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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
12章 紅晴の守護者
203/232

203 術者の少女

 とはいえ、第一に行うべき判断には変わりがない。

 外部の術者、街の術者の動線を把握した上で、疾は白蟻が密集している地区へと移動した。


『殲滅しますか?』

「なわけねえだろ。さっきのやりとりをもう忘れたのか、鳥頭」

『鳥頭じゃありません!!!』


 セキのすっとぼけた問いかけに返しながら、疾は丁寧に魔術を組み立てる。視線は遠くに置いたまま、足元へと魔力を集めた。


 じわ……と、足元に赤い陣が浮かび上がる。


 それは地脈を伝うように這い広がり、白蟻達を包囲する。じり……と、白蟻が怯えたように遠ざかっていくのを、じわじわと追いかけた。追い立てられるように、白蟻達が移動していく。

 それに気づいた術者達が、チラチラと疾を見ながらも避難誘導を再開した。少しずつ移動していく白蟻に合わせて道路を舗装し、通れるようになった地区から住民が避難していく。

 それを横目に、疾は一帯で未だ雑魚掃除に夢中になっている術者達のいる場所へと移動する。群がる白蟻相手に術を使って順繰りに吹き飛ばしていく術の威力に疾は目を細めた。


(……強化されている?)


 見る限り、白蟻は術者達の一撃で消し飛ばせるほど脆くはない。明らかに彼らの実力を上乗せする何らかの効果が発揮されている。意識して目を凝らすと、場に満ちる風変わりな術式が見えた。

 妖を衰弱させ、術者を強化する。それ自体は珍しくはないが、その術式そのものが風変わりだ。結界に魔力を濃密に注ぎ込み、力尽くで妖気を押し出している。この副次作用としてやたらと白蟻が集中しているが、別の術者達による戦闘で補われている……といったところか。

 疾とはとことん相性が悪そうな、魔力コスト最悪の結界である。しかもこの長時間の戦闘中に維持していることを考えれば、ノワール寄りの術者だ。本当に、何故これまで表に出てこなかったのかと疑問に思いながら、疾は少し好奇心に駆られて戦場を覗き込んだ。


 そこにいたのは、疾よりも年下の少女だった。楓と同じくらいだろうか。


 黒髪を一つに結い上げた細身の少女は、身軽さを利用して縦横無尽に動き回り、大柄の眷属を翻弄していた。巨大な棍を振るう相手に細身に似合わぬ日本刀一本で応戦し、間に術式を組み込んで着実にダメージを稼いでいる。


(……)


 戦闘の勘はかなり良い。これだけの術を維持しながら、魔王の眷属を相手に近距離戦で互角の戦いをしている。しかも、近づいて分かったが、この少女はさらに上級魔術にも匹敵する術式を編み上げつつある。消耗させた上で直撃すれば、魔王眷属といえども致命傷は必至に見えた。

 その技能自体は、疾から見ても評価に値するもの……なのだが。

 疾は、無言で目を細めた。


(……なるほど)


 その身に負った傷、魔力の消耗度、そして何よりも、戦闘の節々に垣間見える無鉄砲さ。


「セイ」

『はい』

「あれを選ばなかったのは、そういうことか?」

『……はい』

「だろうな」


 失望の溜息を吐いて、今まさに完成した術式を発動させた少女を醒めた目で眺める。


「守護の聖獣にとって、あんなつまらないものはねえ」


 ──成功したはずの術式が直撃して、しかし眷属はまだ動いていた。


 膝をついた少女が身動ぐが、疾は動かない。最期の力を振り絞って敵を滅ぼそうとする眷属の方が、疾としては好ましいほどだ。


(アホくさ)

『……主。それでも、彼女もまた我等の守護すべき子です』

「自分で動く気は無いのに?」

『我らの力では間に合いませぬ』

「抜け抜けと言いやがる」


 悪態をつきながら、疾は銃を構えた。今まさに棍を振り下ろし少女を肉塊に変えようとしている眷属に照準を合わせる。


「っ、……ガキ、誇って良いぜ。人間で蟻天将を、ここまで追い詰めた、初めての術者、殉職、ってな。……じゃーな、土産に死ねや」

「生憎と、テメーみてえなウスノロに持たせる土産はねえな」



 異能の銃弾が頭と心臓を破壊し、ぐちゃりと崩れ落ちるように眷属は消えた。

(……一発で十分だったな)

 本当に最期の力を振り絞っていただけだったようで、思った以上に脆かった。少しは抵抗してくるかと期待したのだが、肩透かしだ。

 少女がこちらを向いて、目を見開いた。人の容姿に意識を奪われているらしい。さてどうするかと目を細める。

(このタイプは、何言っても止まろうとしねえんだよなぁ)

 魔力切れ、満身創痍、おまけに体力も枯渇していそうな少女に、これ以上の戦闘は無理だ。本人は戦闘の興奮で自覚は薄そうだが、傷の状態を見るに早めに処置をして病院に放り込まないと命に関わる可能性がある。

 が、先ほどの戦いようを見れば、少女としてはそれこそが本望なのだ。このまま傷だらけの体を引き摺って戦闘に戻ろうとするだろう。説得が通用するレベルは超えている。死んでもいいと戦う死兵ではない。死ぬために戦いの場に来る自殺志願者だ。

(……めんどくさ)

 疾はこの手の自滅感情の強い輩は嫌いだ。しかもこれだけ才能があり紅晴の守護者としての適性があるというのに、何に思い詰めているのかは知らないが自らその資格をぶん投げているとくれば、私怨込みだが見ているだけで苛立たしい。いちいち少女のために策を巡らせるのすら面倒で、いつも通り適当に煽って自滅させることにする。


「おい、くたばりぞこない。ぼけっとしてる余裕があるなら働け」

「誰だ……?」

「お前のようなくたばりぞこないに名乗る価値もねえな。何だそのザマは、見苦しいにも程がある」


 少女の表情が強張り、すぐに険しくなる。あからさまな虚勢を鼻で笑った。


「……何を、分かったような口を」


 少女の瞳に怒りが宿る。自分の抱える矛盾に向き合えていないのか、事実の指摘に過剰なほど反応した。そうでなければ、この挑発は意味がないのだが。


「命の恩人に対して随分な態度だなあ? ……ああ、そうか。礼を言う事じゃねえからか。折角相打ちになりかけてたもんなあ? 任務中の殉職なら、誰もが惜しみ感謝する。手柄を横取りされ、死に場まで奪われれば恨み言しか出てこねえよな、悪い悪い……とでも言うと思ったか? くっだらねえ」

「……!」

「本当の事を言われて怒ったか? 馬鹿なガキはこれだからな。俺に言わせれば、お前は死に場所を探して周囲に迷惑を撒き散らす害悪だ。化け物とか言ってたが、格好付けるんじゃねえよ。お前の愚かさが全ての元凶だろうが」

「知った口を聞くな!」


 声を荒げて言い返してくるが、もちろん少女の背景など知らない。興味もない。それはお互い様である。が、考え違いに関しては言わざるを得ない。


「何が違う? どこの家の人間か知らんが、街の守護を担う術者のなり損ない。守護ってのはな、都合の良い死に場所じゃねえ。何が起ころうとこの街を沈ませねえ、一般人を死なせねえ、それが最優先される」

「そうだ、だから——」

「だから命をかけてでも、か? それが愚かだって言ってるんだよ」


 銃を手の内で回し、疾は少女を見下ろした。薄く笑いが口元に浮かぶ。


「今回の襲撃が終わっても、この特殊な街は多方面から狙われ続ける。どれ程多くの人間が体張って守ってるのか、お前の方が詳しいだろう。なあ、くたばりぞこない。お前が死んだら、そのしわ寄せはどこへ行く」


 少女が初めて気付いたように顔を強張らせた。この街の術者は比較的多いが、それでも年端もいかない少女が魔王襲撃に駆り出される程度には余裕がない。その状態で、死ぬために戦場に出てくる人材というのがどれだけリスクが高く扱いづらいか、本人が自覚しなければカバーする周囲が死ぬばかりだ。それを正しく自責出来なければ、負の循環を描く。

 疾としては、そんな死ぬほど迷惑な展開はごめん被る。


「大体、ここでお前がここで無様にへたばってるだけでも良い迷惑だ。外部の術者が街の人間を避難させてるの、知らねえのか? 血の臭いに惹かれた白蟻どもが誘導と違う方へ動き、一般人と遭遇したら全て台無しだな」

「…………」

「今まで必死になって守っていた一般人が、お前のせいで死ぬ訳だ。それはお前が化け物だからじゃねえ、考え無しのガキが失態を犯したってだけだ」


 冷めた視線で少女を見据え、青年は口元を歪めた。


「自分の限界も見極めの付かん、力に振り回されてるガキなんざ、その辺で白蟻駆除に苦戦してる術者よりよっぽど足手纏いだ。そうやって地べたに這いつくばってるのがお似合いだぜ、負け犬」

「っの……黙れ!」


 少女が怒りに任せて飛びかかってくるのを、勢いを乗せて地面に一回転して叩き落とす。血を吐いた少女が起き上がれなくなったのを確認して、疾は視線を外した。


(……ほんと、面倒臭い)

 疾の言葉がどの程度頭に残っているのかといえば、おそらくほぼ残っていないだろう。今後は魔女に使い場所をよくよく考えさせる必要がある。

 この手のタイプはなまじ腕があるくせに自己防衛を一切しないため、一部のやる気はないくせにプライドだけは高い阿呆に利用されやすい。周囲を巻き込むだけでなく、腐敗させるリスクがあるのだ。かといって単独投入すると敵を倒しきれずに中途半端に死ぬ可能性もあるため、配置にもの凄く気を使うのである。

 まあ、中学生かそこらの子供を戦場投入しなければならない環境に問題があるといえばあるのかもしれないが。その辺は基本単独戦闘しかしない疾には興味がない。

 なんにせよ、とりあえず後は止血でもして病院に運び込めば一応生き残るだろう。運搬を任せる相手の候補として、先ほどからこちらに視線を当て続けてきている「相手」に声をかけた。



「さーて、大将はいつお出ましなんだろうな。漂ってくる妖力からして、相当期待出来そうなんだが。なあ、そう思わないか?」




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