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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
12章 紅晴の守護者
210/232

210 異世界邸

 魔王による襲撃が退けられた、翌日の昼下がり。


「いやー! すごかったですよう。勇者に力を与えたのが引き金になって潜在的な能力が開花するというのはたまーにあることですけどぅ、あんな化け物じみた力で魔王を蹂躙するほどなんてびっくりですよう! あんなの初めて見ました! 不謹慎だけど、すっごかったんですよぉ!!」

「……」


 休養を取っているはずだった疾は、招かれざる客による騒音に苛立ちを募らせていた。


「とはいえ白蟻の魔王も精一杯抵抗していましたから、滅ぼすだけ滅ぼして反動で自分も死んじゃうんじゃないかとヒヤッとしたんですけど、そこはなんとかなったみたいですねぇ。暴走から戻るところなんて、まさに愛の力だなあって思いましたよぅ! その後の最終決戦も手に汗握る素晴らしさでした!! 僕としてはトドメが勇者の力だった事もポイント高いですねえ!!」

「……」

「でも、あんなひどい怪我から引き戻すこの街の医療機関の腕前も大したものですよねぇ。勇者の初期手当てをした、あのアパートのお医者先生とその娘さん──」

「……おい」


 いい加減聞き流せなくなった疾は、魔法陣を描いていた手を止めて振り返った。


「なんですかぁ?」


 仮拠点に据えられた無機質な丸型テーブルの向こう、一人がけソファに遠慮なく座ってニッコニコ笑顔を浮かべている法界院誘薙を不機嫌に睨みつける。


「べらべらべらべらとうるせえ。人が徹夜で働かされた直後に耳障りだ」

「えーそう言わずに聞いてくださいよう。勇者と魔王の感動的な大決戦ですよぅ?」

「興味ねえ」


 うんざりした気分で疾は返す。振り向いた姿勢のまま頬杖をついて、据わった目のままでじろりと誘薙を見やる。


「で? てめえの感想が8割がたを占めた客観性の欠片もないお喋りがしたくて、わざわざ押しかけてきやがったのか?」


 同じ風属性を持つハクを介して誘薙がアポイントを取ってきたのが今朝。本拠点で休養をたっぷり取るはずだった疾は無視しようとしたものの、世界精霊の肩書きに遠慮した四神に拝み倒される形で、ほぼ捨て拠点としているアパートで話をすることにした。向こうはすぐにでも話をしたいと言わんばかりだったが、疾が寝直すために時間を置いたのは後悔していない。

 何せ来るなり西の山にあるという、この世界に適応できない・する気もない異世界人が寄り集まって生活している異世界邸とやらで繰り広げられた対魔王戦について熱く語りだしたのである。街の守護にほぼほぼ関係ない上に、肝心の魔王についての情報が妙に薄い。その上、興奮気味で自分が話したいことばかりに重点が置かれているせいで、話の内容がとっちらかっていて聞くに耐えない。

 初めは一応耳を傾けていた疾は途中で見切りをつけて席を立ち、机で自分の作業をしながら聞き流していたのだが、それにしたって声がデカい。やかましさに耐えられなくなり、今に至る。


「いやあ、本題は別にあるんですけどねぇ。あのアパートについて知ってる人がこの街の四家当主と魔女さんくらいで、僕が気軽に話せたもんじゃないんですよう。なんか嬉しくなっちゃって」

「そんな内容を俺に話すな」

「君は知っておいた方がいいですよぅ。何せ、この街が特異点である理由の一つです。今回も結局、魔王の用事はこっちにあったくらいですからねぇ」

「……」


 聞き流した話の中に、今回魔王が襲撃してきた目的は「魔女」と呼ばれる存在の捜索だったというものがあった。どうもその「魔女」が異世界邸に住んでいたのだが、魔王が把握していた座標がこの街周辺程度の精度だったせいで「知識屋の魔女」と呼ばれる吉祥寺次期当主と人違いをしていたらしい。

 まあいずれにせよ訪れた世界を滅ぼす気でいたので遅かれ早かれではあったのだろうが、紅晴は完全にとばっちりを食らった形である。


「このとばっちりも込みでこの街に住んでるとすれば、よく許してるな」

「昔々の約定ですよぅ。この街の土地神も──あっこれもっと語っていいんですか? 2時間くらい延長でどうです?」

「ざけんなクソが、本題入れ」


 いい加減にしろと半ば本気で睨むと、誘薙はやれやれと肩をすくめた。


「仕方ないですねぇ……瀧宮羽黒は、君の目から見てどうでした?」

「……」


 ようやく出てきた本題に、疾は体を起こして反転させた。足を組み替えて答える。


「本人が持ち合わせる戦闘能力も当然のように脅威だが、戦場でのセンスがずば抜けてるな。場の掌握と誘導が得意、しかも人を口八丁で動かす術を良く分かってやがる。あの男がいなければ、今頃この街は壊滅してただろうよ」


 本当に、あの男の功績は大きい。仮にノワールが魔法士としての判断で防御結界を発動させていたとしても、もっと術者も一般人も死傷者が出ていたはずだ。どうも魔王の中でもかなり上位が出張ってきていたようだし、街は確実に壊滅、運よくギリギリ持ち堪えても続く外敵に対応しきれず滅びていた可能性が高い。

 それが一般人は怪我人すらおらず、術者も死者はなし、重症者多数だがこの街の医療機関の技量が高いために対応可能。土地神の封印も一切問題なし。これ以上ない成果だ。


「──出来過ぎなほどにな」


 ただ一つ──この結果が、この街にとって必ずしも望ましくないだけで。


「あんたらの視点からだと、魔王の襲撃による想定と比較してどうなんだ」

「……勿論、出来過ぎですよぅ。しかも、これで終わりじゃないようですしねぇ」

「あ?」

「彼、後始末にも精力的に首を突っ込んでますよぉ。聞いていませんか?」

「……何のために?」


 疾は訝しげに眉を寄せた。あの男は元々、一般人の避難と街の修繕が第一の目的として呼ばれたはずだ。防衛戦に思い切り貢献しただけでも常軌を逸しているのに、さらに後始末すら手助けをするなど、全く利益にならないはずである。

 疾の反応を見て、誘薙は苦笑した。


「そうですね、君とは正反対かもですねぇ……単純に、彼自身のありようがそうさせている、というべきですねえ」

「……届く限りに手を伸ばして恩を売り、生まれた繋がりを利用してさらに手を伸ばすっつうところか? 恩の売り買いって意図すらも消去しているとくれば、そりゃ厄介なことこの上ないだろうな。「最悪の黒」なんて呼ばれるわけだ」

「…………今の説明だけで、自分と正反対の資質を理解できる君も大概ですねぇ」


 なぜか少し引き攣った顔をした誘薙は、すぐに気を取り直した。


「まあ、普通ならこの街に大きな貸しを作りつつも四方八方丸く収めてめでたしめでたし、なんですが──この町でそれは、困るんですよねぇ」

「だろうな」

「何ならこの後訪れるだろう百鬼夜行の毒気すら抜きかねませんよぅ」

「連鎖的に状況悪化してんじゃねえか。最悪かよ」

「で、僕の見立てでは──その最悪をも覆す災厄を起こすべきかな、と思いましてね」

「……」


 目を平らにした疾は、後ろ手で魔法陣に魔力を供給した。

 誘薙に一応出しておいたコーヒーカップを、本人がまさに口をつけようとした瞬間に燃え上がらせる。


「うわっち!? 何するんですかぁ!?」

「中二病みたいな言葉遊びしてんじゃねえよ。災厄ってそれ、最近魔法士どもがほざいてるだけのもんだろ」

「えっ、いや、結構広まってますよぉ? 知りません?」

「知らん」

「いやそんなわけ──」

「知らん」


 正確に言えば、魔法士協会が積極的に広めて魔術師にもじわじわと定着しつつあるところまで知っているが、知らなかったことにしてある。というか災厄というほどのことをしでかしてるつもりもあまりない。鬱陶しい組織を潰しただけで災害扱いとか、どんだけぬるま湯に浸かってるのか。


「……はあ、まあいいですけど。とにかく、僕としては──」

「あの男がやらかす後始末を少しでも妨害しろってところか……とはいえ百鬼夜行に対抗する体力は残したいんだろ」

「それはもちろん。滅んで欲しいわけじゃないですからねえ」

「へー」


 世界精霊としても、この街はまだ残っているべきらしい。こんなよくわからん特異点なのに、面倒見のいいことである。疾は腕を組んで聞いた。


「で、対価は?」

「……えっ」

「まさかお前、手土産無しのタダ働きさせる気だとか言うんじゃねえだろうな。しねえぞ」


 今回の参戦だって、コクがおそらく現状持ちうる手札を切れるだけ切ってみせたからこそ応じてやっただけである。アフターフォローに関しては別問題、しかもこんな面倒そうな案件なら尚更だ。


「えぇ……ほら、今回の仕事の後始末ですよう」

「今回の仕事については既に請求上げてる。つまりこれ以降は全部タダ働きになる。それとも追加報酬請求するか? 四家に?」

「それは困りますよぉ」


 街の平和を乱すための活動費用を請求されても応じるわけがないだろう。裏事情は知っているものも少ないようだし。


「えー……あっ、じゃあ情報でどうです!? 異世界邸の住人情報とか──」

「心底いらねえもんを押し付けてくんじゃねえよ」

「ええー」


 なんでそんな限定的な情報を欲しがると思ったのか。情報を対価にする提案自体は悪くないのだが。

 一つ息をついて疾から提案する。


「何でも屋と言ってたな。この先あんたから仕入れる場合の仕入れ値、三割引でどうだ」

「えっなんですかその暴利!?」

「今後の厄介ごと考えたら安いもんだろ。ちなみに着手金だから、今後の動き次第では追加報酬もらうからな」

「本気で言ってます……!?」


 死ぬほど嫌な予感しかしない案件なので本気も本気である。今回の防衛戦に参加した面子を思い出せば妥当としか言いようがない。


「うわあ……結果は出すけど内容が破天荒な上に暴利を貪るって、本当だったんですねぇ」

「暴利じゃねえっつってんだろ。契約成立と受け取るぞ」

「はいはい、わかりましたよう。それじゃ早速なんですが」


 誘薙がピッと一本指を立てる。


「これに関しては瀧宮羽黒が介入する可能性はないんですけど──まず財政的に街が終わりそうなんでそこからお願いしますぅ」

「は?」


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