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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
12章 紅晴の守護者
206/232

206 蟻天将と「瀧宮」

「いきなり減ったな」

「やっぱアレが原因かね」


 ひと通り雑魚掃除を終えた疾と羽黒は、その途中で急に減った眷属の気配を訝しみ、穴だらけになった戦艦から下を覗き込んだ。

 先ほどまで道路を埋め尽くすほど蔓延っていた白蟻は、おそらくこの艦内にいた連中も増援として投下され、しかし突如として現れた黒い炎に一掃されてしまったらしい。上空から見える範囲には全く残っていなかった。

 それを確認した疾は、改めて戦艦の損傷度合いを横目で観察した。

(……これもう落とした方が早いな)

 ここまで外壁が壊れたら、中途半端に刺激するよりは、いっそこちらの制御下で丸ごと落としたほうが安全だ。下手に刺激するとばらけてあちこちに飛び散りかねない。丸ごと落としても受け止め体勢が万全だからこその選択肢ではあるが、今回純粋に巻き込まれただけの疾としては、使えるものは使い倒す所存である。


「よく見えなかったが、あの蟻塚が白蟻を生み出す核だったらしいが、何で地上に転移させた? ……いや、それよりも、アレを一瞬で焼き尽くしたあの黒炎、一体何だったんだ?」

「俺が知るかよ」


 興味津々の羽黒はまだ余裕そうだ。白蟻を一蹴した黒い炎に目を輝かせているのを横目に、疾は思考を別のことに巡らせていた。

(さて、ここからどうするか)

 風精霊の依頼もある。疾はこの男をある程度うまくコントロールして、魔王襲撃に見合う被害を紅晴に出させなければならない。理想としては、主砲は一度発射してから破壊といったところだろうか。……ノワールが動くなら2、3発くらい必要な気もするが、流石にそこまで野放しにすると怪しまれそうだ。

 上手いこと誘導できるといいが──そんなことを考えていたせいか、瀧宮羽黒が背後からの襲撃に吹き飛ばされたのに少し反応が遅れてしまった。


「見つけましたでありますれば」


 銃を構えながら視線を巡らせた先にいたのは、先ほどの眷属と同等以上の妖気を漂わせる赤い瞳の人外。ぶつぶつと何かを呟いていたそれは、ぐるりと瞳を動かすように疾を捕捉した。


「お前、下で暴れてた蟻天将とかいう奴の同列か」

「蟻天将が末席、ムラヴェイでありますれば。あなたが死ぬまでの一瞬の間、お見知りおきを」

「あーそうかい。俺も覚えといてやるよ、明日になったら忘れてるだろうけどな!!」


 言葉と同時に、疾は異能の銃を連続で発砲した。過たず急所を撃ち抜くはずだった銃弾は、しかし唐突にムラヴェイがかき消えることで素通りする。

 次の瞬間、疾の背筋に悪寒が走った。


(転移か!)

 疾の真後ろを押さえ、ムラヴェイが手刀を振りかぶっている。


 即座に振り返りながら対物障壁を出せる限り出すが、紙切れのように破られた。あまりの手応えの無さに疾は目を凝らす。

(なんだ、今の)

 なんらかの術式によって障壁を破壊されているわけではない。しかし膂力で無理やり打ち砕かれた感触とも違う──とそこまで考えたところで、時間切れだ。


「くっそ!?」


 あらかじめ仕込んでおいた魔術を発動させ、手刀が首を切り落とす寸前で自身を吹き飛ばしてギリギリのところで回避する。勢い余って壁に突っ込んだが、手持ちの緩衝魔術を仕込んだ魔道具でことなきを得た。


「最悪でありますれば……最悪でありますれば……」


 打ち消しきれなかった衝撃を受け流している疾をよそに、ムラヴェイは無表情にぶつぶつと言う。


「やることなすこと、全て裏目に出ているでありますれば……姫様から〈グランドアント〉を任されておりながら、むざむざ〈マザー〉を失うという失態。更に、あれほど美しかった〈グランドアント〉も、見るも無残な姿になり果てておりますれば」


 ぐりん! と気味の悪い動きで首を巡らせ、壁を突き破った向こう側に立つ疾を見やる。


「せめて早々に侵入者を排除し、姫様のご帰還までに〈グランドアント〉を修復いたしますれば」

「っ!!」


 再びの転移。

 目の前に現れたムラヴェイを横っ飛びで回避──その先に待ち構えているムラヴェイに舌打ちをした。


「うっぜえ!」


 犠牲覚悟に振りかぶられた拳を足場にし、十数メートルの距離を跳躍する。

 幸いにも、拳を蹴った足は無事だ。やはり先ほどの障壁を打ち破ったのは膂力ではない。足場にした感触も合わせておおよその仕掛けは読めた……が、これは少々疾には相性の悪い敵だ。長期戦になりかねない。

 疾1人ならば、だが。


「ちょこまかと鬱陶しい虫でありますれば」

「虫はてめぇだろうが!」


 改めて銃を構えて照準を合わせる。しかし、その先にムラヴェイは既に姿を消していた。

(また背後か――いや)

 反射的に銃を背後に向け、僅かに的をずらして抗魔の弾をばらまく。案の定、弾はムラヴェイには掠りもせず真っすぐ背後の壁を抉った。


 ――狙い通り、疾の真横にムラヴェイが出現する。


「ぐっ……!?」


 そして同時に、ムラヴェイが驚愕の表情で明後日の方向に飛んでいった。


「悪い、遅くなった」

「全くだ、休んでんじゃねえよボケ」


 先程までムラヴェイがいた場所に、背中をさする羽黒が立っていた。


「あー痛ぇ痛ぇ」

「壁ぶち破った程度でダメージが通る程度なのか、龍鱗ってのは」

「ンなわけねーだろ。あのメイド服に殴られたところだ」


 背中をさする手を止めずに、羽黒は悪態をつく。その内容に、疾は内心で肩をすくめた。龍鱗すら貫通する攻撃なら、疾程度の作れる障壁では話にならないわけである。

 貫通しながらも痛い痛いと文句を言う程度で済ませているこの男の方が、よほどの適任だ。


「――抜刀、【龍堕(リュウオトシ)】」


 言霊に呼応して、莫大な魔力の奔流が沸き起こった。

 軽く目を細めた疾の前で、羽黒の手元に切っ先から柄まで深淵の如く黒い大太刀が顕現する。

 その大太刀の切っ先を床に突き付けるように立て、羽黒は突進の勢いで拳を振るってきたムラヴェイを迎撃する。


「っどらぁ!!」


 拳を刃で受け止め、羽黒は強引に押し返した。


「やっぱな! こいつ、パワーよりも硬さがやべぇ!」

「へえ、刀でも駄目か」


 しかも魔力でやたら器用な強化を施された、物騒な気配漂う妖刀相手である。硬度と、おそらく生物特有の粘りを併せ持つ生きた鎧なのだろう。それを相手に身体強化一つで真っ向勝負しているこの男も大概ではあるが。

 再びムラヴェイが拳を握り締め、突進してくる。その動きに、疾は咄嗟に周囲の魔力を辿った。さっきまでは詳細を探る余裕はなかったが、今になってようやく気付いく。


 今この場の魔力は全て、目の前に立つ黒い男へと収束していっている。


 そう言えば、風の噂に聞いたことがあった――八百刀流「瀧宮」は、空間制御の術式に長けている、と。

(ああ……なるほど)

 ムラヴェイの転移の仕組みはどうあれ、空間丸ごと掌握されてしまえばそこに転移魔術を差し込む余地はない。これの下準備をしていたからこその戦線離脱の長さだったというわけだ。

(こいつ、巧いな)

 もちろん持ち合わせる戦闘能力も高いが、それ以上に状況を精査し最善手を打つまでの判断が早く、行動が的確だ。自分の有利なように戦場を捻じ曲げるタイプ──なるほど、ノワールを手玉に取るだけのことはある。


「さて、こういう場合、どうするね少年」

「作戦は二つだな」


 ムラヴェイを牽制しながら羽黒が出した問いに、疾は迷いなく答える。


「一つ、どちらか一人が足止めして、どちらかが軍艦の機関部を破壊しに行く。二つ、二人で連携してあの蟻天将を殲滅した後、悠々と機関部を破壊しに行く」

「まあ、そうだろうな」

「そしてこの二択なら、実質一択だ」

「その通りだな」


 羽黒と疾はニヤリと笑みを浮かべた。


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