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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
1章 はじまり
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19 救い

「とりあえず欲しいデータは揃ったし、ちょっと整理してくるよ。その間、調べたいなら好きにすれば良い。楽しいのはここからなんだから、死なせないようにだけ気を付けてよ」


 存分に実験体を弄んだ後、子供は周囲の白衣達にそう告げて、姿を消した。途端に活気づいた白衣の集団が、壁に張り付けられたままの身体に群がる。

 我先にと素体のデータを取り、自身の研究魔法をかけ、薬剤を打ち込む。掠れた呻き声と身体の震えだけを反応として返す素体のあらゆる情報をモニターし、記録し、分析していく。

 そうして、腕の1本くらい壊れても死にはしない──と、集団の箍が外れかけた、その時。


 しゅううう……と、ガスが漏れ出る音が響く。

 始めは、誰かが持ち込んだものだろうと、誰も気にしていなかった。けれど、次第に量が増え、視界を妨げだした時点で、ざわざわと人々が騒ぎだし、関心が実験体から逸れる。


 どさり、と。

 唐突に、1人が倒れた。

 1人は2人となり、3人となり、次々に倒れていく。


「毒ガスか!?」


 誰かが、悲鳴混じりに怒鳴る。それを皮切りに、怒号が部屋を席巻した。


「避難しろ!」

「マスクはどこだ!」

「いや、それより、緊急システムを──」


 飛び交う声は、しかしぶつ切れとなって途絶える。どさどさと、人の倒れる音が響いた。



 やがて。静寂が訪れた部屋に満ちていた煙が、急速に消え去る。



「疾!」



 ばんっと乱暴にドアを開けて飛び込んできた人影が、周囲の倒れている人物など目もくれずに叫んだ。首を巡らせて、1番奥の壁に囚われた疾を認めて駆け出す。


「疾……っ」


 焦燥を浮かべて手を伸ばす、疾の父親は。青黒く変色した手首に全体重を預けてもぴくりともせず、ぐったりと項垂れる傷だらけの姿に、奥歯を噛み締めた。


「疾……すまなかった」


 疾がどれだけ暴れても緩みすらしなかった枷が、音も無く砕け散る。その場に倒れ込む疾の身体は、父親の腕の中に抱き込まれた。ゆっくりと、疾の身体に響かないように、父親はその場で膝を折る。

 ふわりと白い光が疾を包んだ。傷だらけの身体がじわじわと癒されていくも、一定以上は傷が塞がらない。


「……病院に行く必要があるな」


 傷の治りの悪さを見た父親が、眉を寄せて呟く。首を振って、父親は疾の目を覗き込んだ。

 ぽっかりと開いた目は、何も映さない。


「疾……俺だ、父さんだ。分かるか」


 父親が声をかけても、反応1つ返さない。痛みをこらえるように顔を歪め、父親は繰り返し息子の名前を呼んだ。


「疾……こっちを見ろ、疾」


 父親の声に焦燥と、哀願が滲む。抱え込む腕に力が入り、声が次第に大きくなる。


「疾……ッ、疾、頼むから戻ってこい……疾……!」


 動かない、瞬き1つしない、人形のようになってしまった疾を掻き抱いて。必死に声をかけ続ける父親の声に、想いから滲み出た魔力が宿った。



『疾!』


 名前は、最も短い呪。

 名付けた張本人の祈りと願いが込められた声は、確かに、届いた。



「……、」


 ぴくり、と疾の身体が動く。微かに、瞳に光が戻った。


「疾!」

「……と、うさ、ん……?」


 変わり果てた声に顔を痛ましげに歪め、父親は頷く。


「あぁ、父さんだ。……遅くなって、すまない」


 疾の瞳が、震えるようにして彷徨う。父親の姿を確認しているのか、輪郭をなぞるようにして動き、そして。


「疾……もう、大丈夫だから」

「ぁ……」


 父親と1度も目を合わすことなく、瞼がふうと下りた。


「っ……」


 声を上げかけて、父親は辛うじて呑み込む。1つ呼吸を挟んで、疾を抱えたままゆっくりと立ち上がった。


「……すまない」


 もう1度謝罪の言葉を繰り返して、父親と疾の姿は、そこから消えた。


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