195 神という存在
『どうか……っ、ええいこうなったら!』
「……ん?」
「え?」
「あ?」
瑠依達と同様に思わず声を上げて振り返ってしまった疾は、続く言葉に全身を悪寒が襲った。
『──我等四方の守護獣は、此方の人間を今代の契約者と認む!』
(ざけんな!)
「っち!」
身を翻した疾は、ほとんど脊髄反射で呼び出した銃に異能を込めてその言霊を打ち消そうとしたが──異能が、まるでなかったことのように、消え失せた。
「はい!?」
驚愕の声を上げる瑠依と同じというのは癪だが、流石に疾も息を呑まざるをえない。
(なんだ、今のは)
あらゆる異能を打ち消すはずの疾の力が通用しなかった事はこれまでに一度たりともない。例え異世界にいても、それが人外の力であれば全て打ち消せた。ましてや相手は朱雀の言霊、先程まで攻撃手段としてきちんと通用していた異能の銃弾が無効化されるわけがないのだ。
(しかも、今の手応えは何だ……?)
相殺ではない。無効化でもない。
まるで、力そのものを無かったことにされたような──
だが、疾が起きた現象についてこれ以上考察している余地はなかった。
常人にすら見えるほどの力を帯びた光の柱が、東西南北に立ち上る。
「なっ……に」
身の内で鳴り響く警報がうるさいのに、疾は目を見開いて叫ぶことすら出来ず。
地面が、大きく鳴動した。
咄嗟に重心を落としバランスをとった疾は、足元から感じる力の波動に頬を引き攣らせた。
「……おいおい」
流石に、乾いた声が出る。
複数世界であらゆる知識を吸収し、魔法士を相手取りあらゆる魔法を分析し、冥官に引きずられるままこの世とあの世の理にすら触れた疾だが、それでも目の前の事象がすぐには受け止められない。
「なぁ竜胆……俺の気のせいか? ……この地脈、奴らの力が波打ってやがる」
「……気のせいだったら、良かったけどなあ」
半ば現実逃避気味に言葉にしたものの、返ってきたのは同じような反応だ。いっそ自分一人が幻惑させられていたのならどれだけ良かったかと、疾は天を仰ぎたい気分になる。
(どうしてこうも……)
ことごとく疾が望まない展開が繰り広げられるのは何故だ。こんな想定外、全然楽しくない。
「え、何? どゆこと?」
未だ何も分かっていない瑠依に、竜胆が自らの知識を確かめるように言葉にしていく。
「……瑠依。地脈にここまで強い影響を与えられるのは、土地神や、四神レベルだ。守護獣である四神が、四方から流した力で地脈を活性化させるというのは、自ら土地に干渉してるって見なせる。ここまでは分かるな?」
「えーと、うん。多分なんとか」
「肝心なのはここからだ。……さっき四神は、力を貸す条件を、なんつった?」
「へ? えーと、守るのは守るけど力を貸すのは契約を結んだ時だけ……え?」
(だよな……)
万が一にも自分の理解が間違っていまいかという儚い願いはもちろん叶わない。瑠依が思い切り顔を引き攣らせて振り返ってくるが、恐ろしいことにこいつが今ジャミングを発しているわけですらないのである。
だというのに、何故、四神は疾との契約条件を満たしてしまっているのか。
「あの……疾?」
「……俺の知る限り、契約ってのは互いの名を呪で縛る、身体の一部を与える、特定の儀式をこなす、これらのうちどれかが必須でな。万が一の可能性も考えて四神の名も口にしてねえし、あっちが俺の名を呼んでないのは確認済。ついでに術的意義を持つ行動も一切とらず、明確に拒絶の言葉を吐くと言った対策も取った。……おい竜胆、説明」
改めて言葉にしてみたが、やはり疾の知識を総動員しても、現状は何かの間違いが起こったとしか言いようがない。つい訊いてしまった疾に、竜胆は困りきった声で返してくる。
「いや……疾より俺の方が術には疎いけど聞く限り間違いは無さそうだし、つか鬼狩りとして叩き込まれた知識的にも、疾の対応は満点なんだけど」
「ほう。じゃあ、なんで、こんな事が起こってる……?」
「俺も知りたい、けど……」
言葉を濁す竜胆に疾が視線を向けると、竜胆はふいと顔を背けて、ボソボソと言った。
「……相手は神様だからな。力尽くで人の運命を縛るくらい、やらかすかもなあ、って……」
「……成る程」
思わず頷く。つまりこれは、神という人に対する絶対の優位性を利用して世界の法則への力づくの干渉、神が縛られるはずの理への抵触スレスレの力技だということだ。
となると、疾が取れる抵抗は。
「やっぱあいつ等消すか」
神ごとなかったことにしてしまう、この一択であるのだが。
「待て、それはまずい!」
「やめたげて!」
堕ちてもいない神を鬼狩りが滅する権限はないと知る竜胆が、瑠依も同意しているのをいいことに全力で阻んできたせいで、大義名分のない疾は、最後には引き留められるしかなかった。




