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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
11章 『災厄』
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187 標的

 トラップが片付いたためさっさと先に進もうとしたものの、瑠依が下の階での対応について無駄に食ってかかってきたせいで、多少時間を浪費した。


「出来る事はやったろ。枷を外して好きに暴れさせた。上手く逃げ切るも途中で魔術師に殺されるも、諦めてそのままくたばるも選ばせてな」

「だから!」

「それを非道と呼べるほど偉い立場かっつってんだ、雑魚が」


 最後の言葉には、少しばかり自分への苛立ちが混ざってしまった。それに気づいた疾は背を向け、こっそり自身に舌打ちする。


(いい加減にしろ)

 感傷に浸って自己憐憫に酔う時期は当に過ぎている。この程度で感情的になっていては、敵の良いカモだ。


 そう言い聞かせていた疾は、しかしそれこそそんな場合ではなかった。

 不意に神力が高まる。ぞわりと嫌な予感が背を走り、疾は反射的に振り返った。


「瑠依?」

「おい、一体何を——」


 竜胆と疾の声かけも無視して、呪術具を高々と振り上げた瑠依が掛け声と共に振り下ろした。


「そぉいっ!」


 溢れ出した血文字が疾達のいるフロアを蹂躙する。誘爆されたトラップがまとめて襲いかかるのを血文字が防ぐが、自分を守る分以外は全く追いついていない。


(この──)

「何しでかすんだよ!?」

「ぐえっ」


 焦ったような声を上げた竜胆が瑠依を抱えて天井を蹴り砕いた。仕方なく魔道具を起動してから後を追うように避難すると、なぜかふんぞり返った瑠依が堂々とほざく。


「またトラップに引っかかるくらいなら、全部壊してこの建物ごとぶっ潰してくれる!」

「瑠依なんか壊れてねえ!?」

「——建物はともかく俺達ごと巻き込んでんじゃねえぞ、ボケ」

「ごふうっ!?」


 ありとあらゆる感情を込めて、疾は容赦無く拳で瑠依の鳩尾を抉った。


「馬鹿だ馬鹿だと思ってたが、無理心中を図るとかついに脳みそが腐ったかド阿呆」

「うっ……だって邪魔じゃんトラップ! 壊して何が悪い!」

「ワンフロア使い物にならねえ状態にして出るのがその台詞か……お前、下の連中巻き添えにしてえの?」

「なんでそうなる!?」

「……床に穴が開いた状態であの液体がぶちまけられたんだが」

「はっ!?」


 この、一つものを考えると他のことが全て抜け落ちるお手軽すぎる脳みそは、本当に人類が進化の中で発達させてきたはずの大脳と同じ代物なのだろうか。にわかには信じがたい。

 あれほど盛大に人を非難しておいて綺麗さっぱり忘れ去ったど阿呆の頭を丁寧に踏み躙りながらそう思っていると、竜胆がため息混じりに止めてきた。


「遊ぶのは程々にな。あと1時間なんだろ? 早く用事を済ませて逃げるぞ」



「させませんけどねェ」



「!?」

「え、誰!?」

(………………馬鹿コンビ)


 こいつら、本気で気づいていなかったらしい。別に相手は隠れもせず、ニヤニヤとこちらを観察していたのだが。

 本当に、瑠依はともかく竜胆までこれ以上馬鹿になるのは勘弁してほしい。竜胆は思い切り否定しているが、似たり寄ったりの抜け度合いである。


(まあ、いい)


 バカの相手にもうんざりしていたところだ。そろそろ、待ち侘びた獲物で遊んでも良い頃合いだ。


「やっと首謀のご登場か。引っ張りすぎて観客が飽きてるぜ?」

「それはそれはァ。僕にとってはァ、転がり込んできた獲物が嬉しいですけどねェ」

「奇遇だな、俺もだ」


 疾は、嗤う。銃を両手に相手を睥睨する。


 不自然に痩せた、縒れた白衣を纏う老人。いかにも耄碌した年寄りだが、疾の目に映るものはそれだけではなく。不穏な魔力を暗器のように全身に纏い、じわじわとこのフロアごと汚染していく呪詛とも見紛う侵食ぶりは、魔力だけで世界を改変しうる実力の持ち主。


(お前か)


 人体実験の行いすぎで魔術師連盟を追われ、しかしその研究の結果生まれた魔導人形と魔物使役方法を土産に、魔法士幹部の座を手に入れた男。まだ参入して日は浅いものの、総帥にも目をかけられているという。


 この男を、疾は「知っていた」。


(ここで、会えるとはな)



 <姑息な(デノンシエイション)笛吹き(=ラーシュ)>。



 忘れもしない。あの日、疾を実験動物として弄んだ畜生どもの、一人だ。

 魔力も姿も確信を持って、疾はこの男を敵と認識した。



「こいつの存在に気付きもしなかった馬鹿ども。俺がこれと遊んでる間に、ここにある書類1つ残らず破り捨てとけ」

「畏まりましたっ!」

「迷いねぇなあ……」


 記録を消し去る意味でも、この男のもつ書類などこの世に残してなるものか。また邪魔をされては苛立ちでうっかり殺しかねない瑠依には、竜胆(見張り)と一緒に書類破棄(単純作業)を命じた。

 疾の言葉に、男は明確な怒りを浮かべて睨みつけてきた。


「させるとォ、思ってんのかァ、モルモットがァああ!」

「——ふはっ」


 懐かしい言葉に、疾はつい吹き出した。吹き上がる感情そのままに笑うと、男はわずかにたじろいだ。構わず、疾は敵意を叩きつける。



「モルモット如きに踊らされるてめえの雑魚っぷりを思い知れよ、老害が」



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