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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
11章 『災厄』
189/232

189 脱出

(……はあ)


 一つ息を吐いて、身を起こした。少しばかり頭に登っていた血を自覚する。視線を落とすと、一応体が上下しているのでまだ生きているようだ。


(さて、これどうするか)


 散々脅しはしたものの、疾にはこれ以上老人をどうこうする気はあまりない。叩きつける際に魔力を軽くかき乱しておいたが、魔道回路を破壊するかどうかも少し迷っているくらいだ。ましてや自分と同じ目に合わせてやろう、などと言った悪意は身の内にはもう残っていなかった。

 それは、このまま私怨に染まり、同じ穴の狢に落ちないための戒め──などということではもちろんなく。


(流石にこれ以上消耗すると、転移は厳しいんだよな)


 これ以上この老害相手に手間をかけることのリスクを考えただけだった。今後報復を考える余地をなくすための処置はしておきたいが、魔力回路を破壊するほどの異能行使は今の疾には少々負担が大きい。

 あとは、そろそろいたぶることに飽きたともいう。どこぞの魔法士幹部とは異なり、疾に相手をなぶり殺すことに喜びを覚える悪趣味はない。ズタボロの姿を見てかなりすっきりしたのは否定しない。


「そっち終わったか?」

「……おー」


 とりあえず状況の整理をすべく背後に声をかける。なぜか竜胆の声が乾き切っていたが、特に問題もなさそうなので気にしないでおく。

 改めて老人を掴んで持ち上げつつ振り返ると、瑠依が怯え切った顔を思い切りそらしていた。手元を見たら書類は全て丁寧に破り尽くされているようなので問題ない。瑠依のメンタルなんぞその辺に落ちてる埃よりどうでも良かった。

 竜胆に視線を戻すが、こっちも問題なさそうだ。契約主である瑠依の傍で行動しているからか、魔力の流れも落ち着いている。


(……これならいける……か?)


 疾も戦闘をこなした後だが、瑠依からそこそこ距離を置けていたからか、魔力の乱れはほぼ解消されている。こちらに来てからの時間は短く、できれば異世界転移は数日開けたい。が、瑠依を下手にのさばらせるた方がどんな不具合を引き起こすか分かったものではないので、早めに転移する方がいいだろう。ビルもビルで、そろそろ仕掛けた魔道具で崩れ落ちかねない。

 というわけで、安全も考慮し窓からの脱出を試みることにした。迷路化したビルだが、階の順序自体にはさほど大きな差はなかったらしく、幸い10階程度だ。これなら浮遊魔術でギリギリ間に合う──と、そこまで考えて疾はふと手元の獲物に視線を向けた。


(……試すか)


 父親が以前描いた魔術書の中に、他者から魔力を徴収する魔術があったのを思い出す。大気中に吸い上げた魔力を放出して魔術を構築するという、荒技にも程がある魔術だ。疾も流石にどうなのかと多少思ったものの、効率的であるのは確かだし、何せ手元にいる老人は魔力がすっからかんになったところで良心の欠片(ざまあみろ)も傷まない(としか思わない)。疾は早速試してみる事にした。

 初回なので床に描き出した魔法陣は無駄に大きくなってしまったが、老人からは問題なく魔力を徴収できた。そのまま浮遊魔術を疾と竜胆、瑠依にかけ──何故か、瑠依のジャミングが老人へと注ぎ込まれた。気を失ったまま、老人が呻きだす。


(…………。まあいいか)


 疾が手を下すまでもなく、この老人はもう魔法を使えないかもしれない。というか、ビル崩落で生き延びれるかすら怪しくなってきた。まあ後始末問題が解決したのでよしとする。

 死なないくせに飛び降りるのが嫌だとやたらごねる瑠依を窓の外に景気良く放り捨て、疾と竜胆も後から続いて離脱する。着地後すぐさま距離を置いた疾たちが十分な距離を取るのを待つように、ビルが崩れ落ちた。


(へえ)


 魔力暴走を意図的に引き起こすようなジャミング装置を仕掛けたのだが、爆発ではなく機能不全を引き起こしたらしい。柱ごと綺麗に崩れ落ちたビルは、跡形もなく消え去った。片付けは楽だが、見かけのインパクトは地味である。

 ジャミングには多大なる貢献をしているものの一切自覚がない瑠依が何やらギャアギャア騒いでいるのは無視して、疾は視線を少しずらした。


 ……時折ふらりと体を揺らしながらもかろうじて立っている、人体実験の被害者たちへと。


「逃げ切ったのは全体の4割、ね。ま、そんなもんか」


 果たしてあの時の自分は、この4割にいただろうか。そんな意味のないたらればがよぎるのを振り切り、疾は携帯端末を取り出した。これを没収しなかった魔法士は本当に阿呆である。


「よ、久しぶり」

『今度は何をしでかしたこの不良患者が』


 ワンコールで応答した相手に適当に挨拶すると、地を這うような声が返ってきた。以前に事前連絡なしで同じような被害者をまとめて送り込んだのを、まだ根に持っているらしい。


「人聞きが悪ぃな、俺は被害者だっての」

『ニュース見てるぞ誤魔化されるか、つーかお前の被害者もうちに搬送されてるんだよ。正当防衛どころかただのテロリストだぞ』

「知るかよ、手出ししてきた方が悪い」


 愉悦に任せて笑い返せば、苦々しい呻き声が聞こえてきた。が、あちらも暇ではないのだろう、話が進む。


『で、今回は何だ、いい加減腰据えて治療する気になったのか』

「いや、俺じゃねえ」

『じゃあまたこの間と同じか? 無償で人助けとはお優しいな」

「……うっせえな、成り行きだ」


 人助けというほどご大層なことはしていないし、こんなことで助けになるとも思っていない。声が少し低くなったことで察したのか、医者はそれ以上触れずに話を進めてきた。


『まあいい、俺はもらうもん貰えば働き者だからな!』

「あーはいはい、報酬は適当に連中から取り立てとけ」

『前も言ったがそれ事実上の無償労働なんだよ馬鹿野郎! 紹介料とったろか!」

「は? 紹介料? んなもん俺が取る側だろうが。なんであんたに払うんだ」

『っかーー可愛げねえ!』

「アホか。んじゃ、後は任せたぜ」


 何やら喚きだしたので通話は打ち切る。そのまま、被害者たちを転移で医師の元へと送った。少しばかり余計なことを言ってしまったが、どうせ覚えてもいないだろう。


 ついでに、電波が通じているうちに素早くメールを打ち込んでおいた。いつもの両親への安否報告と、連絡手段が通用しない異世界に飛ぶため少し連絡が止まる旨を伝えて送った。


(……この際ギリギリでいい、日本に乗り込まれる前に、間に合え)


 疾とて、効果のないお祈りの真似事くらいしたくなる時もある。心配からくる暴走で割と大規模なことをしでかしかねない両親を持ち、割と分の悪い異世界転移を今からしなければならないとなると、特に。



「——さて、と。もうこの場所に用はねえ」


 振り返り、竜胆と瑠依を笑顔で睨む。腹を括り、疾は魔力を操った。


「お望み通り、帰してやるよ」


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