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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
12章 紅晴の守護者
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196 土地神と冥府と、契約

「随分と楽しい事態になったな」

「いくらなんでも楽しくはねえよ」


 もはや正体不明の言霊は後回しになる程の事態を受けて、三人は一度冥府へ戻った。示し合わせたわけではないが、フレアへの報告は瑠依と竜胆が赴き、疾は冥官への報告へ向かった。

 いつもの白い空間に招かれて早々の戯言に疾は思わず言い返したが、どこ吹く風で冥官は笑っている。


「冥府の官吏が鬼を従えることはままあるが、神獣を従えるのは過去にも例がないなあ」

「あってたまるかよ、つーか何故可能になってんのか不思議なんだが?」


 冥府の役人には、現世との境界が曖昧にならないよう線引きを行うという重要な役割がある。現世の魂が冥府に着く前に地獄に迷い込まないよう、地獄の亡者が現世に逃げ出さないよう、冥府にあるはずの魂が現世に彷徨い出ないよう、監視し、管理し、時に回収に向かう。主に死神の管轄だが、場合によっては鬼狩りが駆り出される。

 冥府側の責任者は冥府を司る冥王であり、現世側の責任者は道反大神という天津神だ。だからこそ、冥府の役人は神に触れないし、神は冥府の役人に触れない。互いが関わった分だけ境界が曖昧になってしまうからだ。

 よって今回も疾が明確に線引きした以上、神獣には手出し出来ないはずなのだが。


「まあ、紅晴の土地神は特殊だからな」

「神と名を冠すれば理に例外はないはずだろうが」

「うん、まあ、だからこそというべきかな」

「は?」


 疾が眉を寄せるも、冥官は何も言わない。説明する気はないらしい。内心舌打ちしながら、疾は腕を組んだ。


「……で。本契約ではないが、仮契約でも十分面倒な状況だろう。冥府としてどうなんだこれは」

「おや、本契約はしていないのか?」

「してたまるか阿呆、つーかそもそも出来ねえよ」


 竜胆に止められて少し冷静になった疾が真っ先に行ったのは、契約内容の確認だ。流石に一方通行で結ばれた為か仮契約状態になっており、疾側の制約はかなり緩い。これがもし本契約──疾からの魔力供給で四神の現世顕現を維持する形になっていたら、疾は今頃魔力枯渇で死んでいる。

 そう思っての反論だったが、冥官は首を横に振った。


「出来ないことはないぞ? 四神は土地神の眷属だから、魔力供給源はあくまで紅晴の地脈だ。本契約を交わしてもそれは変わらないままで、魔力的負担はほぼない」

「あるんじゃねえかよ」

「普段から魔術を乱発する疾の無茶よりはずっと軽いよ」


 さらりと告げられた言葉に、疾は束の間黙らざるを得なかった。その間にも冥官が言葉を続ける。


「一気に四体と契約をして起こる魔力の変化が体に負担となることもあるが、仮契約が成り立っている現時点で問題がない。つまり、本契約は可能不可能で言えば可能だ」

「……ひとまずは納得した。けど、問題はそこじゃねえだろ」

「うーん、まあそうなんだけどな」


 頷きながらも、冥官の微笑みを浮かべた顔に動揺や焦りはない。報告に来た最初から、冥官は疾の予想に反して落ち着き払ったままだが、その理由がわからない。

 冥府について疾が持つ知識は、ほとんどが冥官から与えられたものだ。その知識に沿って判断すれば、間違いなく今回の件は前代未聞の大事件であるはず──なのに、この温度差はなんだ。

 訝しげな疾の眼差しに気づいた冥官は、笑みを浮かべたまま首を傾げる。


「冥府と神々の関係を心配しているのなら、ある意味今更だから気にしなくていいぞ」

「どういう意味だ」

「神の管轄である人間を冥府の役人にしている時点でかなりのグレーゾーンじゃないか。俺も獄卒の仕事は鬼どもに委託している。今の冥王は割とそのあたり寛容だよ」

「……」


 疾は無言で目を細めた。説明の一つ一つは一応筋が通っているが、明らかにはぐらかされている。鬼と神を同列に並べるなんて雑な言い訳を持ってきている時点であからさまだ。

 疾の視線を受けて、冥官は少し首を傾げた。


「納得がいかないようだな」

「一から十まで納得してねえよ」

「そうか、それは意外だな」

「はあ?」


 やや胡乱げな目をした疾に、冥官は微笑んだままさらりと言う。


「四神はこれ以上ないほどの、疾が追い求めていた「力」だろう?」

「……」

「てっきり、喜んで本契約まで交わすと思っていたけどな」


 冥官の言葉に、疾は顔を顰めて息を吐き出した。


「……あのな」

「お前が紅晴に来た理由は魔力だろう」


 当たり前のように指摘されたが、疾がそれを明言したことはない。相変わらず見透かされていることはとりあえず棚に上げるとして、疾は腕を組んで冥官を睨みつける。


「特異点を利用したことは事実だし、その目的も確かに魔力だがな」

「なら、魔力消費なく四神の力を揮えると言うのは、願ったり叶ったりじゃないか」

「なわけあるか」


 疾が吐き捨てた。目を眇めたまま、余裕綽々の冥官に一つ一つ事実を並べ立てる。


「そもそも四神は紅晴の守護獣だ。加えて土地神の眷属でもある。つまり奴らが力を振るうのは紅晴の守護のため──どれほど拡大解釈しようと、この街の中でしか使えないっつう「縛り」がある」


 それは土地を治める神の権限が絶大が故の理。天神地祇の領分を踏み越えないための定めでもあるが、いずれにせよ四神の権限は紅晴でしか通用しない。


「俺の主戦場はここじゃねえ……つうかあんたの仕事だって、異界だの地獄だの堕ち神だのと紅晴の外ばかりだろうが。ほぼ使えねえよ」


 疾が最も欲する戦場で使えない魔力が増えたところでメリットは限られる。せいぜい魔道具を作るくらいだろうが、それとて「四神」の加護が異世界でも通用するかは非常に怪しい。


「しかも、契約した以上は四神の力は紅晴の守護の為に使うことを求められる。わざわざこの時期に強引に契約を組んできたっつうことは、近々何かしら起こる前兆なんだろうが……ただでさえ忙しいのに、そんな面倒ごとにまで関わってたまるかよ」


 何より疾が煩わしいのはこれだ。そもそも四家との関係を鬱陶しく思っていたところに、さらにあちらがやかましくなりそうな要素を増やされてはうんざりする他ない。今後紅晴にどのような難事が待ち受けているのかは知らないが、疾が巻き込まれてやる義理など欠片もない。


「なるほど。疾は紅晴に何かが起こっても、関わりたくないのか」

「関わりたくねえし、そもそも関わる義理がねえよ」


 鬼狩りとして紅晴の巡回をしていることすら疾としては不本意なのに、守護を任務とする術者たちに手を貸して、四神を率いて守護者の真似事をするなんて、魔法士協会との敵対の最中にしている余裕はない。

 そもそも、そんなことをしてやろうと思うほど、疾は紅晴に対して何ら縁も思い入れも──



 エンモ、オモイイレモ、ナイ──ノカ?



(……?)


 

 疾は眉を寄せる。

 今、何か思考にノイズが混ざったような──



「うん、そういうことなら疾に任せよう」


 柏手と、声が割り込む。

 瞬いた疾は、すでにほんの一瞬の違和感を忘却していた。


「はあ?」

「本契約をして紅晴の守護に手を貸すもよし、仮契約を維持して傍観者でいるもよし。術者との折衝も、今後起きうる事件への対応も疾に一任しよう。──ただし仮契約の強制破棄はしないし、紅晴を捨てるのもなしだ。これは命令とする」

「っ」


 一瞬喉元によぎった熱が、疾の反論を奪った。顔を顰め、疾は組んでいた腕を解いて大きく息を吐き出した。


「……面倒ごと丸投げかよ」

「まあそこは仕方ないさ。疾が仮契約を結んでしまった以上、縁はどうしても出来てしまう。本気で拒絶するのなら、相応の覚悟がいるのは分かっているんだろう?」

「…………」


 本当に、これだからこの人外は嫌なのだ。何も言う気になれずに踵を返した疾は、背中から冥官に声をかけられた。


「ああ、そうだ。ついでにフレアにも決定を伝えておいてくれ。俺からの言伝だと言っていい」

「伝書鳩扱いするんじゃねえよ」

「フレアもちょっと頭に血が昇っているようだから、少し冷ましてやってくれ」


 つまり、どこまでも丸投げというわけである。返事をする気にもならず、疾は一歩踏み出した。


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