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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
12章 紅晴の守護者
208/232

208 主砲破壊

 主砲発射と同時に、ドーム状の結界が構築される。街の術者が総力を注いで編み上げたものだ。日本古来の術式に地方特有の癖が滲み出たそれに、魔女が魔導書を介して発動した魔術が絡みつき強化していく。急拵えとは思えぬ、上級の妖を完全に封じ込めるだけの強度を発揮した結界の質は悪くはない。


 だが、──世界をいくつも滅ぼした魔王の「本気」には、遥か及ばない。


 ほんの一瞬でも拮抗しただけ大したものというべきか。それでも客観的に見れば容易く結界を食い破り、魔力砲が街を焼き尽くそうとした──まさにその時。



 地面から噴き上げた魔力の奔流が、魔力砲を食い止めた。



「うーわ、ばっかじゃねえの」


 疾は思わず声を漏らす。乾いた笑いが浮かぶのを止められなかった。

(なんで魔王の魔力砲に、人間の魔力が拮抗してんだ……)

 呆れ気味に眺めていると、魔力を苗床にして魔法陣が幾重にも浮かび上がる。そのまま魔力の供給を受けて魔力砲を迎え撃ち、確実に削っていく。

 魔力の大放出に、上級魔術の多数並列起動。それだけでも、かの魔法士幹部は世界を複数破壊した経歴を持つ魔王の魔力砲を正面取って相手に出来ることが証明されたわけだが──

 徐々に魔力砲の威力を削る一方で着実に魔法陣が食い破られていく。それを見て、疾は目を細めた。


(準備不足、そして攻撃規模が大きすぎるせいで食い止めきれない……なんて話になってくれるなら、こっちは苦労してねえんだなあ)


 威力を残して着弾した魔力砲の余波が消えるのを待って、疾は主砲に手を伸ばす。

 充填完了から発射までのプロセスを全て見せてもらった以上、砲撃の回路解析はノワールの魔術を眺める片手間で終わらせた。要の部分だけに異能を流し込み、内部回路そのものに流れる魔力を誤作動させることで全損させた。


 改めて下を覗き込むと、着弾点の建物はあらかた消し飛んではいるものの、この街の封印の要である四家の各本陣は無傷だ。さらに青龍から報告が入る。


『主。どうやら今の防御魔術は人間を守ることを最優先にしていたようです。怪我人すらいません』

「ほんと人間やめてるな」


 今でも防御魔術を待機状態で維持しているから、疾にもわかる。あれはおそらく、座標固定魔術の応用だ。あらゆる攻撃に対して、攻撃対象の「状態」情報を固定することで無効化させる、世界情報への直接干渉に片足突っ込んだ代物である。それを街単位で、この短時間に仕上げてきたというのだから本当に人間をやめている。

 ……そんな代物を化け物じみた魔力放出と上級魔術の連発をした上で完璧に発動し、かついまだ運用可能と判断して維持している魔力量の底知れなさは、人外でもちょっと意味がわからない領域だ。魔王でも目指しているのだろうか。


「あれとやり合うのは面白いが……本気で敵対したら骨が折れるじゃ済まない、か」


 漏れた言葉をきっかけに、疾の思考が対魔法士戦へと流れていく。


「どーにか懐柔する方法とかねえかな……あいつ仕事くそ真面目だからな……。弱みでも握るか……? でもあの野郎に弱みとかな……上手くカバーしてるし。罠に嵌めるのも難しいよな」


 ぶつぶつと呟きつつ、砲台の部品を使って手際よく壁に魔法陣を刻んでいく。基本の円形魔法陣だけでなく、正方形、正六角形、正八角形など、多才な図形を壁一杯に記していった。


「チビガキを使う……駄目だな、ある意味ノワールより扱いにくい。道化はこういう時には全く役立たずの保護者だしな……身内は無理か」


 ある程度壁が図形で埋まると、今度は図形の合間に更に文字や奇妙な線形を刻む。次第に全体像が複雑になっていくが、疾の手は鈍らない。


「あいつに恨みを持ってる奴は掃いて捨てるほどいるが、大体が敵だしなあ。敵の敵は味方ってほど強え奴いねえし、つうか雑魚だし。魔法士幹部に接触するのは時間とリスクがな」


 大きく腕を伸ばして、壁の端まで文字を刻む。1歩下がって全体像を眺め、疾は床に円形魔法陣を刻み始めた。


「道具になってくれそうな駒で、それなりにノワールに対して影響のありそうな奴……お、そういや」


 手を止めて、疾はにやりと笑う。銃を構え、上下左右に抗魔の弾を撃ち込んだ。弾は、壁に僅かにめりこんだ所で消滅する。


「瀧宮羽黒、そして使役された吸血鬼。戦力としても、あの曲者度合いも有用そうだ。どーにかあいつを操作できねえかな……雑貨屋(なんでもや)とか言ってたし、最終手段は依頼だな。ビジネスならそこそこ信頼できそうだ」


 銃弾がめりこんだ所に、ポケットから取り出した魔石を埋め込む。緩やかに刻んだ壁一面の魔法陣へと魔力を流し込み始めたのを確認して、疾は更に床の魔法陣に銃を向ける。今度は魔力の弾を撃ち込んで、魔法陣に組み込んだ魔術を発動させた。問題なく作用しているのを目視で確認して、疾は踵を返した。


「さて、残り時間は5分未満。頑張って逃げろよ、ギリだと巻き込まれるぜ」


 この世界において、飛行魔術は限られたものにしか使えない代物だ。大気中の魔力量が少ないため飛行を維持するのが十割自前の魔力となる上、重力に抗うのに異様なほどの魔力消費を必要とする。あまりに馬鹿げた魔力が必要なせいで、非現実なものとなっているのだ。

 だからこそ、魔術師は飛行魔術に並々ならぬ関心を持つ。異世界産の材質も飛行を維持している回路も含めて、この戦艦は魔術師垂涎の品なのだ。おそらく魔法士にとっても、この世界ですら飛行を可能とする魔術は興味を惹かれるはずだ。近い未来、世界各地の魔術師、魔法士がこの戦艦に刻まれた回路と素材を奪い合うだろう……魔王襲撃の傷跡癒えぬ、この紅晴で。

 魔力砲によってばら撒かれた瘴気による妖の被害増大は避けられない。それは四家がどうにか踏ん張れる領域だが──彼らは対魔術師戦には弱く、対策もまるでなっていない。百鬼夜行よりも魔術師の襲撃に弱い土地だ。


(だからこその人選なんだろうな)


 個人的にも、魔術師や魔法士連中に我が物顔で暴れられるのは心底不愉快だ。だからこそ争いの芽は徹底的に、根こそぎ焼き尽くす。

 敢えて複雑極まりない魔法陣を、元の回路とは質の違う魔力で発動する。魔術は壁や柱や梁に張り巡らされた魔力回路を通して幾重にも混線し、断線し、自損を繰り返して、元の回路を潰し尽くすまで止まらない。

 疾の用意した魔石はさして質も良くない為、残っていた浮遊魔術の魔力と早々に喧嘩をし始めたようだ。現に微振動が始まっている。このまま放っておいても確実に墜落するだろうが、折角なので派手にやろうと、機関部からも干渉するべく疾は移動を開始した。


『主、ハクが捕虜を保護しました。地上に移動してて、預ける人間を見つけ次第任せると』

「あっそ。じゃ、セキは早いとこ戦艦の前の方に飛んでこい。あと3分で離脱するから拾え」

『えっえっそんな早く!?』

「神獣ともあろう奴が、ここまで飛んでくるのに3分もかけるな。早くしろよ」


 返事も待たず会話を打ち切った。これで離脱の準備も万全、後は墜落に全力を尽くすのみ。


「こんなデカい戦艦を堕とす機会なんて、そうねえからな。折角だ、派手にいくぜ」


 そう言って疾は、ゆるりと口の端を上げた。


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