれば、フレアは渋々と頷いた。

 全力で苦々しい顔をしているフレアは、条件が揃ってしまっていることを悟ったのだろう。ひどく苦い顔で疾の要求を丸呑みにした。それが出来る程度には、伊達に冥府の特殊な立場の局を統率しているわけではないのだ。疾とはとことん気が合わないが。

 バカをその場にポイ捨てし、依頼を果たし、ついでにフレアの苦々しい顔まで拝めて、非常にすっきりした気分で街に戻ってきた疾は、誘薙のドン引き声に振り返る。


「……いや……そりゃあ提案したのは僕ですけど……仲間を本気でボコった上で、人質にします……??」

「せめて同僚といえ」


 竜胆はまだしも、瑠依(ばか)を仲間と呼ぶのは心の底から願い下げである。足を引っ張られた記憶しかない。


「つーかこれで4割は確保したんだからいいだろ。あっちの交渉はどうなった?」

「8割請求した上で、一部は瀧宮羽黒に値引きを行わせたみたいですねえ」

「……マジでなりふり構ってねえな」


 思ったより、紅晴は経済面でギリギリらしい。あの温厚な魔女が、他所の被害に構わずぼったくってくるとは少し予想外だった。

 まあとりあえず、これで復興費及び治療費くらいは余裕で確保出来たわけである。金銭面での面倒見はこれで十分だろう。


「じゃ、あとは待機だな」

「え?」


 戸惑った声を上げた誘薙に、疾は肩越しに振り返って笑う。



「瀧宮羽黒がこの街で何をするのか──俺が動くのは、それを見てからだ」




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