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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
12章 紅晴の守護者
205/232

205 最悪と呼ばれる男

「見知った気配がするから来てみれば、入れ違いだったか」

「おお」


 夜だというのに黒のグラサンをかけた、二十代半ばくらいの大男。右目に火傷のような刀傷のような傷跡が走り、目つきの悪さと合わせて非常に柄が悪い。今はハクに対してか目を丸くして感嘆の声を上げているので少し柄の悪さは減っているが。

 何より、全身を黒一色で統一したその姿は──

(ノワールの輪郭違いみたいなナリだな)

 後ろ姿だとまあまあ見分けのつきにくそうな類似度合いだった。ハクから降りて、男と会話を交わす。


「なるほど、お前か。さっきノワールが頑なに会うなって言ってた術者は」

「あ? あんた、奴と知り合いか。ノワールのシルエット違いみたいなナリしてっけど」

「実はあいつの格好は俺の影響だ」

「ねえわ」

「まあ、嘘だが。──俺は羽黒。しがない雑貨屋のオーナーだ。この街の人払いを請け負っている」


(さっきの吸血鬼の契約者か、なるほどな)

 妙な術式で住人を避難させていたのもこの男だったようだ。見かけによらぬ繊細な術式は意外だったが、隙のない身のこなしも、こちらを丁寧に観察して状況とのすり合わせを行なっている態度も嫌いじゃない。

 何より──強い。


「疾だ」


 だから、敢えて名乗ってみる。あっさりと握手に応じた羽黒に、ちょっとした冗談を口にする。


「あんた、相当できるな」

「何だよ」

「いや、試しに五、六回殺してみようとしたんだが、全然隙がねえから。何の準備もなしに殺り合うのは骨が折れそうだ」

「何しようとしてくれてんだこのクソガキ。最近の若者は怖いねえ」


 冗談めかせて肩をすくめるだけで、挑発に応じるわけでも笑い飛ばすわけでもない。話ができそうな相手が出てきて疾も気分は悪くない。


「で、何の用だ? ノワールに用があったんなら、さっき出て行ったぞ」

「いや、別に用があったわけじゃねえよ。珍しくあいつがこっちに来てるみてえだったから、ちょっと嫌がら――顔を見ておこうと思ってな」


 軽く嘯くと、羽黒の目が楽しげな色を過らせた。


「なあ、疾。空を飛ぶ術は持ってるか」

「あ? それくらいなら、この虎が飛べるぜ」

「マジか、そいつは上等だ。なら……ちょっとあの艦、落としにいかね? あとで一杯奢るからよ」


 そして、さらりと疾に、そんな楽しそうな提案をするのだった。




 ノワールが動くのなら、別に放っておいても良い。

 羽黒の提案を聞くまではそう思っていたものの、この男を見極めるのに悪くない提案だったので、乗ることにした。主以外は乗せたくないなどとごねるハクを脅迫半ばに黙らせ、二人乗りで戦艦へと向かう。


「つうか、堕とすっつってもどーする気だ? アレの情報とか持ってねえぞ」

「あー、適当に動力源破壊すりゃいんじゃね?」

「お前馬鹿なのか?」


 動力源どころか戦艦内の見取り図もないのにいきなり突っ込む気でいるらしい。よほど実力に自信があるのか、ただのバカなのかどっちだ。


「だったらここから魔力ぶっ放して堕とせよ。その無駄に多い魔力は木偶か?」


 羽黒が身に纏う魔力の量は決して少なくない。8割も使えば戦艦くらい堕とせるだろう。どこにあるか分からない動力源の操作なんて手間は必要ない。

 しかし、羽黒は疾の揶揄にあっさりと頷いた。


「あー、近い。この魔力を封じんのが俺の役目でね、せいぜい治癒にしか使えないわ」


 その言葉に目を凝らすと、確かに白銀もみじの魔力と何かを混ぜ合わせたような奇妙な魔力回路は、奥深くに押し込められて閉じられている。


「吸血鬼の力を血を媒介に封印して使役? 物好きだな。ま、あの気味悪ぃほどの治癒力は便利かもしれんが」

「失敬な、アレは俺の女だぜ。あと、治癒といっても骨折直すのが関の山だ、吸血鬼みたいな欠損の回復は無理」

「物好き通り過ぎて酔狂か」


 吸血鬼の力をその身に封印して、主従関係をもって使役していたわけだ。放出ができないということは、封印が主体なのだろう。勿体ない話だが、世のため人のためではある。後ついでに、現状この街の存亡にも関わっている問題でもある。


「つうか、ノワールに言うなよそれ。アレが発射される前に街が消し飛ぶぜ」

「あーそれな。一応警告したけど、そういや2人とも今街にいるんだった」

「阿呆か、馬鹿じゃねえのお前」


 思わず罵倒を浴びせるも、羽黒は楽しそうに軽薄に笑うだけだった。


「いやはや、もみじとあいつの殺し合いとか、ちょっと見てみてー気はすっけど。あいつここの管理者だろ? 流石にこの状況で喧嘩ふっかけるほど理性すっ飛んではなかったぜ」

「……へえ?」


 あのノワール相手に、弁舌でのコントロールを行なってみせたようだ。最近特に頭に血が昇りやすいあの半人半鬼を言いくるめたという事実に、疾の中の警戒が一段階上がる。

 そして、もう一つ。

 先程魔力を視たときに気付いたもう1つを確認すべく、疾は右手の銃を遠慮なく撃った。


 ガキィン!


 いやに硬質な音が響き、眉間に吸い込まれていった弾が弾かれる。


「何の躊躇いもなく急所攻撃しやがったなこのクソガキ」

「それも吸血鬼の恩恵? ちげえよな」

「龍鱗、で通じるか?」


 龍鱗。

 龍を殺す際に龍の血を全身に浴びることで、龍の鱗を擬似的に得る。魔術的にも物理的にも高い防御を宿す最強の鎧ではあるが、手に入れる手段そのものが冒涜的であるが故に忌避される。現に、仲間に龍をもつ白虎が静かに殺気立っていた。


(うるせえ)


「吸血鬼の力封じた龍殺しって、ウケでも狙ってんのか?」

「いやはや、人生は小説より奇なりとはよく言ったもんでな」


 一言で鎮めさせつつ、疾は観察する。魔力の流れからその仕組みを逆算しつつ、面白半分に返した。


「で、他になんかオプションでもあんのか?」

「いやあ、流石に俺でもこれ以上お前さんに誇れるものはないかな」

「そーかそーか」


 良いことを思いついた疾は、振り返る。全貌がギリギリ見て取れる距離にまで近付いた戦艦に目を凝らすと、後ろ3分の1くらいの位置にハッチが見えた。魔力が着々と溜まっている主砲は、前3分の1くらいの位置にある。


「おー、流石の本拠地、大したもんじゃねえの」

「ま、デケエのは確かだな」


 楽しそうな羽黒に疾が相槌を打つと、いやいやと反論が返ってきた。


「それもだけど、このすげー複雑な防御装置も大したもんじゃね?」

「あ? あー……まあそうだな」


 そちらはそちらでもちろん興味はあるし、現在進行形で頭の片隅で解析は進めている。が、思いついた悪巧みの方が遥かに楽しいので、思考の大半はそちらに割いている。そのため反応が薄くなってしまったのを、羽黒に訝しまれる。


「何だ、微妙な反応だな」

「いや、ノワールの無駄に細かすぎる結界に比べれば普通じゃねえかと」

「あれはもはや趣味の域だろ、比べる相手が間違ってるわ。力押し上等な魔王がこれを作ったんだぞ?」

「だからノワールじゃねえか」


 堂々巡りのやり取りではぐらかしつつ、疾は距離や強度を測って虎に伝えていく。色好い返事が返ってきたので、早速実行に移る事にした。


「さて、どう突入する?」

「あー。あちらさんから招いてくれればいいんだが、そうじゃねーとなると、俺としては力尽くの正面突破が性に合うな」


 実に予想通りの返事が返ってきた所で、疾はさりげなく右手を後ろに回した。


「そーかそーか。んじゃ」


 身体強化魔術発動。

 関節技の要領で掴んだ手首を返して、羽黒のデッカい図体をひっくり返し、宙空へ放り出す。


「へ?」

「FIRE」


 合図に忠実に、虎が豪風を羽黒に叩き付けた。

 轟ッという音と共に、羽黒が消える。ついでに魔術は片端から壊しておく。


「うおぉおおおおっ!?」


 ドップラーな悲鳴から1秒とたたず。


 ——ずどおぉおおおおおおん!!!


 物凄い音を立てて、ハッチの辺りに煙が上がった。


「おーし、上手くいったな」

 ようやく楽しくなってきた。


 口端を吊り上げた疾は、虎に乗ったままハッチに近寄る。見れば内部はトラップが大量に仕掛けられているようだ。見張り番もいたらしく、羽黒は既に戦闘に入った模様。


「さあて、と」


 両手に改めて銃を喚び出し、羽黒ごと撃ち抜く勢いで、連続で引き金を引く。


「うぉい!?」


 悲鳴と同時に魔術トラップを破壊して、疾は虎の背を蹴った。


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