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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
12章 紅晴の守護者
193/232

193 言霊と神獣

 やや一方的な親子喧嘩も終わり、魔法士教会へは情報操作を仕掛けてから、疾は少しのんびりと学校に通うことにした。予期せず二週間もサボってしまったこともあり、少し出席日数確保がてら休養に時間を費やす。


(はず、だったんだが)


 こいつら問題を運び込むことしか出来ないのだろうか。すぐ隣で繰り広げられている光景を前に、疾はげんなりと思った。

 昼下がりの授業中、何の前触れもなく、街全域に影響するほどの言霊が放たれた。込められた効果がかなり限定的──何故『お座り』なのだろう──だったからいいものの、内容によっては街全体で暴動や虐殺が起こってもおかしくはなかった。

 まあ、起こらなかった「もしも」は置いておくとして。問題は、疾が現在在籍するクラスに効果をモロに受ける奴がいたことである。


「伊巻、煩い。竜胆、大丈夫なのか? 何があった?」

「え……いや、すんません……ってか、な……?」


 イヌ科の妖の血を引く、竜胆である。

 言霊の効果のまま床に座り込む形で拘束されたまま、竜胆は動けない。モロに食らった言霊を力づくで解除するにはなかなかの手間がかかるし、竜胆がやるとおそらく教室の床が抜けるので、動けないことはまぁ仕方ないとする。


「竜胆?」


 問題は、この、とても不思議そうな顔をして竜胆を見下ろす契約者(瑠依)である。


(ど阿呆)


 契約者の場合、ちょっと契約を辿れば竜胆の状態は一目瞭然だ。そうでなくとも、契約者の命令は他のどんな言霊よりも優先される。瑠依が一言「立て」と命令すれば言霊は解除されるというのに、状況も把握せずやっと慌て出している。勉強不足の馬鹿ほど手に負えないものはない。というか、今こそジャミングの出番なのだがそれすらない。


(使えねえ……)


 要らない時にジャミングを放って味方を窮地に陥れ、必要な時には一切役に立たないあたり、ただただ迷惑かつ邪魔である。そしてこれ以上放置すると、一般人への情報工作が必要になってしまう。

 うんざりとため息をついて、疾は異能で竜胆を解放しつつ、周りに気づかれない程度に指を鳴らして瑠依に魔術を仕掛ける。


「竜胆! 大丈夫か具合でも悪いのか!?」

「は? いや、もう大丈夫だけど」

「もうって、何かあったんだろ!? どっか痛いのか!?」

「いやだから……ってか瑠依、どうした?」

「一応保健室行こうぜ。ひっくり返ったから手のひら擦ってるし……先生、連れて行きますけど良いですよね?」

「あ……ああ、そうだな。一応診てもらってくると良い」

「え、いやいや、俺別に、」

「いーから、ホラ行くぞ竜胆!」


 適当な台詞を吐かせたが、馬鹿がまともなことを言っているだけでちょっと笑いそうになってしまった疾だった。






 保健医が頻繁にサボることは把握していたので、疾は瑠依を遠隔で操ったまま保健室に避難させ、二人向けに状況の説明をした。案の定瑠依は何もわかっていなかったし、体内の異能の回路は引くほど混線していた。これでどうして体調を崩したり暴走して自滅しないのか、心底不思議である。


(ああいや、自滅しないでジャミング発信っつう形で暴走してるのか……)


 ありとあらゆる意味で大迷惑だが、してやられたと自覚している竜胆は殊勝にも局長に報告したらしい。おそらく手ぐすね引いて報告を待っていただろう女狐は、なぜか疾まで見回りに加わるよう命じたらしい。仕方ないので、後ほど追加請求書を持ち込むと心に決めた。


(なんであの女は、人事権がないっつってんのに俺に命令できると思ってんだろうな……)


 まだまだ体調も本調子ではなく、出来れば異能もあまり使いたくないのだが。まあ言霊の無差別爆撃の原因調査なぞ、竜胆と瑠依で行っても死ぬほど非効率で意味がないという考えも理解はできる。重ね重ね迷惑である。

 とはいえ、疾が取る方法もさほど多くはない。言霊も範囲が広すぎたせいもあり、発生源の大まかなあたりは付けてあるが絞るのは難しい。今から痕跡を辿っての逆探知はほぼ不可能というか「言霊使い」でネット上で探す方が効率的なほどである。

 もう一つの選択肢は人尋ねだ。幸い、これ以上ない適任者がいる。街の守護を担う吉祥寺が、今の今まで放置はまずありえない。何かしら情報は掴んでいるだろうから、対価さえ渡せばある程度は引き出せるはずだ。


(難点は、今の時間帯だと『知識屋の魔女』じゃなく「吉祥寺時期当主」でいやがることだな……古い面子に気を遣わなきゃならねえ分、しがらみに雁字搦めになってて面倒臭え)


 妙なところで遠慮がちな彼女が諸々の面倒な事情への配慮よりもこちらへの情報提供を先んじて行わせるための交渉を公衆の面前で行うとなると、どう想定しても鬱陶しい周囲への牽制含め手間と時間がかかって仕方がないのが億劫である。

 などと、魔女本人が聞いたら頭を抱えそうなことをあれこれ想定しながら、とりあえず吉祥寺の正面突破を意図して移動していた疾だったが──


「──お客様、だな」


 どうやら、そうもいかないらしい。

 自然と口の端が吊り上がるのを自覚しながら、疾は視線を上げた。

 痺れるほどの「力」の気配が近づいてくる。何故かその「力」の持ち主は、初めからこちらに敵意を持っているらしく、四方から包囲するようなそれは疾の肌を泡立たせるほど。

 あまりにも露骨な気配に、さしもの瑠依も気づいたらしい。ひっと息を飲み込む音がした。


「どういう事!? 疾、今度は何やらかした!?」

「瑠依にだけは言われたくない台詞だな」

「何でだよ!?」


 ここで何故と問えるところが、馬鹿の馬鹿たる所以だろう。たった数日前のやらかしすら気前よく棚上げする図々しさに、疾はうっかり感心しかけた。拍手がわりに盾にしてやろう。


「誰のせいとか今はどうでも良いだろうが馬鹿ども! 早く備えろ!」


 竜胆が緊迫した声で警戒を促してくる。言われるまでもなく疾は魔法陣と魔道具を展開し続けているが、未だ呪術具一つ手に取らない瑠依は意味もなく喚いた。


「……もうやだ! 馬鹿じゃねえの!? ヤダもう帰りたい! オフトゥン!!」

「……この状況でもぶれねえな、この馬鹿」

「ホント、なんでこんなのが主なんだろ……」


 人が意識を戦闘に切り替えたい時ほど鬱陶しく喚くのはなんなのだろうか。幸いにも今のところはジャミングが溢れ出ていないが、いざという時には殴って気絶させて竜胆に出来るだけ遠くに運んでもらおう。それが必要になりそうな程度には、今回の相手は疾に危機感を与えてくる。


(まあいい)


 とはいえ疾も少しは慣れて来たので、即座に意識を切り替えた。ゆっくりと笑みを浮かべ、疾は前方を睥睨する。

 挑発も兼ねて、疾は前口上気分で呟いた。


「さてはて。東西南北、四方からのとんでもない気配。昼の騒動と果たして関係があるのやら……何にせよ、随分と大物を引き当てたようだな」


 挑発じみたそれに応えるように、四方に気配が降り立った。



 疾たちを取り囲むように降り立ったのは、四体。


 熱を帯びた羽を広げて空を飛ぶ鳥。

 青く輝く鱗に覆われ宙に浮く東洋の龍。

 白い毛を風に靡かせ佇む虎。

 四肢に蛇を絡ませた亀。

 それぞれが火、木、風、水の魔力を強く漂わせて、大気中の魔力の均衡を強制的に支配していく。

 唯の妖気ではなく、神気すらこぼれ落ちるそれらは、おそらく。


(神獣──それも、四神か)


 朱雀、青龍、白虎、玄武。四方を司る霊獣だ。中央の麒麟とともに、五行思想の象徴でもある彼らは、すでに妖ではなく神に分類される。神使として扱われることも、そのものを神として崇める場合もあるが、さてこの場合はどちらか。

 無言で観察する傍ら、竜胆が瑠依の背を強めに叩いた。


「……瑠依、呑まれるな。ゆっくり息しろ」


 神気に囲まれると、肉食獣から姿を隠す草食獣のように呼吸を忘れてしまう。訓練されていた術者でもこれほどの気配であれば呑まれるものは少なくはない。まして、呪術師としても半人前な瑠依であれば──とは欠片も思わない。なにせ鬼狩りが備えるのは神力であり、本来このような神獣でも堕ちれば狩る役割を与えられる職業だ。そもそもの耐性や優位性を持っているくせに気絶するというのは普通に恥である。つまり瑠依は恥ずかしい奴の予備軍だ。


(いや、元々恥ずかしい奴だったな)

「ぼけっとすんな。てめえの杜撰な呪術を目の当たりにするよりは、よっぽど精神衛生上優しいだろ」

「酷い言われよう!?」

「じゃあ、赤点オールなんて俺には逆立ちしても出来ねえ答案より遥かにマシ」

「うっせ!? 満点取ってる疾の頭がおかしいんだよ!」


 適当に声をかけた疾だったが、すぐに元気一杯いつも通り頭の悪い返答が返ってきたのでよしとする。ひっくり返ってジャミングを発しかねないような生き物がいると手がかかる、というか本当に邪魔である。

 ひとまず完全に元通りになったと判断し、疾は意識を四神へと戻す。こちらが軽口を叩き合っても無反応に、ただただこちらを睨み据えて観察してくる相手へ向けて疾は薄く笑う。


(鬼狩りに用があるのか、俺に用があるのか。さて、どっちだ?)


 相手の反応を見極める必要があると判断し、疾はひとまず鬼狩りとしてのマニュアル通りに対応してやることにした。


「──わざわざ我等の会話をお待ちとは、随分悠長な御構え。我等人間に何用でいらっしゃるのですか?」


 途端、瑠依と竜胆が一斉にこちらへ物凄い顔を向けてくるが、無視した。


『……人間』

「は。冥王より鬼狩りの職務を任ぜられてはおりますが、あくまでも卑小な人間に御座います。名のあるカミとお見受けいたしますが、何故我等に対し然様な敵意を見せていらっしゃるのでしょうか」


 わざとらしく謙って見せれば、四神の気配は疾に集中した。


『心当たりはないと』

「全くもって。我等は現在任務の為、街の警備中で御座います。そちら方の隔意に触れるような真似は一切いたしておりません」


 疾としては割と率直かつ、嘘のない言葉を返した途端。

 四神が、殺気立つ。



『……そうか。ならば、人間──死ね』



 問答もここまでと、四方から一気に距離を詰めてきた。


「──!?」


 恐怖に駆られたか、奇跡のようなタイミングの良さで瑠依が呪術を起動した。神獣を狩りうる力、それも呪いという神にとって最も恐るべき「穢れ」を前に、四神の意識が瑠依へとズレた。


『……呪おうなど、驕った真似を』

「ひっ!? 襲ってきたのそっちじゃん!? 身を守って何が悪いの!?」


 大変素直な答えである。疾はうっかり感心した。敵意をぶつけられてもマイペースに答えられる瑠依は、生存本能の欠如により豪胆さが堂に入っている。

 竜胆もそう思ったのか、警戒は解かないまでも緊張の薄れた声でつぶやいた。


「あ、疾と同じ事言ってら」

「だから言っただろ、人間誰しも我が身が可愛い。自己防衛は正当防衛だ」

「なーんか納得いかねえなー」

「言ってる場合!?」


 瑠依が喚いているが、せいぜい時間稼ぎに喚いてもらいたいところである。


『どけ。ひ弱な人間よ。そなたには用はない。大人しくしていれば、手出しはせぬ』


 その言葉に、疾はつい笑みをこぼした。


(街全域を支配した言霊を打ち消した異能の持ち主に用がある、っつうことか)


 わざわざ神に属するものが、鬼狩りに関わる理由がよくわからなかったのだが。鬼狩りは関係なく、疾個人に用があるらしい。なるほど、これは──面白い。


「へ? ……え、じゃあ俺は帰っt」

『ならぬ。言っただろう、大人しくせよと』

「この流れでも帰る帰ると騒ぐのか……」

「ある意味大物の主で良かったな、竜胆」

「全然嬉しくねえ……」


 神相手にも怖気付かないどころか図々しい要求をかます瑠依と、それに頭を抱える竜胆だが、そもそもこの二人がきっかけの事件でもあるので、疾が巻き込んだどころか巻き込まれた案件だ。貸しひとつとして、自覚がなかろうと取り立てていこうと心に留め置く。


(今は、こっちだ)

『我々を呪おうとした罪、本来ならば万死に値する。が、我々が用があるのはそちらの人間だ。そなたも我々の愛すべき子、成り行き次第では見逃そう』

「成る程。つまり……敵対宣言とみなしてよろしいのですね?」

『その力、危険だ。見逃すわけにはゆかぬ』

「はっ、くっだらねえ理由だな」


 人様の神経を逆撫でるような神獣に、遠慮は不要と疾は鬼狩りとしてではなく、疾個人として応じ出る。


「何百年この地を守っていようが、四神だろうが、所詮は獣レベルの知能しかねえわけだ。俺がどんなチカラを操ろうが、てめえら如きにごちゃごちゃ言われる筋合いあるかよ」

『自分のもののように語るな、我等の守る御方々に与えられた力を……不敬だぞ!』

「んじゃ、てめえらは自分が守ってる尊き存在が与えた力を、その意図を確認すらせず危険だ何だと手前勝手に批評してるわけだ。それこそ不敬の極みだな」

『貴様……!』


 この神獣は神ではなく神の使いであるようだ。であれば、排除したところで神殺しの名は負わない。堕ち神を狩った時点で手遅れではあるが、神を殺すことによる反りなど疾だってお断りである。が、その心配もいらないようで好都合だ。

 よって疾が気前よく言い値で喧嘩を買ってやれば、ジリジリと瑠依を連れて距離を置き始めていた竜胆が勢いよく疾に向き直った。


「は……!? 四神……!?」


 おおよその見当はついても正体までは分かっていなかったらしい。愕然としている竜胆に一瞬だけ視線を向けて、疾は壮絶に笑った。



「獣如きと舌戦繰り広げたって飽きるだけだ。とっととかかってきやがれ、どーぶつ共。人間様が躾けてやるよ」



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