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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
12章 紅晴の守護者
207/232

207 妨害

「ここは俺に任せてお前は先に行け! なんつってな」

「フラグ立てごくろーさん、回収すんなよ」


 羽黒が進んで足止め役を買って出てくれたのは望外の幸運だ。予想以上に技量の高いあの男、あのまま二人で進んでいたら本当に主砲が発射される前に戦艦ごと破壊していた可能性が高い。

 あとは適度に時間を潰しつつ、主砲のある場所へ向かえばいいのだが──すでに疾のやる気は地を這っていた。

 羽黒を置いて先へ進んだ疾は、激しい妨害を受けていた。


「おっと」


 吐き出された体液を避け、魔力弾を撃ち込む。展開した風魔術の魔法陣に魔力が供給され、幾重にも吐き出された見えない刃が蟻に傷を刻む。


「キシャアアアア」


 鳴き声を上げた蟻が、素早い動きで疾の背後を取った。手に持つ槍を掲げ、鋭く突きを放つ。


「くたばれ」


 手首だけを返して、抗魔の弾を撃ち込む。頭部を撃ち抜かれた蟻は、その場に崩れ落ちてぐずぐずと溶けた。


「……はあ」


 溜息をつきながら白蟻たちを粛々と消していく。視線は一応白蟻の方へ向けられているものの、意識の多くは艦内に張り巡らされた術式に向けられていた。

 この大質量を宙に浮かせて安定航行を行うための術式は、緻密に精確に刻まれている。羽黒と疾がかなり盛大に暴れた結果穴だらけになっているわけだが、それでも航行に支障をきたしていない。先ほどは落とした方が早いと判断したものの、この術式に割り込むのは少し時間がかかりそうだ。


(やっぱり先に砲台を沈黙させる必要がありそうだな)


 そこまでの計算が終わったところで、周囲を取り囲んだ白蟻を吹き飛ばす。そのまま魔力が収束している方角へと足を踏み出したが、道を塞ぐように白蟻が割って入る。流石に舌打ちが漏れた。時間稼ぎを食らっているのはわかっているし、こちらもそれに甘んじている理由はある。あるが、流石に鬱陶しい。


「——おい、セキ。聞こえてるんだろ。今から撃つ魔力弾の周囲5メートル、火炎で燃やし尽くせ」

『は……えっちょっと待ってください! 建物の中では危険です!』

「お前、これだけ穴だらけになった代物を建物と呼ぶのかよ。風通し良すぎで燃えすぎたらセイにでも何とかさせろ」

『えっでもでも……あっそうだ! 捕まってる人をまだ助け出せていませんよね!? 巻き込んじゃうのはダメですよ!!』

「……そういや捕虜がいるとか言ってたな」


 魔女からの連絡で、襲撃に際して敵にまんまと捕まり情報を吐いた奴がいるらしい。この艦内のどこかに捕えられているから、できれば助け出したいというのが四神の希望だというわけか。

 なるほど、と頷き、疾は答えた。


「ねえわ。気にせずぶっ放せ」

『えええ!? 無理です、傷だらけで捕まっているみたいなんです! 私の炎で死んじゃいますよ!?』

「んなもん捕まった奴の自己責任だろ。この騒ぎに乗じて逃げ出してるなら虎に……ハクに拾わせても良いが。わざわざ助け出しに行く? ねえわ」


 本当に人選を間違っている。疾に人助けの精神など存在しないものを求められても困る。一般人なら少しは考えるが、戦闘職に就いている以上はそれも含めての戦闘職だろうとしか言いようがない。これだけ敵が減り混乱が生じているのに便乗して逃げようともしない他力本願を助けてやる義理はない。逃亡途中に合流したというなら適当に蹴り落としてハクに拾わせるのもやぶさかではないが。


「という訳でさっさと燃やせ、そろそろ魔力砲が充填される」

『で、でも……ダメですよぅ……私たち守護獣は守るための存在で、守る対象を傷つけるのは掟に反するんですよう……』


 めそめそした声ながらもこちらの命令に抵抗するセキに、疾は燻っていた苛立ちが再燃するのを感じた。


「ああくそ……勝手に主と纏わり付いておいて人の足引っ張りまくりやがって、何が守護獣だド阿呆。役立たずが口ばっかり達者で、何の役にもたたねえし。巫山戯んなよマジで」


 口悪く吐き捨てると、疾は魔力を練り上げた。

 白蟻兵を足止めする障壁を展開。白蟻兵の足元を覆うように魔法陣を構築。直径7メートル程度になったそれに、魔力弾を数個撃ち込んで魔力を充填する。

 発動の光が放たれた瞬間、疾はそれまで溜めに溜めていた抗魔の力を弾に乗せ、発砲した。

 轟と燃え上がった魔術の炎が、弾けて広がった抗魔の弾に相殺される。その余波が大きく渦巻き、白い光が閃いた。


 ——ドォオオオオン!


 凄まじい音と共に白蟻達が消し飛び、更に周囲一体の天井と床、壁がことごとく吹き飛ぶ。

 10秒も経たないうちに、白煙が立ちこめるその場は、疾の立つ位置以外全て骨格だけとなった。


『あああ主ー!? あのあの今、いったい何をっ』

「うるさい。てめえで動かなかったくせに文句言うんじゃねえ」


 ピシャリと黙らせると、疾は一気に飛び降りた。着地した先、呆然とこちらを見上げてくる術者二人を不機嫌に見下ろす。


「おい、守護の任務を背負いながら易々と妖に囚われ、挙げ句に情報を漏らした雑魚足手纏いども。この戦艦は近々墜落する。死にたくなきゃ後方のハッチ目指せ。ハッチ周辺から飛び降りれば、デカい虎が拾ってくれるかもしれねえぞ」


 ちゃんと話を聞けているかは確認せず、必要事項を一息で告げた。これで聞き落とすなら本当にもう知らん。


『主!? 我は主以外の人間を乗せるなど嫌だと先ほども申し上げたばかりですが!!』

 ハクから盛大に苦情が入ったが黙殺する。元はといえばセキがごねたのが悪い。


「……っ、待ってくれ、逃げたくとも足が……」

「折れてても砕けてても這って進め」

「無理だ、もう魔力が」

「這って進むのに魔力なんかいるか、体力と気力で何とかしろ。つうかお前ら、本気でこの地を守る気あるのか。弱音吐くばかりの役立たずが」


 しかも助けられる側までぐだぐだと泣き言を言っている。守る側が守る側なら、守られる側も守られる側だと思いながら、改めて視界の邪魔となる白煙を魔力弾で吹き払う。そうして見れば、2人ともぐちゃぐちゃに血を流した足が枷に繋がれていた。


「……お前ら、霍見の術者だよな?」

「え? あ、ああ」

「じゃあ、霍見の対価は割り増しにしておく。街中の術者の足を引っ張った挙げ句に主家に負担をかけたと、肩身の狭い思いをしやがれ」


 2人が同時に顔を強張らせるより早く、魔力弾で枷を撃ち砕いた。ざっと全身を見て今直ぐ死ぬ怪我だけはないのを確認して——そもそも情報を取る捕虜なのだから予想通りだが——、疾はさっさと背を向けた。


「それじゃ、頑張って逃げろよ。いざとなったらどこかの穴から飛び降りてみろ、墜落を待つよりは生存率高いぜ」


 返事を待たず、疾は改めて身体強化を発動し、戦艦の骨格を蹴って駆け上がる。やがて魔力が収束を続ける部屋に続く廊下に降り立った疾は、乱暴に部屋の扉を蹴破った。


「さて、魔力砲は……お?」


 疾の焦点が部屋の中央に鎮座する砲台に結ばれると同時、砲台がキュイイイインという音を立てて動きを見せた。どうやら、ちょうど魔力充填が終わったらしい。


「ふーん……」


 目を眇めて砲台に刻まれた魔力回路を解析する。充填から発射まで自動化されたそれは、ひとたび魔力が充填されると、発射以外にエネルギーを放散させる方法が一切無いらしい。無理矢理破壊すれば、この部屋の中で暴発し、戦艦もろとも巻き込む大爆発を起こすだろう。

 最短時間で捕虜を解放する為、割と派手な魔術を扱った疾の残り魔力はもう少ない。この馬鹿げた量の魔力暴走を防ぐ障壁を創ったら、もはや脱出すら叶わなくなる。かといって勿論、まともに食らえば普通に死ねる。

 まあそもそも。これは撃ってもらったほうが、精霊の注文に沿うのだ。


「よし」


 頷いた疾は頭の後ろで腕を組み、傍観体勢に入った。どうせ地上は世界を跨ぐ機関最高峰の防御魔術が待ち構えている、大した被害もないだろう。魔力砲が発射されて魔力が空になってから、のんびり破壊すれば良い。


「ま、頑張れノワール」


 壁にもたれた姿勢で疾が呟くと同時、主砲が発射された。


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