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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
11章 『災厄』
192/232

192 わがまま

「……で。一体、何をしたんだい?」


 疾の検査データを一瞥した医師の、第一声は呆れ切っていた。


「魔力が足りなくなったから、無理やり引き出した」


 率直に報告すると、医者が深く深くため息をつく。


「君、分かっていてやるからタチが悪いよね……」

「即死するよりマシだろ」

「俺の患者こんなのばっかだなあ……」


 どこか遠くを見るように愚痴ってから──患者の前でどうなんだそれは──、医師はニコリと笑った。


「幸い、魔力補充と装置を用いた休養でなんとかなる範囲ではある。けれど後一週間は上級魔術以上は禁止、魔力も半分以下にならないように」

「分かった」

「その『分かった』もどうせ『死にそうにならなければ』、なんだろうけどね。もう少し君は、他に方法がない状況に追い込まれない立ち回りを意識するように」

「……」


 軽く目を細めた疾に、医師は怯まずにのんびりと笑い返してきた。


「そんな顔をしても無駄だよ。君は手数で戦うタイプだろう? 手数不足で命をかけている時点で、君の負けだ。違うかい?」

「……医者の立場で、ずいぶん戦いに詳しいような口を聞くな?」

「そりゃあこの街の術者を治療する立場として、ある程度の知識はあるよ」

(こいつ)


 何が、ある程度だ。元主治医からの情報でも、疾の戦闘スタイルなんて載せられてはいないだろう。疾の身体データや振る舞いだけで行われただろう分析は、戦闘経験がなければ出来ることではない。ここまで言い切るからには、本人もそれなりの修羅場を潜り抜けている。


「不測の事態だから仕方ない、で済ませてはいないかい。俺の知る限り、才のなさも手数の少なさも踏まえた上で、最良の結果を掴みに行く人こそが一番強いよ」

「ご高説どうも。人を救う立場で人を傷つけるための助言ができるとはな」

「何か誤解があるようだが、医療なんて所詮人間のエゴの塊だよ。普段振るっているのはそれこそ刃物だしね」


 疾の皮肉にも小揺るぎもせず、医者としてはかなりギリギリの言葉を口にしたのには流石に笑ってしまった。


「あんた、意外と面白いな」

「おや、それは光栄だ。ま、若者は鬱陶しい年寄りの助言にも少しは耳を傾けておくといいことあるかもよ。じゃあこれ、はい」


 無造作にポイと渡されたそれを受け取り、疾は目を眇めた。


「……手が広いな」

「それは俺たちにとっては最上級の褒め言葉だね」


 にっこり笑っているが、あっさり異世界製の魔道具を投げてよこすのはどうかと思う。


「それは爆発しないらしいのでご自由に。療養中のおもちゃだとでも思ってくれ」

「ガキ扱いにも程があるだろ……ま、もらっとく」


 一応治療の一環である魔道具を玩具扱いしてしまう医者に若干呆れつつ、疾は病院を辞した。






 拠点に戻ると、端末が通知を光らせている。持ち上げてみれば、よく知る番号だった。


(…………)


 着信音が響いた。同じ番号だったので、とりあえず応じる。


『いや兄さん今度は何した』

「番号どうした」

『あんまりにも鬱陶しくジメジメナメクジになってて面倒臭いから、ハッキングしてもらった』

「あっそ……」


 全データ削除かつ端末も回線も暗号通信もすべて変更したのに、二十四時間以内に割り出されてしまった。非常に複雑な気分で疾は応じる。


『で、何があったの? 母さんはまあともかく、父さんまでナメクジなんだけど』

「さあ」

『おおよそやり取りは聞いてるってば。その上で何があったのかって聞いてるんだけど?』


 多大な面倒くささと若干の苛立ちを混ぜ合わせた妹の声に苦笑する。戦闘面では目を覆うしかない才能を見せる妹だが、他者の感情の機微には家族の誰よりも鋭敏だ。


「なあ妹」

『妹って名前じゃないんだけど。何?』

「お互い様だろ。いくら別に住んでるとはいえ、四十時間以上の連絡が途絶えたら戦闘体制万全で乗り込むという宣言、どう思う」

『私的には貴重な命綱だけども……え、それ兄さんやってたの? マジで?』

「やってた。身も蓋もなくいえば、それが面倒くさくなった」

『うわ』


 引いた声が返ってきたが、妹に事情をぼかしにぼかして伝えるとしたら、これに尽きる。毎度毎度、両親が暴走しない程度に情報をぼかしながらも神経を使って報告するのが面倒臭くなった。


『あのさー……二週間ちょっと前、兄さんテロ活動えぐかったでしょ。で、その後ぜんっぜん連絡取れなくなったって母さんが心配してたんだけども。それでも母さんたち待ってたわけでしょ、宣言とは違わない?』

「事前連絡を入れてたからだろ。とはいえ、長期の仕事を入れる度に同じ目に遭うの、普通に面倒臭え」

『分からなくもない……兄さん相手にはちょっと過保護だなって私も思うし。でも、かといって親不孝発言を堂々とかますのはどうなの?』

「今更だろ」

『今更だけども……え、待って本当に今更では』

「じゃ、そういうことで切るぞ」

『いや待ってもうちょい!!』


 返事を待たずに切ろうとしたが、楓の声に常にない本気を感じて仕方なく待つ。


「なんだ」

『はあ……。じゃあさ、なんでわざわざめっちゃ優秀なバックアップ切ってまで連絡断つの? 兄さんがこっちに火の粉が降るのを遠慮するような殊勝さなんてあるわけないし、連絡めんどいなら間隔伸ばすとかなんかあったじゃん。0か100みたいで極端じゃない?』

「……妹」

『なんか兄さんに妹って言われるのムカつく……何よ』


 大変自分本位な感想を交えた問いかけに、疾は率直な感想を伝えた。


「別人説と受け売り説と成長した説、どれを採用して欲しい?」

『よくそんなに「珍しく賢いこと言うね」を腹立たしい表現に変換できるな!!』


 ぎゃあと吠えるが、かつて学校の勉強さえも逃げまくっていた妹と同一人物とは思えない分析だったのだから仕方ない。


『というか誤魔化されないからね! 自覚あるなら理由をどうぞ! ナメクジを人間に戻す作業、誰がやるのかお忘れなく!』

「ほっといても戻るだろ。──最後の最後は、取り上げる人達だからだよ」


 楓が沈黙した。黙って耳を澄ましている妹に、率直に伝えた。


「俺はもう引き返す気がないし、引き返せる段階でもない」

『それは本当にそう』


 深く頷いているのだろう相槌に小さく笑い、続ける。


「それでも、もし本当にもうダメだと判断したら引き返させようとするだろう? 代償を、全て自分たちで背負ってでも」

『……うん』

「それは、お断りだ」

『……なるほどなー』


 疲れたような、呆れたようなため息をひとつ。


『結局は兄さんの我儘じゃん……もうやだ、なんで私の兄がこんなに自己中傲慢男なの……』

「今更だろ」

『マジで今更だしすんごい納得した……OK、私はもう兄さんは死んだとみなし……いや待って、本当に死んでたら敵討ちの魔術師さんたちが私に八つ当たりはしない……兄さんってクッソ迷惑だな!?』

「それも今更だろ」

『今更だけども! 少しは申し訳ないとかないわけ!!??』

「ない」

『悪魔!!』


 そう言われても、恨み買わなくても楓は普通に狙われる立場なので、申し訳なさは感じることは普通にない。どちらかといえば楓の分まで狙われに行っているので尚更だ。


「じゃ、とりあえず納得したみたいだし切るぞ。……番号はもう諦めたが、どうしてもの時以外かけてくるなよ」

『諦めてやんのーまあ諦めるしかないけども。了解、最後に一つだけ』


 そこで少しためを作り、楓はやけに晴れやかな声を出した。



『自覚ありでやらかしたってことは、帰ってきた時のお説教も覚悟出来てるってことでいいよね』



「…………」

『よし、沈黙は肯定とみなす。それじゃ!』


 晴れやかな声のまま、疾の返事を待たずに通話が切れた。


(…………後のことは後で考えよう)


 時には問題の先送りも有用である。疾は自分にそう言い聞かせた。



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