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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
11章 『災厄』
188/232

188 報復戦

 研究者として魔法士協会幹部の椅子を与えられた男は、単体の戦闘力はさほど高くはない。上級魔法士と同等かそれ以下だ。にも関わらず魔術師連盟の追手から逃れ切ったのは、彼の研究成果である魔導人形と、彼が改造した上で使役した魔物の戦闘力の高さゆえである。


 複数の魔術をランダムに各自判断で発動させる、自己修復機能も持ち合わせた魔導人形。

 固有魔法を用いて編み上げられた強化魔術で、大幅に戦闘能力を引き上げられた魔物。

 これらを大量に引き連れて操る物量戦能力により、この魔法士は幹部として認められている。


 そんな魔法士幹部<姑息な(デノンシエション)笛吹き(=ラーシュ)>は、しかし今、青ざめた顔で疾を睨みつけていた。


「貴様ァ……モルモットの分際でェ……!」

「さっきから同じセリフしか吐いてねえぞ、老害。語彙も尽きるほど耄碌したか?」


 いちいち気に触る呼び方をしてくる<姑息な(デノンシエション)笛吹き(=ラーシュ)>をせせら笑い、疾は次の魔導人形に手を伸ばした。防御魔術が展開されるより先に触れて異能を流し込むと、魔導人形はゴトリとその場に崩れ落ち、ただの物言わぬ人形と化す。


「何を……一体、何をォ……!?」

「はっ」


 面白いように顔色を変えて狼狽するその無様さに、腹の底から侮蔑の笑いが込み上げた。


「分からねえのかよ」


 銃を構え、発砲する。飛びかかってきた魔物の眉間に銃弾が吸い込まれ、魔物が汚泥のように溶け落ちる。


「ギサマァ……!」

「野良異能者の仕掛けた攻撃すら分析できねえのか」


 無様だな、と疾は嘲笑い吐き捨てる。


「魔法士協会の研究者、しかも幹部ともあろうものが、この程度とは笑わせるなあ?」


 苛立ちを吐き出すように銃を連射し、近づいてくる魔物から全て撃ち抜いていく。魔導人形の方は近寄らずに砲台に専念する指示が出されたのか後退していくのを見て、魔道具を投げつけ魔法陣の妨害をして牽制する。

 飛びかかってきた魔物を全て屠ると、疾は力強く床を蹴りつけた。高さも稼いで一気に奥へと踏み込むと、魔道人形へと両手で触れて二台ずつ破壊していく。ご丁寧にぎゅうぎゅうづめで構えていたおかげで、同士討ちを誘発させながらの破壊はさほど時間がかからなかった。


「てめえみたいな事象の分析すらまともに出来ない愚図が人体実験を行おうとは笑わせる。ゴミクズみてえな魔術のために倫理を踏み躙る価値すらねえと、それすら理解もできないで人間様を利用しようと思うな下等種が」

「何をォォォォォォ!!」


 吠え声と共に、<姑息な(デノンシエション)笛吹き(=ラーシュ)>の身から澱んだ魔力が噴き上がる。白衣に編み込まれた魔法陣へと供給されたそれは、空間を伝播し残った魔物たちへと降り注ぐ──が、弱い。


「はっ」


 鼻で笑う。構わずに引き金を繰り返し引き続け、先ほどまでとまるで変わらぬ結果を生み出す。


「なぜ、何故ダァ!!???」

「そもそも敵に理由を聞いて答えが返ってくるわけもねえんだが、そうだな。てめえのアリンコ脳みそに免じて、理解できるように言ってやろうか」


 疾は、顔に貼り付けた笑みが、ひとりでに深まるのを感じた。


「──この程度の神秘すら理解できないから、てめえは協会に匿われなきゃならねえただの卑怯者なんだよ」


 凄惨な笑みを貼り付けた疾の言葉に、<姑息な(デノンシエション)笛吹き(=ラーシュ)>が目を見開いた。


「貴様ァ!!」

「へえ、うっすら自覚くらいはしていたのか。意外だな」

 

 激昂してさらに多くの魔力を魔物へ注ぎ込もうとするのを見て、疾は魔道具を宙空へと放り投げた。空間を侵食するように広がった魔力に反応させた魔道具が、発火する。

 空間を伝播した炎が、魔力の広がりに従い魔物へと襲いかかる。元々の魔法に組み込まれた作用のままに、炎は魔物を内側から焼いた。


「なァッ!?」

「てめえの魔法は、構築が雑すぎんだよ」


 驚きに顎を落とさんばかりの老害を嘲笑う。魔力の濃度と空間侵食力だけで他を圧倒してきたのだろうが、それ故に構成が雑すぎる。加えてこの部屋には、冥官の術式にすら影響を及ぼすジャミングの発信者がいる。そもそもの構築が甘い上に馬鹿の影響でさらに不安定になった魔法へと細かな魔力を絡ませて干渉するのは、これまでいくつも研究施設のセキュリティへハッキングを仕掛けてきた疾には容易かった。


「だから、こういう事も出来るわけだ」


 演出も兼ねて指を鳴らすと同時に、魔力へさらに干渉する。細かい指示を出すために魔導人形へと魔力を繋いでいたのが運の尽きだ。随分数を減らした今だからこそ掌握した、全ての魔導人形との魔力の繋がりを、異能で一気に破壊する。


 バキン、と音が響く。


「ぐはァ!?」

 老人が吐血する。魔力を打ち消された衝撃に呻いていたが、すぐに目の前の光景に硬直する。

「……何を……しているゥ……ッ!?」


 隊列を組んでいた魔導人形は、突如命令を打ち切られても自動戦闘能力により戦闘行為は継続する。組み込まれた魔法陣により認識した敵を、無慈悲なまでに排除する──例え、それがかつての創造主だとしても。

 自身に牙を剥こうとする魔導人形に愕然とする様を見て、疾は遠慮なく嘲笑する。


「無様だなあ?」

「貴様ァ! 何をしたァ!?」

「それすらも分からねえんだろ? 本当に無様だな。魔術師の上級職と謳っていようが、所詮はこの程度か。たかだか野良の異能者一人に翻弄され、手駒を失い裏切られて、悲鳴を上げるしかできねえわけだ」


 くつくつと笑って。時間をかけて慎重に仕掛けてきた魔導人形に対するジャミングが正確に作動しているのを見てとった疾は、腕を組んで背を壁につけた。もう、銃を構える必要すらない。


「……待て……やめろォ……!」


「ま、飼い犬に手を噛まれた経験すらない老害には荷が重いかもしれないな。せいぜい魔法士の名にかけて抵抗してみろよ? 最後までそのみっともない足掻きを見物させてもらう」


「止ォまァれェェェェェェ!!!」


 絶叫は、魔導人形が起動した魔術に打ち消された。決死の抵抗を試みる<姑息な(デノンシエション)笛吹き(=ラーシュ)》>だったが、そもそも安全機構すらまともに組み込んでいないような愚か者に、対多数包囲戦がこなせるわけもなく。

 <姑息な(デノンシエション)笛吹き(=ラーシュ)>の魔法が途切れ、耳障りな悲鳴が聞こえるまで待って、疾は止めをさそうとする魔導人形たちを背後から異能で全て破壊し、蹴り転がした。


「ウグゥ……」

 全身ボロボロでなんとか生きているそれの首根を掴み、持ち上げる。目を見開き懇願の色を浮かべかけたその老人に、疾はうっそりと笑った。老人にしか聞こえないよう、耳元に囁く。



「──死ぬより酷い目に遭わせる方法は、お陰様でよく知ってるぜ?」



「っ!!」

「まさか見逃してもらえるなんて思っちゃいねぇよなあ? 懇願なんかただの娯楽でしかないんだろ? ボロ雑巾に人権なんざ、存在しねえもんなあ?」


 丁寧に、かつての行いに沿って言葉を連ねてやる。顔を青ざめさせて震える老人を見下ろしながら、疾は酷薄な笑みを浮かべたまま首を傾げた。


「ああそれとも……またボスに泣きついてみるか? モルモットに研究結果を全て台無しにされました、どうか助けてくださいって」

「!?」

「お前らのところのトップが、果たしてどう「助けて」くれるだろうなあ」


 魔法士協会と明確に敵対している輩に、自身の武器を逆手に潰されたなどという失態をバラされれば、総帥はもはやこの幹部に利用価値を見出さない。興味を失ったおもちゃの行く末など、想像するまでもなくわかりきっている。

 だからこそ色を失った老人を、疾は笑みを貼り付けたまま見下ろした。


「ひ……ひいッ……」

「はっ……本当に、無様だなあ」


 青ざめた顔で見上げるばかりの老人を見下し、疾はゆっくりと胸ぐらを掴むのと反対の手を伸ばす。


「ひっ」

「所詮てめえは、虎の威を借る狐でしかなかったと、その身に刻んで惨めな様を晒しやがれ」


 そう言って。

 疾は後頭部をしっかりと掴んで、床へと力任せに叩きつけた。

 老人は抵抗もせず、悲鳴もなく。ぐったりと伸びて、動かなくなった。



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