18 代償
「うん、綺麗に取れた。見る?」
引きつけのような呼吸を繰り返す疾の惨状など頓着せず、子供は気軽な声で尋ねて、疾に手の中のものを突き付けた。ぶよぶよとしたゼリー状のものに覆われたそれに、疾はまたえずく。
「う、ぇっ」
「あれ、酷い反応。自分の一部分だよ?」
くすくすと笑って、疾の眼球を弄んでいた子供は、それをどこかへ消し去った。疾のぐちゃぐちゃな顔を覗き込み、子供は、とても楽しそうに告げる。
「さあて、ゲームオーバーだ」
「は、……!!!」
ひゅうっと、疾の喉が鳴った。大きく目を見開き、先程までとは別の理由で全身が震え出す。
そうだ。この化け物は、自分に何と告げていた?
自分は、さっき、──何を、言った?
「ま……っ、て」
「だあめ。ルールはちゃんと守らないと、ね。僕もここまで、守ってあげたでしょ」
くすくすと笑って。子供は、視線を画面へ向ける。
そこにずっと、映っていた少女へ。
「たの、む……まって、お願いだ……やめ、て」
「ほおら、よくご覧」
「やめ、とまれ、ち、がう」
疾の懇願を、身を乗り出そうともがく様を、嬉しそうに眺めて。
「違わないでしょ」
子供は──この場の絶対者は、無邪気に告げる。
「おまえが、我が身可愛さにゲームを投げ出したツケは──あの子が、払うんだよ」
「やめろぉおおお!」
疾の絶叫は、届かず。
子供の振り下ろされた手が、少女を絶望へと突き落とした。
甲高い悲鳴が、疾の鼓膜に突き刺さる。
「アリス! アリス!!」
その時見た光景を、疾は、最低の悪夢として脳裏に灼き付けた。
未成熟な少女を、汚らしい大人の欲望が蹂躙し、壊していく様を。ただただ、疾は、見ていることしか出来なかった。
何度も吐きながら、叫んで。けれどその声は、何ら力を持たず。もがいても、拘束1つ振り解けず。悪夢以下の残酷な現実を、疾はただ見ていた。
否。見ていることすら、出来なかった。
「さて、ショータイムは終わりだよ」
「がぁ!? あ、ぎ……っ」
「基礎データも集まったし、始めようか」
心胆寒からしめる宣言により、再び、疾自身を襲う苦痛に呑まれた。
これまでが遊びだったとでも言うのか。体をただ傷付ける苦痛はなくなり、代わりに様々な薬品が、得体の知れない力が、疾の体に流し込まれた。その度に疾は異常な感覚に苛まれ、悲鳴を上げさせられる。
「う、ぐ……いった、冷た、ひっ……!」
「ふうん、この力、魔力とは違うんだ……性質は冷感を覚えたって事は、こっちの薬剤と合わせれば──」
「あ、が……っあぁああぁあぁぁ……!」
段々と、声が遠のく。
他人の声も、自分の声も、等しく、分からなくなって。
疾の全てが苦痛だけになるまで、さして時間はかからなかった。