183 横槍
装備の補充を行い、疾は一度紅晴市に戻った。異世界にいる敵を捕捉するのなら、境界が曖昧なこの街以上の適所はない。
丁寧に地脈の流れを再確認し、最適な位置を確保する。決して邪魔が入らぬよう人払いの結界を張り巡らせた上で、疾は作業に入った。
地面に魔法陣を展開し、直に手で触れて魔力を流す。魔力量を適宜調節しながら、何重にも隠蔽され守られた敵の座標を探る。
魔術は順調に効果を見せているが、疾は次第にその結果に小さな苛立ちを滲ませていた。
(……この座標、異世界じゃねえ……つーか、ここは確か魔術師連盟の所属組織だ)
探り出せた組織は魔法士協会ではなく、魔術師連盟の組織だ。カモフラージュとして別の座標を噛ませて探査の妨害をしているのかとしばらく念入りに調べていたが、どうやらこれは違う。本当に、連盟の末端組織の一つが疾を狙っている。
(タイミング悪すぎ)
魔法士協会幹部が動いていたのは間違いない。が、協会の動きに重なって連盟が儀式魔術で疾を探ろうとしたせいで、疾の捕捉が結果的に妨害されてしまったようだ。幹部の方を探りたいのに、あからさまに儀式魔術を繰り返す連盟が邪魔で探りきれない。
こうなったらまずこっちをきっちり潰してから、仕切り直して魔法士協会を相手にするか──そう思ったその時、疾の背中に声がかかった。
「あれ? 疾、何してんだ?」
(──!?)
人払いは未だ機能している。魔術に集中していたからといって、こんなに隠しもしない気配に気づけなくなるほどではなかった。なのにあっさりと背後を取られてしまったことに全身の神経が尖るのを感じながら、疾は魔術を維持したまま振り返った。
目をまんまるくした瑠依と、微妙に何かを察したような表情を浮かべた竜胆が突っ立っている。おそらく巡回中だったのだろう、神力の残滓が見てとれた。……瑠依が呑気に遠慮なく盛大にばら撒いている、ジャミングもまたくっきりと見える。
「……おい馬鹿。今度は何をやらかした」
「何が!?」
心外ですとありありと顔に描いて瑠依が叫ぶ。相変わらず自覚の欠片もないらしい。こいつに聞いても何も益がないので、疾は慎重に目を凝らした、が。
(……………………こいつ)
ポケットに突っ込まれた物から神力が電波のように広がり、疾が展開した魔法陣に絡みついていく。規則性もへったくれもないというのに着実に呪詛として絡みついたそれが、見事に魔法陣を妨害していく。
(本当に、こいつが、一番厄介だろ……)
ため息をつくのも惜しいと立ち上がった疾は、何やら竜胆とギャアギャア言い合っていた瑠依に手を伸ばした。
「瑠依、スマホ出せ」
「へ?」
「早くしろ」
有無を言わさぬ口調で促すと、瑠依が渋々と言った様子でポケットに手を突っ込んだ。手に取ったスマホに目を落とし、驚愕の叫び声を上げた。
「また壊れてる!? 馬鹿じゃねえの!?」
「へ? 何だ、壊れたのか?」
「やっぱりな」
今更も今更なことを言って驚くのまで予想通りだ。うんざりした気分で疾はスマホをひったくり、魔法陣へと放り投げた。
「ちょっと!?」
「どうせもう直らん。つーか、いい加減に呪術の制御くらいちゃんとしろ馬鹿。ダダ漏らしで無差別に呪い撒き散らすなボケ」
「どういう事!? 何か色々俺のせいにされてない!?」
「今俺は非常に忙しい。後で気が向いたら説明してやらんでもない、取り敢えず黙って邪魔せず大人しくしてろ」
色々どころか1から10まで瑠依のせいだが、瑠依に理解できるように説明している間に魔術が取り返しのつかない状態になってしまう。ぐだぐだと文句を言っているのをバッサリ切り捨て、疾は新たに魔力を操り、絡みついた呪いを引き剥がすための魔術を試行錯誤する。
(……ちっ、また面倒な絡ませ方しやがって)
いくつかの魔法陣を試すも、ガッチリと絡みついた神力が剥がせない。いっそ切り落としてしまいたいが、そうすると今度は魔法陣が維持できない。
仕方なく、絡まりきった毛糸を一本一本外すようなちまちまとした作業に集中していた疾は、だからと言っては言い訳になるが、気づくのが一瞬遅れた。
「ポチッとな」
「瑠依? 何を──」
(本当に、何を、この、馬鹿は)
ジャミングのせいで探査に気づいただろう相手が仕掛けてきたのは当然として。何をこの馬鹿は、その魔術を今度は増幅するような神力を、注ぎ込んでいるのか。
「ど阿呆!!」
つい上げてしまった怒声にも驚くだけの瑠依を無視して魔術を破壊しようとするも、間に合わずに魔術が発動する。
引き摺り込まれるような魔術にせめてもの抵抗をしながら、疾は固く決意した。
とりあえず、瑠依は全部終わったら蹴り倒す。




