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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
12章 紅晴の守護者
202/232

202 世界精霊

 動くと決めたら、早い方がいい。

 そう判断した疾は、改めて端末を操作し始める。


「あれ、主、動かないんですか?」

「情報の精査は必要だろ。後、報連相」

「ほうれん草??」

「そっちじゃねえ」


 すっとぼけた幼女の声に辟易しつつも、疾はキーボードを絶え間なく操作する。秒単位で画面が切り替わっていくのをしばらくじっと見つめてから、手を止めて端末に手を伸ばした。


『もしもし?』

「今から言う条件を呑み込むなら、手を貸してやらんでもない」


 えっと声を上げかけたセキをひと睨みで黙らせ、疾は交渉を開始する。こちらの都合はともかく、あくまで外部の異能者という立ち位置を捨てる気がない疾にとって、無償で四家を助けてやる義理はない。しかも四神のせいで妙な期待を持たれている以上、線引きは必須だ。


「ひとつ、こっちの指示には最優先で従え。ひとつ、普段のお前らの守護任務には一切付き合わん。ひとつ、手を貸してやるのは俺の仕事に関わる時と、必要と判断した時だけだ。ひとつ、手を貸した場合は対価を頂く。これら全て頷くなら、仕方ねえから動いてやる」


 案の定怒鳴り散らしてきた阿呆もいたが、魔女もこちらの要求内容は理解している。かなり不承不承と言った様子だったが、交渉成立。言い値での依頼業務という体裁をとった。


「主……」

「さっきの内情を全術者に詳らかにするってならともかく、四神と勝手に契約した余所者の助力ってことにするなら必要だろうが」


 もの言いたげなセイを一刀両断して、続いて端末を操作する。あまり思い出したくもない番号に通話をかけるが──なぜか、通じない。


「……」


 眉を寄せて、端末に組み込んである魔力を回線とした通話を行うが、再び弾かれる。

(偶然か故意か……不具合の可能性が一番高いっつうのがな……)

 単細胞がすぎて何をしでかすかわからないあの馬鹿を、最低限でいいので手綱握ってコントロールしておきたかったのだが。わざとかただのバグか、疾からの連絡を一切遮断していやがる同僚に、舌打ちをこぼす。


「……後で利用するか」

「何にですか……?」


 セキが恐る恐る聞いてきたが、答えない。何に使うかは今後の展開次第である。鬼狩りとしての業務を放り捨てたという体で利用し尽くしてくれる、というのは決定事項だが。


「さて行くか」

「その前に」


 セイが疾に、コップを差し出してきた。眉を寄せて見返す疾に、にこりと微笑んで言う。


「玄武が出した条件の一つです。主の魔力を整えるため、私と玄武が力を注ぎました。どうぞ」

「…………」


 確かにそれぞれの力を感じる。感じるのだが。キッパリ無臭の、一見水にしか見えないそれを無言で眺めながら、もう少し別の方法はなかったのかと疾は内心で思う。


(これはこっちの問題ではあるけどもな……)

「主?」


 動かない疾を不思議に思ったのか、セイが首を傾げた。しばらく考えて、疾はとりあえず言葉を返す。


黄泉竈食(よもつへぐい)じゃねえの、これ」

「ああ、なるほど……この場合は霊薬と認識していただければ」

「言ってる意味分かってんのか?」

「我らは、主にそれだけの価値を見出しておりますから」


 そう言って微笑むセイに偽りの気配はない。かと言って信頼できるわけでもないが。


「……」


 眉を寄せて水を見下ろし、疾は小さくため息をついて腹を決めた。一息で煽る。わずかに苦味があるが、ほぼ無味の水だ。けれど、飲んだ側から疾の体の怠さは軽くなっていった。無意識に息を吐き出す。


「……行くぞ」

「はい」


 言葉と同時、四神の姿が消える。人型から本来の姿を縮小した形に戻ったのを確認して、疾は部屋を出た。

 肌にひりつくような瘴気と妖気と、殺気。濃密な土の匂いと、混じる鉄錆の匂い。戦場の気配に、疾の意識が切り替わる。


「──一般人の退避は一部を除き順調か。まずはこっちをどうにかするぞ」

「門崎の援護では?」

「直接の援護よりもこっちが先だ。術者は足止めで手一杯のようだしな」


 画像でも確認した門崎の術者による対幹部級戦は膠着している。既に長期戦になっているが、互いに決め手に欠けるのか消耗戦となっている。それはまあ、幹部級相手に単独で消耗戦が出来るだけなかなかの術者だと評価すべきであり、いるならもっと早く表に出せだとか思うところは多々あるが、その分他に戦力を割けるという意味で街の守護に一役買っているのは確かだ。


「役割分担が雑過ぎだ」


 問題は、幹部級を縫い留めている者以外の術者が、幹部級が率いている雑魚処理に夢中になってしまっているせいで、その地区の避難に支障をきたしている現状だ。戦闘区画の避難が進まないというのは、上空に馬鹿でかい戦艦を抱えてる現状では非常によろしくない。


「白蟻の形をとっている以上、基本は虫と同じ特性があると認識していいんだろうな」

「おそらく」

「なら良い、移動するぞ」


 答えを待たず、疾は駆け出した。否、駆け出そうとした。



「──はいはい、ちょっと待ってくださいよぅ」


 

 風が、疾の目前を走る。

 咄嗟に銃を構えた疾の前、風が質量を持ち、人型をとった。

 薄い緑色の髪に青い瞳。背は百九十センチに届く、西欧人らしい顔立ちの人型をしたそれは、にこやかに声を出した。


「どーもどーもぉ、風精霊の法界院誘薙でーっす!」

「…………」


 警戒を浮かべていた疾の目が、胡乱なものに変わる。空気が冷めたのにも構わず、誘薙と名乗ったそれはペラペラと喋り出す。


「初めましてですねぇ、僕はあっちの山の麓で普段は雑貨屋「活力の風」を営んでますよぉ。食料品、生活雑貨から武器までなんでもござれ! お困りの時はいつでもお声掛けくださいねぇ!」

「セールスに(かかずら)ってる暇はねえよ」


 そう言って踵を返した疾に、誘薙はちょっと慌てた様子で続ける。


「待ってくださいよぉ、せっかちですねえ。売り込みじゃないですよぅ、ただの自己紹介じゃないですかぁ」

「ならとっとと肝心の自己紹介をしろ、風精霊」

「つれないなぁ……」


 戯言をぼやく誘薙に肩越しの冷めた目を向けていた疾は、次の言葉で目つきを一変させることになる。


「では改めて──世界の守護者たる風精霊より、新たな守護者たる君にお願い事に来ましたよぅ」

「──」


 それこそ、戯言のような大言壮語。

 だが、疾はゆっくりと体の向きを変えて、誘薙と向き合った。

 誘薙はにっこりと笑った後、表情を引き締める。


「用件は手短に。──君には今回、あんまり活躍してもらっちゃあ困るんですよねえ」

「……理由は」

「魔王を倒すのは、勇者じゃなきゃねえ」

「…………」


 御伽話のような言葉を切って捨てないくらいには、疾も伊達に異世界を旅していない。


「なら、とっとと勇者を選定して動かせば良い話だろ。それとも、勇者の冒険譚の冒頭らしく、この街は魔王に最初に滅ぼされた街になって欲しいっつう話か?」

「っ」


 セキが身動いだ。セイも何かを言いかけたのを、疾は軽く手を上げて止める。


「すっかり契約者として板についていますねえ」

「戯言はいい。で? 返答如何ではこっちの行動が変わるが」


 にべもなく応じる疾に、四神も気配を尖らせた。それを受けても誘薙の態度は変わらない。


「いえいえ、この街を犠牲にする予定はありませんよう。ただこの街はちょっと特殊ですからねえ、この街で問題解決といきたいところですぅ」


 にっこりと笑う誘薙に偽りはなさそうだが、疾は眉間に皺を寄せた。


「……俺を止めるのは部外者だからか?」

「いえいえ。勇者の当てがあり、勇者がいるならば活躍してもらわないとねえ。今回は君は裏方に徹してもらいたいんですよぅ」

「具体的な条件を提示しろ」


 当然のように大上段から言い放つ疾に、誘薙はわずかに苦笑しながらも続ける。


「先ほども言ったように、表向きには基本活躍しないことですねえ。今回の侵略では、被害を出さないの最優先ですからぁ。君の暴れぶりは少し僕も知っていますけどぅ、街の守護と言いつつ街に被害を出すのはダメですよぉ」

「……」


 なんか、とても面倒なことを言い出した。

(だっる……)

 赤子をあやすかの如き守護をお求めらしい。切実に、他を当たれと言いたい。

 なんとなく、一気に気分が冷めた疾は、一度銃をしまった。ポケットに左手を突っ込みながら、げんなりとした口調で返す。


「へえ、適当なバックアップだけで魔王襲撃が退けられるほどと、世界精霊殿の高評価が街の術者へ向けられてるとは驚いた。俺から見れば腰の重くて頭の硬い連中の寄り合いだがな」

「君は噂通り、辛口評価なんですねぇ……」


 誘薙が微妙に笑顔を引き攣らせたが、疾は構わない。この短期間で疾の術者たちに対する評価は変わったが、理由を明かせない以上は表向きの態度はほぼ変える予定はない。不足が目立つのも事実ではあるのだし。


「まあ、術者だけならまだしもですねぇ、今回は外部の協力者がいますぅ。その関係もありますよぅ」

「……避難誘導してる連中のことか」

「その大元締めさんですねぇ。どちらかといえば今回は、彼のコントロールをお願いしたいところですよぅ」

「……」


 目を細める疾に、誘薙はそれ以上何も言わない。これ以上は疾自身が情報を集めろ、ということか。


「……まあいい、今回は了承した」


 四神を率いて守護者の真似事をする以上、世界の柱とも言える大精霊の願いを無碍にするわけにはいかないのだ。彼らの願いは総じて、この世界の守りの為である──紅晴の守りの為と、必ずしも一致するわけでもないが。

 軽く手を上げて、疾は今度こそ踵を返した。バックアップメインでやれというのなら、疾のするべきことはかなり絞られる。つまらない仕事だが、引き受けた以上は仕方がない。


「今後ともどうぞよろしくお願いしますよぅ」

「これが最後になって欲しいもんだがな」


 そう返して、疾は歩き出す。

 背後で風が吹き、精霊の気配が消えた。


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