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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
11章 『災厄』
180/232

180 宣戦布告

 しっかり自由期間を1ヶ月追加し、計3ヶ月得た疾は、稼いだ時間を有効活用すべく、女魔法士から情報を抜き取った。記憶を読み取る魔術は尋問の手間暇が省略できて、大変便利である。

 どうやら女は、魔法士協会の中でも比較的中核に近い研究施設の所属だったようだ。捕獲ついでに素材にしようという目論みだったようだが、いい加減学習すればいいものを。

 とはいえ、ちょうどいい獲物が向こうからやってきてくれたからには、応じるのが礼儀というものである。転がっている魔法士はどうせまた術師どもが回収し、魔女が魔法士協会との交渉にうまく利用するのだろう。疾がこの街の住人であることを有効活用することに目を瞑る代わりに後片付けは丸投げするというのは、最近の暗黙の了解である。

 ちょうどいいタイミングでやってきた巡回中らしい術師は、殊勝にも瑠依が注意を引いて対応するようだったので任せてその場を後にする。自宅に戻った疾は、魔法陣の上に出現していた魔石を見下ろし、口元を引き上げた。


(ナイスタイミング)


 定期的に送られてくる仕送りの一環だろう。必要ないとは伝えているが、今回ばかりは親心がありがたい。タイムラグなく協会のふっかけてきた喧嘩を買い叩ける。


(さて、準備するか)


 必要な下準備を脳内で上げながら、疾は鼻歌まじりに作業に取り掛かった。






 そうして下準備を終えた疾は、時空の狭間(ノワールの拠点)へとお邪魔し、



「よ、ノワール。久しぶりだな」

「………………」


 堂々とソファに腰を下ろした疾を前に、ありとあらゆる感情がごった混ぜになった表情で見下ろしてくるノワールを、大層楽しく鑑賞した。



(こいつ無表情の割に表情豊かで面白いよな)


 言葉としては矛盾するが、そうとしか言いようがないほど心情豊かというか、なんというか。少なくとも、つい最近いきなり暗殺を仕掛けてきた相手が客人面で笑顔を向けてきました、というシチュエーション(嫌がらせ)としては最高の反応を見せてくれたので、疾は大変楽しい。こいつの体質のせいで冥官にしてやられた腹いせとしては十分である。


「……お前というやつは」

「どうかしたか?」


 絞り出すような声に非難を滲ませていたので、あえて笑みを含んだ声で空惚けてやった。大きく息を吸い込んだノワールは、しかし溢れかけた言葉ごとごっくんと呑み込んだようだ。それはそれは大きな溜息が口から吐き出された。


「…………いや、いい。ここで何かを言ったところで、お前がその言動を改めるとは思えん」

「当然だな」


 何が悲しくて、人が寿命まで働かされることになった元凶相手に配慮しなければならないのか。疾としては他に答えようもなかったのだが、ノワールの二度目の溜息を誘発したようだ。そのまま、やや雑な動作で、向かいのソファに腰を下ろす。


「……それで。このタイミングでここに顔を見せたということは、何か用があるんだろう」

「まあな。さっきの顔を見るので8割がた目的は達成したが」

「…………」


 ノワールが片手で額を抑え込んだ。この若さで頭痛とは大変そうだな、と思いつつ疾が眺めていると、気を取り直したように視線を戻してきた。


「内容は、……例の取引か?」

「雑な口約束で満足できるほど、お互い平和な環境で生きちゃいないだろ?」


 疾が口元を吊り上げて問い返せば、無言が返ってきた。詳細を明かさずとも、隠す気もないらしい。


(まあ、隠す意味もないしな)


 協会の暗部と真正面から対峙し、ほぼ事情を知り尽くしてしまった疾に、ノワールが情報秘匿する意義はほぼない。あるとすれば協会の規定違反くらいだが、この男のこれまでしでかしてきただろう所業を考えるに、今更である。


「また生贄候補が出てきたもんでな、期待に応えてやるのが礼儀だろうとは思ったものの、さてどこまでが「待ってやる」ことになるのかっつう話だろ」

「こちらの立場としては、出来る限り大人しくしていてほしいんだが」

「寝言は寝て言え」

「……まあ、そうなるな」


 ノワールは軽い嘆息こそするものの、疾の行動を非難はしない。人体実験に手を出すような輩がどれほど頭のネジすっ飛ばした生き物なのか、ノワールもよく知っているというわけだ。


「つーか、お前マジでその立場、メリット勝つか? デメリットの方が遥かに多い気がするぞ」

「表向き、幹部は魔法士協会内での安全を確保される。協会に利益をもたらす存在に手出しをすることは協会への敵対とみなす、と総帥自ら宣言しているからな」

「それはそれは、随分クソでかい自己矛盾を抱えてるこった」


 鼻で笑ってやると、ノワールも束の間押し黙った。疾個人としてもクソふざけた宣言だが、裏で人体実験を容認している以上、無意味にも程がある。


「……それでも、表向き禁じられていることに価値がある。裏切ればその庇護から外されるという恐怖も含めてではあるが。俺の身の回りが落ち着いた事を考えれば、一応メリットが勝る」

(そりゃ、獲物の横取りは面白くないわな)


 ノワールに読み取られないよう細心の注意を払いながら、疾は内心でそう返した。本人はまだ、総帥の意図には気づいていない。気づかせてしまうと疾の関与を疑われてしまうので、素知らぬ顔でノワールの認識に合わせて話を進めていく必要がある。


「裏事情を含めても身辺が落ち着いたというあたり、お前もなかなか忙しそうだな」

「そうだな、特に最近は厄介なやつのせいで忙しい」

「へえ、そりゃご苦労なこった」

「……」


 半眼になるノワールを鼻で笑う。疾こそがその台詞をほぼ毎日繰り返しているのだが、知る由のないやつの戯言を間に受けてやる義理はない。


「ま、クソどもに迷惑をかけられているよしみとして、一応お前の要望も参考にしてやらんでもない」

「そして俺の要望を参考に、協会の内部事情を探るという腹か」

「さあ? そこはノワール次第じゃねえの」


 こうして丁寧に、かつ率直すぎるほどに言葉の裏を探ろうとしてくるノワールとのやり取りは、嫌いじゃない。返答如何では即座に存在ごと抹消してきそうなこの男を口先ひとつで騙し丸め込むのはなかなかに楽しい娯楽だ。

 情報開示を躊躇い要望を出さずにおくのか、協会に睨まれる可能性を踏まえても自分の利益を追うのか。その判断を迫れるほどには、疾はノワールに信頼されていない。これまでの所業を考えれば至極当然である。

 この状況から、どのように情報を引き出しつつ落とし所を探るか。互いが互いの思惑を携えて、疾とノワールは視線を交わした。


「……現状俺は、協会本部が存在する世界での情報集めは行き詰まり、各世界の出現情報を片っ端から漁っている。あまり他世界の支所を潰されると、情報が集めが面倒になる」

「枝葉の切り落としをせずに本丸叩けってか? 幹部がとんでもねえこと促すじゃねえか」

「これは俺個人の独り言だが。本部に近い位置にある幾つかの研究施設は、幹部も一枚噛んでいるせいか、最近隙あらば「不幸の事故」として手出しをしてくる。鬱陶しいことこの上ない」

「……へーえ?」


 思わず笑みを浮かべたが、ノワールは素知らぬ顔だ。愚直な復讐の鬼と見せかけて、こういう賢しさも兼ね備えているから、この男は飽きない。


「そりゃ鬱陶しいな。掃除のしがいがありそうだ」

「……無駄に楽しそうだな」

「趣味は楽しんでこそだろ?」

「その戯言はまだ続くのか……」

「別に戯言じゃねえしな」


 魔法士協会含め、人体実験を行う組織の攻撃は一括で「趣味」と名付け、それに相応しい行動を心がけている。疾としてはとても楽しいのだが、ノワールの理解は得られないようだ。別にいらないが。


「……はあ、まあいい。俺が駆り出されるような行動はなるべく避けてほしいところだがな。こちらも目的に集中したい」

「ははっ」


 らしいといえばらしい要求だが、これには嘲笑を返すしかない。


「言うじゃねえか魔法士幹部、それも戦闘においては頂点とも噂されるスブラン・ノワール。この俺が、てめえの都合に合わせてそこまで生温いお遊びで満足するとでも思ったか?」


 目を細めて笑う俺に何を見たのか、ノワールは静かな黒の瞳をこちらに向けている。


「俺に、お前を駆り出す価値もない敵でいろと? 吸血鬼に思考のリソース割り振りすぎて寝ぼけたこと言ってんじゃねえよ」


 忘れてもらっては、困る。


「俺はな、ノワール。お綺麗な看板を掲げる裏で胸糞悪い思惑を持って俺に手出ししてくる以上、魔法士協会を敵と見做し続ける。面白そうな間は多少の観劇時間を取ってやるが、だからって履き違えるんじゃねえぞ?」


 疾は、ノワールにとっても、ノワールを気に入る総帥にとっても、そう易々と下せるような存在ではないのだと。


「お前の事情なんぞに本気で慮って敵対を躊躇するようなお優しい人間に見えてるなら、今すぐ医者にでもかかったほうがいいぜ」

「……」


 どんなことがあろうとも、総帥が「ノワールを介せば疾を容易く制することができる」などと考え付くような、隙ある存在だと勘違いされるわけにはいかない。

 そんなつまらない戦い方を、この男と、したくはない。


(勝ちたい)


 言葉を操りながら、疾は身の内にある欲求に初めて気づいた。

 それは、疾が初めて抱く、打算も都合も全て無視した、馬鹿馬鹿しいほど率直な欲望。 


「つーか、俺を止めるために協会から駆り出される程度で、怨敵を探し出す余裕もなくなるようじゃ、敵討ちなんか夢のまた夢じゃねえの。その程度のもんなら、俺も待ってやる価値なんざねえぞ?」


 疾は、本気になったこの男相手に、勝利したいのだ。


「……自称魔法士にもなれない一異能者が、随分と言うものだな」

「その一異能者に翻弄され続ける魔法士ドノが凄んだところで、そよ風にもなりゃしねえな」


 ノワールに指摘されるまでもない身の程知らずの欲求に、自分でも笑えてくるのに、譲れない。


(こいつに、負けたくない)


 過ぎるまでの魔力を有し、溢れんばかりの才能を磨き抜いた、魔法士として限りなく理想に近い技術と知識を持つノワールに。

 笑える程に魔力が少なく、魔術一つ構築するのすら手間取る、魔術師として限りなく底辺に近い才能で足掻くばかりの疾が。


 負けたくないと、正面から相手取って勝ちたいと、心の底から欲してしまう。


「止めれるもんなら止めてみろよ、『漆黒の支配者』サマ?」

「……てめえはいつか、必ず地面に這いつくばらせてやる」


 心底忌々しげに吐き捨てられた言葉に、疾は、身の内から湧き上がるままに、笑う。



「ははっ! ──やれるんなら、やってみやがれ」



 それはきっと、ノワールからすれば口先だけの言い合いだった。

 けれどそれは、疾にとっては、自ら求めた宣戦布告でもあったのだ。



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